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ブラック・ライブズ・マター(BLM)共同代表が、その実像を語る  『世界を動かす変革の力』

記事:明石書店

『世界を動かす変革の力――ブラック・ライブズ・マター共同代表からのメッセージ』(明石書店)
『世界を動かす変革の力――ブラック・ライブズ・マター共同代表からのメッセージ』(明石書店)

ブラック・ライブズ・マターはいかにして生まれたか

 2012年2月、黒人の高校生トレイボン・マーティンがコンビニから帰る途中で自警団員に射殺された。2013年7月、加害者に無罪判決が言い渡される。

 本書の著者アリシア・ガーザは、トレイボン・マーティンを射殺した男性が無罪になった報道を受けて、激しく怒り、動揺した。警官や自警団員が黒人を殺害しながら無罪判決が下されることは、絶望的なほど日常茶飯事ではあった。しかし今度こそは違う、今度こそ罪のない高校生の殺害に司法は正しい判決を下すだろう、と期待したが見事に裏切られたのである。やりきれない想いから、ガーザは「私たち黒人の命が大切にされていないことを思い知った」(“I continue to be surprised at how little Black lives matter”)とフェイスブックに綴り、 “Our lives matter”(私たちの命に価値がある)とくくった。そのフレーズをパトリス・カラーズがハッシュタグ #BlackLivesMatterとしてツイートし、それが瞬く間に拡散され、人種差別反対運動が全米に広まった。こうしてガーザは、カラーズとオパール・トメティとともに「ブラック・ライブズ・マターの共同代表」と呼ばれるようになったのである。

 しかしその後も、警官による無防備な黒人への銃殺事件は後を絶たず、7年後の2020年5月にはジョージ・フロイド殺害事件が起きた。ジョージ・フロイドは警官に首を押さえつけられ、「息ができない」と訴えたにもかかわらず、絞殺された。

 2020年6月、ブラック・ライブズ・マター運動が再燃し、全米だけでなく世界各地の抗議運動へと発展した。

2020年6月7日、マイアミで行われたジョージ・フロイド殺害への抗議行動(Mike Shaheen 撮影;Wikimedia Commons)
2020年6月7日、マイアミで行われたジョージ・フロイド殺害への抗議行動(Mike Shaheen 撮影;Wikimedia Commons)

「21世紀型の運動」を生んだ著者たちの複合的なマイノリティ性

 ブラック・ライブズ・マター運動はSNSを通して一瞬で広がった運動、とのイメージをもつ人は多いだろう。しかし、これは長年にわたる黒人への弾圧の歴史に対する集団的な怒りはもとより、長年の蓄積と組織化があってこそ、広がりのある運動に発展したとガーザは語る。「変革とは、ごく少数の特別な人たちが、突然、奇跡のように何百万もの人々を動かして起こる、と信じている人が多い。しかし実際は、何百万という人々が一定期間、時には何世代にもわたって継続的に関わり、献身的に打ち込んでいるから起きるものなのだ」(本書188頁)。そして、こうした長年にわたる地道な努力の背景には、コミュニティ・オーガナイジングの理論と実践方法の裏付けがある。

 ガーザはブラック・ライブズ・マター運動の顔であると同時に、アメリカ社会の人種的・社会階級的不平等を変革するためにオーガナイザーとして20年ものキャリアを積んできた組織化のプロでもある。20代でPOWERという団体でコミュニティ・オーガナイジングの基礎を習得する。さらに様々なコミュニティの運動に携わりながら、自分にとって運動とは何か、運動の目的は何か、自分は何を目指しているのかと自問し、失敗しながら試行錯誤を重ねて答えを見つけていく。そして、意思決定をする立場にマイノリティが就かない限り真の革新的な変化は起こらないと確信し、黒人コミュニティを中心とした運動に未来を託し、今にいたっている。

 ガーザ、カラーズ、トメティというブラック・ライブズ・マター共同代表の3人は、これまた凄い組み合わせだと思わずにはいられない。ガーザは、黒人であり、女性であり、性的マイノリティであり、フェミニストである。トメティも同じ。カラーズは親がナイジェリアから移民してきたアフリカ系アメリカ人2世であり、移民の人権を守るための活動に携わってきた。彼女らは、こうした複合的なマイノリティ性を持ち合わせていることで、差別・排除の問題に対する理解や考察が深い。そういった意味で、ブラック・ライブズ・マター運動は、まさに21世紀型の運動と言えよう。従来の黒人解放運動は、ほぼ黒人男性が舵をとった運動であり、ビジョンの中に女性や性的マイノリティやフェミニズムの視点が抜け落ちていただけでなく、カリスマ性のある一人のリーダーの存在が大きかった。その点ブラック・ライブズ・マター運動は、共同代表者がそれぞれ異なる領域の活動家として#BlackLivesMatterという名のもとに力を結集している点が、従来型の運動とは一線を画している。ガーザは、これからの運動は多数のリーダーが共存する「分散型リーダーシップ」が、よりパワーを発揮していくと考えている。

著者アリシア・ガーザはコミュニティ・オーガナイザーとして20年のキャリアをもつ(撮影:Scott Hoag @ rockwellcreative)
著者アリシア・ガーザはコミュニティ・オーガナイザーとして20年のキャリアをもつ(撮影:Scott Hoag @ rockwellcreative)

日々の暮らしから社会を変えるための一歩として

 本書はブラック・ライブズ・マター運動のみについて書かれているものではない。一人の少女が活動家に成長していくまでの物語としても読めるし、アメリカの黒人への弾圧に対するレジリエンス(跳ね返す力)の歴史としても読める。また、社会を変えるための運動に関わる人にとっては、ガーザ自身がくぐり抜けてきた葛藤や試練から得た、組織化して変革を遂げるための理念とノウハウが詰まった本でもある。本書の魅力は、色々な視点や立場から楽しめると同時に、それぞれを切り離しては読めない本になっていることである。

 アメリカでも世界でも、ブラック・ライブズ・マター運動に共鳴して、生まれて初めてデモ行進をした、という人が多くいた。それほど多くの人を突き動かした運動になったのである。読者の皆さんも、たとえ自分自身が活動家やコミュニティ・オーガナイザーではなくても、運動とは身近なところから始まる、というガーザのメッセージを受け取ってほしい。日々の暮らしの中で湧き上がる疑問や、より良い暮らしを望む欲求から運動は生まれるし、そうでなければならないとガーザは言う。「これは自分の運動なんだ」「これが自分の生活と人権と尊厳を守る運動なんだ」と感じられることこそが大切であり、そのように思い続けることができることで、持続可能な運動へと発展するのである。

 ガーザは「組織化の使命と目的は、力(パワー)を築き上げることである。パワーがなければ、自分たちに損害を与えている地域社会を変えることはできない」と本書のタイトルでもある原点に立ち返る。この本は、真の活動家になるために何度も立ち返るべき原点と、その先に進むにはどうすればいいのかを示してくれる。ぜひ、社会を変える一歩を踏み出したいと考えている人、すでに活動をしている人に手にとってもらいたい。

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