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ウイルスっていいやつじゃん――「ウイルスの惑星」で共に生きるために 今こそ知っておきたいヒストリー

記事:春秋社

ミミウイルスの透過型電子顕微鏡画像
ミミウイルスの透過型電子顕微鏡画像

はじめに

 新型コロナウイルスがこれほどまでに“悪者”になってくると、今この世の中を生きている人に対して「新型コロナウイルスの存在にも意味がある」といくら言ったって、よい反応が返ってくるわけはない。しかもその「意味」とは、あくまでも生物学的な意味なわけであって、人々の生活に根差した何かに対する意味ではないわけだから、なおさらである。そんな中で「そもそも論」を振りかざしてもあまり意味はない。しかし、人文系の冷静な読者諸賢が読まれるであろうこの小文においては、いささか「そもそも論」を振りかざしつつ、「ウイルスのささやき声に耳を傾ける」ことの大切さを、訳知り顔でお話ししてみたいと思うのである。

地球はウイルスの惑星

 ウイルスというのはもともと「毒素」という意味をもつラテン語に由来する言葉だから、ウイルスには最初から、「人間にとって悪いもの」という意識が植え付けられてきたことがわかる。もっとも、人間(やほかの生物)に対して悪さをした結果、「病気」というものがあらわれたからこそ、私たち人間は「ウイルス」の存在を見つけることができたという側面もあるため、それも仕方のないことだともいえる。19世紀末に最初にみつかったのは、タバコモザイクウイルスと口蹄疫ウイルスという、植物ウイルスと動物ウイルスのそれぞれ代表的なウイルスであり、それ以降、様々なウイルスが発見されてきたし、電子顕微鏡が開発されてからは、その姿も詳細にとらえることに成功してきた。そうして私たちは今、インフルエンザウイルス、コロナウイルス、ノロウイルスなど、私たちは常に生活圏をともにするこれらのウイルスを念頭に置きながら、日々の生活を“楽しんでいる”のだ。

 ところが、20世紀も最後の方になってくると(ただし時期的にこのあたり、というふうに断定はできないのだが)、世の中には私たち人間や家畜、作物などに病気を起こす“悪者”とはいえないウイルスたちが、ほかにも大量に存在していることが徐々に明らかになってくる。そしてその「大量さ」というのはとてつもなく、おそらく地球上のすべての生物の個体数を足しても、ウイルスの総量の一割にも達しないだろうというようなレベルの「大量さ」であることがわかってきた。

 つまり、この地球の“真の主”は――何の基準をもって主という表現をするかについては諸説あるが――、我々人間では、そしてバクテリアでもなく、じつにウイルスだったというわけである。地球はまさに「ウイルスの惑星」なのである。

生物の進化に深くかかわったウイルス

 地球がウイルスの惑星だったとするなら、その惑星に40億年ほど前から暮らしている私たち生物もまた、ウイルスたちと深くかかわりあいながら進化してきたと考えるのが普通だろう。(言い忘れたが、ウイルスは生物のように細胞でできていないので、生物ではない。)花粉や黄砂が舞い踊る室内で、これを無視しては居られないのと同じである。

 実際にウイルスは、感染する相手の細胞(宿主)から遺伝子を盗みとったり、逆に自分の遺伝子を宿主のゲノムに放り込んだりすることが知られている。その結果ウイルスの側には、新しい機能をもった遺伝子を手に入れることで、生存戦略に有利にはたらくというメリットが生じる一方で、宿主の側にもまた、新しい遺伝子をウイルスから手に入れることで、新たな機能を獲得できるというメリットが生じることがある。

 よく知られた例が、私たち哺乳類がもっている「胎盤」という器官が、はるか昔に哺乳類の祖先に感染したレトロウイルス(RNAを遺伝子としてもっているが、そのRNAからDNAを作り、そのDNAを宿主細胞のゲノムに放り込むという特徴をもつ)が持ち込んだ遺伝子(今のシンシチン遺伝子、PEG10遺伝子など)を獲得したことで進化した、ということであろう。歴史のイフが許されるなら、その時のウイルス感染がなければ、今の哺乳類は存在しなかった可能性が高いということである。

 ほかにも、私たち人間の皮膚の保湿性を保つ機能は、もともとウイルスに由来する機能であるとか、神経伝達にかかわるある種の遺伝子もまた、もともとウイルスに由来するのだとか、じつは私たちの正常な機能にかかわる遺伝子に、ウイルス由来のものが数多く存在することがわかってきている。

 なんだ、ウイルスっていいやつじゃん。

 そう思える事例というのが、じつはまだまだゴマンとあるかもしれないのである。

新たに見つかってきた環境ウイルス

 
 20世紀末から現在にかけて世界中で発見されている「環境ウイルス」という一群のウイルスたちは、ウイルスに関してこれまでわかっていなかった事実を、次々に明らかにしてくれている。「ウイルスっていいやつじゃん」どころか、「ウイルスって生物に絶対必要じゃん」とか、「ウイルスがいなかったら人間もいなかったじゃん」とか、そういう根源的なところにまで踏み込んだウイルスの「意義」が、次々に明らかになりつつある。このあたりについては、次回に詳しくお話ししたい。

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