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コロナ禍で考える看護職員のメンタルヘルス 「惨事ストレス」って何?

記事:朝倉書店

医療従事者のメンタルヘルスを守る
医療従事者のメンタルヘルスを守る

惨事に直面すると、外傷性ストレス症状が生じる
惨事に直面すると、外傷性ストレス症状が生じる

そもそも惨事ストレスとは?

 1995 年兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)を体験した看護職員が次のような手記を残している。

 「二ヶ月経つ今も、時として急に、震災の恐怖に引き戻されることがあります。建物が揺れ、詰所の中の物が凄まじい音を立てて落ちる光景は、鮮明に私の脳裏に焼きついており、このときの状況を思い出すたびに、涙が出てきます」(1)

 本書で説明する惨事ストレスは、狭義には、「消防職員や自衛隊員などの職業的災害救援者が、惨事に直面したり目撃したりしたときやその後になって起こる、外傷性ストレス反応」と定義される。しかし、上記の手記のように、看護職員や他の職種でも惨事に直面すると、外傷性ストレス症状が生じることが明らかになっている(本書第2 章,第4 章参照)。そのため本書では、惨事ストレスを広く「惨事に直面したり目撃したりしたときやその後になって起こる、外傷性ストレス反応」と定義する (2)。

惨事後にはスタッフをうまく休ませることが必要
惨事後にはスタッフをうまく休ませることが必要

「覚えていない」「休めない」…惨事ストレスの基本症状

 惨事ストレスの基本症状は、急性ストレス障害や心的外傷後ストレス障害の症状と理解されている。本節では、DSM-Ⅳ(6)を参考にして急性ストレス障害について説明する。

 急性ストレス障害は、外傷的な出来事に遭った後に生じる精神障害で、解離症状、再体験症状、過覚醒症状、回避症状などを含んでいる。

(中略)覚醒亢進症状が高まった救援者には、「休めなくなる」という症状が出やすい。被災地では、非番なのに職場に出てきたり、休憩を一切とらず活動を続けたりする救援者が少なくない。しかし睡眠時間を削って活動を続けたり、1 週間以上の連続勤務をしたりすれば、作業効率は下がり、ミスも増える。被災地では人手不足になりやすいため、休まない職員が周囲から高く評価されがちであるが、部下をうまく休ませることが、惨事後には必要であることを、管理者は銘記しておきたい。

家族を想起させる死傷者は、多くの救援者にとって辛いストレッサーとなる
家族を想起させる死傷者は、多くの救援者にとって辛いストレッサーとなる

日常業務や災害時に直面する、惨事ストレスの原因

 看護職員にとって重大と考えられるストレスの原因(ストレッサー)を、表1-3 に列挙した。

看護職員の主なストレッサー
看護職員の主なストレッサー

a. 救援対象の特徴

 家族を想起させる死傷者、とくに子どもの死(表1-3 ①)は、多くの救援者にとって辛いストレッサーとなる。亡くなった子どもと同年配の子をもつ職員は、故人に我が子を重ねてイメージしやすく、ストレスが高くなりがちである。

 無理心中や通り魔殺人の犠牲者となったケースは、不条理な事由による事故、事件の被害者(同②)となり、受け入れる医療関係者にストレスを与える。損傷の激しい遺体や重傷者(同③)も、ストレスとなる。例えば、死傷者が多かった列車事故の被害者を受け入れた病院で、PTSD に罹患した看護職員が労働災害認定訴訟を起こした事例が報道されている(9)。

 患者が知り合いであったり、長年の看護を通じてかかわりの気持ち(コミット)が強くなっている場合(同④)に、患者の病状悪化や死去も、ストレスになりやすい。とくに、表1-3 ①にあげた子どもの患者であれば、ストレスはよりいっそう強くなると推定される。

b. 接触状況

 惨事にどのように接したかという接触状況も、様々なストレスを生みやすい。

 悲惨な現場や混乱し緊張する現場、とくにトリアージ(患者の重症度に応じて治療の優先順位を決定する)を行う現場(同⑤)では、強いストレスが生じやすい。看護職員自身が受傷や死亡の危険性が高い現場(同⑥)や家族との役割葛藤(同⑦)は、被災地で生じやすい。家族との役割葛藤とは、広域災害などで、看護職員が被災した家族を守るべき役割と、医療従事者として出勤しなければならないという役割との間で、深く悩む現象をさす。これらの状況は、広域災害の被災地に生じやすいため、本書では第4 章で詳しく説明される。

 一方、被暴力(同⑧)は日常の医療現場の中でも多く起こっている。看護職員に暴力を振るうのは、昏迷中の患者だけではない。同じ病院の医者からも身体的、言語的暴力を受けることがある。医療現場において看護職員が暴力を受けたときのストレスについては、本書第2 章で紹介される。

 救援中の情報不足や未知の不安や恐怖(同⑨)は、地下鉄サリン事件や福島第一原子力発電所事故による放射性物質飛散で起きている。前者では、撒かれた毒ガスがサリンであることが長くわからず、被害者を受け入れた病院において医療関係者が被曝するという事態が生じていた。

 看護を断念したか、死亡に至ったケースや、医療過誤が潜むケース(同⑩)や、関係者とくに患者遺族から強い悲しみや怒りが向けられた場合(同⑪)には、自責感が生じやすい。

 同僚の受傷や死亡(同⑫)は、広域災害で起こりやすいが、同僚を失った悲嘆がストレスに重なり、ストレス反応が重くなりがちである。時には、自分だけが生き残ったことによる罪悪感(サバイバーズ・ギルト)も生じる。

c. 活動後の状況

 医療活動が終わった後でも、マスメディアが注目する事件や事故や災害では、看護職員のストレスが高まりやすい(同⑬)。メディアが報道を繰り返すことによって、惨事に遭った職員に、再体験症状が出やすくなる。例えば、東日本大震災で被災したある看護職員は、震災から9 カ月たったときに、テレビの年末特集の予告編で放映されたほんの数秒間の津波の映像で、フラッシュバックを起こしたという。

 自分の活動に対して、周囲の支援や理解が得られなかった場合(同⑭)には、裏切られた感じや孤立感を感じ、働く意欲を失ってしまう可能性がある。

 こうしたストレス反応がどのように生じ、どのように個人として組織として和らげていくべきかについて、次章以降で詳しく説明される。

引用文献
1) 南 裕子(編):阪神・淡路大震災そのとき看護は,日本看護協会出版社,1995.
2) 松井 豊:惨事ストレスとは何か ─ 救援者の心を守るために,河出書房新社,2019.
6) American Psychiatric Association(編),高橋三郎ほか(訳):DSM-IV 精神疾患の分類と診断の手引,医学書院,1995.(American Psychiatric Association (ed.):Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed. (DSM-IV), American Psychiatric
Publishing. 1995.)
9) 朝日新聞2008 年11 月14 日朝刊.

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