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異次元の本『イノベーションするAI』 「素人の豊かな発想がイノベーションに繋がる」

記事:春秋社

盛り沢山な内容構成 

 不思議な本である。

 目次を眺めてみると、「1章ブレークスルー」から「2章人工知能」「3章セキュリティ」と続き、AI(人工知能)での基本的な概念や使われている手法を多方面から紐解いた解説本のような印象を与える。しかし「4章奇想天外な発想と常識のウソ、ホント」あたりから、解説本の範疇を超えたどこか科学の謎解きをしているような魅惑的な感じを受ける。極めつけの「特別付録スパコンをつくってみよう」に至っては、「あれ?プロ向けの本なの!」と『特別付録』にしてはハイレベルな取り組みのような印象を持った。

 実際に1回目読んでみても、容易に理解できる内容だけで構成されているものではない。しかし、もう一回読んでみようと思える魅力がある。いわゆる噛めば噛むほど味が出るタイプの本の予感がする。そして予感は的中していた。私は理系の大学をでたとはいえ、卒業後はビジネスの世界にすっかり身をおいていたのだが、この本を噛みしめることで科学の本質や研究の面白さを思い出して、さらに実際に手を動かしてAIに触れることができて、久しぶりにワクワクすることができた。

AIに欠かせないもの

 タイトルにもある「イノベーション」は技術革新などと訳されることも多いが、単に新しい技術や発明にとどまらず、そこから価値を生み出し社会に変革をもたらすことを指す。どうやら著者はAIを単なる技術としてとらえるのではなく、社会に変革をもたらすイノベーションの重要なツールと考えているようだ。イノベーションとAIが切っても切れない仲だと言っているようだ。またAIを活用するためには、企業などが自社内に閉じずに外部のナレッジを取り入れ連携すること、すなわち広範囲のコミュニケーションが重要であるという点も当たり前のようで、できていないと再確認した。はやりのDX(デジタルトランスフォーメーション)などで悩んでいる経営者の方にもお勧めの本であろう。

 AIについて狭い意味での技術だけでなく、共著者の専門分野であるセキュリティと関連づけている点も興味深い。セキュリティが脆弱だとAIをだますこともできてしまう。自動運転システムなどは想像の範囲だが、「BMI (brain-machine-interface)デバイスが危ない」などを読むと、近未来のSF映画のスリリングな場面が思い浮かんでくる。

 賢いAIの実現のためには、賢いAIプログラムがあれば良いわけではないこともわかる。強力なパワーのあるハードウェアやGPUや、なによりAIを賢くするためのデータが重要だということも強調されている。特にデータ収集や処理は人のスキルで賢さが変わってくる。AIを実現するためのシステムの中でAIプログラムはわずか15%程度だそうである。AIが進歩すると人間の仕事がとって替られてしまうという分野があることは否定できないが、より賢いAIにするために人が関わっていく部分は当分まだまだありそうだ。

豊かなアイデアが科学の発見を導く

 著者は大学の教授であり、研究者であるが、典型的な特定な分野の権威をめざす研究者とは異なるようだ。多角的に物事を捉え考えることができるという点で特に秀でているように見受けられる。「4章奇想天外な発想と常識のウソ、ホント」を読むと、「地球温暖化とエコシステム」から「代替金融の未来」「コラーゲンで若返り?」まで著者の興味関心が360度全方位に心ゆくまま広がっていく。それらが、国際的科学雑誌『サイエンス』のe-Letterにコメントとして発表されているというのだから、そのレベルの高さとフットワークの軽さには驚愕する。自分がプロフェッショナルでない分野にも興味を持ち、さまざまな分野の専門家やビジネス業界と具体的にコラボレーションする道筋を作ってしまうというのは、まさに異彩を放っている。

 科学的知見からのアイデアが止まらない、という状況が本書の書きぶりからも感じられる。純粋無邪気な子供のように、自分のアイデアとそこから生み出される価値に本人が感動して心から楽しんでいるようだ。それが、著者のいう「素人の豊かな発想が、イノベーションに繋がる」という点だ。

 ちょっと読むと「自慢話か?」と誤解されてしまいがちであるが、丁寧に読めば誇大表現ではない事がわかる。それは、海外(アメリカ)での長い研究生活のなかで、熾烈な競争社会を生き抜いてきた中で、身につけたものでもあるのだろう。日本人特有の謙譲の美徳は感じられない。数多くの豊かなアイデアを示すことで、「科学の面白さ、発見の不思議」を読者と共有したいと思っているのではないか。日本人は自分のアイデアを過小評価して、自分でアイデアの芽をつぶしてしまっているのかもしれない。著者のようにアイデアの芽を沢山育て、当たる確率を上げるという戦略は、海外との技術競争で最近遅れを取りがちな日本研究者にとっては必要なものかもしれないと感じた。

読者の関心に合わせて読める懐が深い本

 ところどころ専門用語が混在しているが、興味がなければ読み飛ばしても問題ない。
私自身は、理系出身で若い頃はプログラミングをしたことはあるが、AIが専門という訳ではなく、現在は理系と文系の中間的なジェネラリストだと思っている。この本の内容に背中を押され、久しぶりに網掛け部分(興味がない場合は読み飛ばせばよいプログラム情報など)を追ってみた。多少は関係事項をインターネットで調べながらではあるが、自宅の通常のノートブックPCで画像認識プログラムを動かして、自分やペットを認識することができて大満足である。

 この本の中には何か所か「興味がある方はチャレンジしてみましょう」とある。何もプログラムを動作させるだけではなく、文系の学生や経営者ができるチャレンジも沢山紹介されている。読者がチャレンジをすれば、それに応えてくれる本であろう。

 学生からエンジニア、経営者まで幅広い読書に丁寧に読んでいただきたい本である。

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