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不安、うつ、神経症、パニック障害……神経の不調から回復するために大切なこと クレア・ウィークス『完全版 不安のメカニズム』より

記事:筑摩書房

original image:Vink Fan / stock.adobe.com
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快復には時間が必要です

 どんなことから回復するにも時間がかかります。神経の不調を抱える人が、時間の経過をもどかしく感じ、すぐに楽になりたいと思うのは無理もないことです。でも、もどかしく感じたり、いらいらすることは緊張を意味します。そして、緊張は回復の大敵です。

 神経が過敏になるのは人間の身体の中で起きる化学的な変化です。それをまた化学的に調整し直すには時間が必要です。神経症で苦しんでいる人がこのことをしっかり理解し、時の経過をゆっくりと待つことができれば、回復への大きな障害が取り除かれます。まだ過敏状態にある身体は、環境が静かであれば、表面的には穏やかになることもあります。

 でも、たとえわずかでも過敏になっているその身体は、何か新たなストレスにさらされると、平穏な状態を維持することができません。ですから、多くの時間の経過が必要なのです。「時間薬」と言われるように、時間はそれ自体に治療効果があります。

辛抱強く前に進み続けることが大切

 ここで、ロバを前に進ませるために、鼻先に人参をぶらさげる話を思い出してみましょう。人参(これが回復です)は目的地に着けば食べることができますが、そのためには辛抱強く前に進まなければいけません。ロバが疲れて立ち止まったら、そのたびに人参をほんの少し先に動かして、ロバが前に進む気持ちにしてやる必要があります。ただし、先に動かすといっても、つねに、ロバから見える位置でなければいけません。ともかく前に進み続ける(時間を経過させる)ことが一番大事だからです。

 「回復までにどれくらい時間がかかりますか?」。この質問もよく出されます。回復までの道のりは、どれくらい心と身体が過敏になっているか、また、回復のプロセスを囲む環境がどうなっているかによって異なります。つねに緊張にさらされたままで道を進む、たとえば、問題を抱えた家庭で生活しながら回復に努めるといったような場合もあるでしょう。また、つらい過去の記憶に苦しみながら回復に努めなければならないということもあるでしょう。

 身を切り刻むような「記憶のナイフ」の切れ味を鈍くするのにも多くの時間がかかります。記憶に麻酔をかけることはできません。実際のところ、忌まわしい記憶に突然襲われた時、心が震えおののくのを止められる人がいるでしょうか? そんな人はいるはずがありません。でも、それをしなければ神経症から回復できない……そんなふうに思っている人がたくさんいるように思います。そういう人は常に心の平穏をもたらしてくれる特効薬を求めているのです。でも、ここには即効薬はありません。

ぶり返しは回復のプロセスです

 こういったつらい記憶に対する、過敏になった心と身体の激しい反応は、自然の法則が働いた結果に過ぎません。でも、このことを理解するのはなかなかむずかしいものです。また、回復の途中で経験する「ぶり返し」は、後戻りすることを意味するとは限らず、むしろ回復へのプロセスの一部であると受け止められるべきなのですが、このことを理解するのもむずかしいものです。

 ぶり返しのたびに気落ちしてしまう人は、「よくなりかけるとすぐこうなる。自分はほかの人のようにはいかない。疫病神につきまとわれているのだ」などと思いがちです。この人に付きまとっている「疫病神」は、理解の不足です。過去の忌まわしい経験・出来事がまるで昨日起きたことのように思え、まだ身体が、その記憶から与えられる刺激に対して反射的に、強烈な反応を示すような状態にある時、記憶に振り回されて、自分はもう決して回復しないだろうと思ってしまうのはごく自然なことです。

 忌まわしい記憶が激しく襲ってきて、つらくてたまらなくなった時には、「これまでがんばってきたのに、何も進歩していないみたいだ。自分は何も学んでいないのか……」と思ってしまいがちです。無視することができるようになっていたはずの症状が、突然にまたとても大きなことに思えてくるのです。そして、自分を振り返り冷静に考える余裕もないまま、ぶり返しの渦に否応なく引き込まれていくように感じます。

正面から向き合い、症状を受け入れて進もう

 でも、それまでにきちんとした方法で──真正面から向き合い、症状を受け入れながらそれらと共存し、第二の恐怖(症状、とくにパニックに対する恐怖)を付け加えないようにすることによって──苦しみから抜け出していたら、その時の回復の記憶が、小さな内なる声を次第に目覚めさせてくれます。それは「あなたは前にここから抜け出している。今度もできる! 今感じている症状は本当は大したことではない。あなたにはそれがわかっている!」という声です。

 この声を聞いたら、あなたはきっと少し楽になれます。少し安心します。そして、その声に感謝しながら耳を傾けるようになるでしょう。なぜなら、この声はあなたにとってとても大切な感覚──症状が本当に大したことではないのだという認識──をもたらしてくれるからです。ぶり返しが始まってパニックに陥ったばかりの時のように、ただそう「考える」のではなく、そう「感じ」させてくれるのです。安心した気持ちでそれが「感じられる」ようになれば、恐怖が減っていきます。そして、緊張が解けて心の平安が訪れます。真の回復への道が始まるのです。

 症状がもう大したことではないのだと繰り返し認識すること。これはとても大事です。回復はそれを繰り返し認識するという経験の上に築かれます。ぶり返しが何度もあって、今言ったような経験を充分に重ねると、「症状はもう大した問題ではない」という感覚が、よりすばやく、より大きな効果を持って感じられるようになり、記憶が生み出すショックの影響がどんどん弱くなって、最後には過去の苦しみの単なる残像にすぎなくなるのです。(白根美保子訳)

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