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ウイルスって生物に絶対必要じゃん――真核生物誕生のカギ、そして再構築された新時代のコモンセンスとは

記事:春秋社

パンドラウイルスの走査型電子顕微鏡画像
パンドラウイルスの走査型電子顕微鏡画像

はじめに

 前回の最後でも述べたように、世の中のウイルスはなにも「新型コロナウイルス」だけではない。なにしろ、私たち人間とは何の関係もないように存在しているウイルスがうじゃうじゃいることがわかってくると、「ウイルスっていいやつじゃん」どころか、「ウイルスって生物に絶対必要じゃん」とか、「ウイルスがいなかったら人間もいなかったじゃん」とか、そういう根源的なところにまで踏み込んだウイルスの「意義」が、次々に明らかになる可能性が生まれてくるのである。

環境ウイルス

 これまで知られている多くのウイルスは、人間に対して病原性をもつような「悪い」ウイルスであったけれども、じつは世の中には人間に対して何の悪さもせず、いやそもそもコンタクトすらせず、ほかの生物に対して感染して増えているウイルスたち、そしてじつは世の中(漠然とした言い方だが)の役に立っているウイルスがたくさんいることがわかっている。こうしたウイルスは、水や土壌、空気中にたくさん存在し、それぞれある種の生物に感染することでその生物の生理機能や個体群のあり方に影響を及ぼす、つまりは生態系の重要な一員となっていることから、我々はこれらのウイルスを「環境ウイルス」と呼んでいる。

 研究がよく進んでいる環境ウイルスとして、赤潮の原因となる微生物に感染するアカシオウイルスと呼ばれるウイルスがいる。このウイルスは、赤潮の原因となる微生物に感染することで、その増殖を抑え、赤潮を終息させるはたらきをしているのではないかと考えられている。赤潮が人間にとってよくないことであるならば、つまりこのウイルスは、どちらかというと私たち人間に対して「よいことをしている」ウイルスということになる。おそらくまだ知られていない様々なウイルスが環境中には存在していて、これもまたまだ知られていない様々な「よいこと(人間にとって)」を行ってくれている可能性はあるのである。

巨大ウイルス

 さて、『ウイルスはささやく』において最もページ数を割いて論じているのが「巨大ウイルス」というウイルスたちの生態である。

 2003年にはじめて報告されたミミウイルスというウイルスは、粒子サイズが800ナノメートルほどもある巨大ウイルスとして知られている。単に粒子のサイズが巨大なだけではなく、巨大ウイルスはそのゲノムサイズもそれまでのウイルスに比べて大きく、遺伝子の数も多く、そしてより複雑な構造や機能をもっている。そう聞くと「なんだそのラスボス的なウイルスは」と感じてしまうかもしれないが、幸いなことに彼らが主に感染するのは私たち人間ではなく、アカントアメーバという単細胞真核微生物である(もちろん、人間に感染する可能性は否定できないが)。

 巨大ウイルスの特徴の一つに、真核生物が持っているはずの遺伝子をいくつか自分で持っている、というものがある。真核生物の最大の特徴は「細胞核」があることで、その中には長大なDNAを核内にコンパクトに納め、遺伝子の発現のコントロールをするタンパク質「ヒストン」がある。このヒストンの遺伝子を、なぜかもっているウイルスがいるのである。その中でも特に「メドゥーサウイルス」というウイルスは特別で、真核生物がもつフルセット(5種類)のヒストンの遺伝子をすべて持っている。「なんでそんなもん持ってんの?」と思わず聞きたくなる状況であり、その理由は不明である。

 巨大ウイルスのこうした遺伝子は、いずれも進化の過程で、宿主の細胞から“泥棒”してきたものであると考えられているが、すべての“泥棒”遺伝子がそのウイルスに実際に使われているとは限らない。なぜならウイルスたちはその遺伝子を「盗もうと思って」盗んだわけではないからで、偶然、ウイルスが複製する際にそのゲノムに宿主の遺伝子が組み込まれてしまったがために、結果的に「あらしまった、持ってきちまった」状態になったに過ぎないからである。

 しかし逆に、ウイルス感染の過程でこれもまた偶然に、胎盤形成遺伝子の例にもあるように、巨大ウイルスの遺伝子が宿主のゲノムに入り込むということも起こったかもしれない。先ほどのメドゥーサウイルスにも、じつはそのようなことを示唆する痕跡があったりなんかするし、前述のヒストン遺伝子も、もしかしたらメドゥーサウイルスの方から真核生物の祖先の細胞へと渡らされたものである可能性すらある。

ウイルスがいなかったら真核生物は生まれなかったかもしれない

 まだまだ、ウイルス学界においても真核生物進化の研究コミュニティにおいてもマイナーな考えだが、私はメドゥーサウイルスのような巨大ウイルスが、真核生物の細胞核が進化するきっかけを作り、さらにその後の真核生物の進化にも大きな影響を及ぼしてきたのではないかと考えている。というのも、メドゥーサウイルスは、宿主の細胞内に独自のウイルス工場を作るほかの巨大ウイルスとは異なり、宿主の細胞核をそのまま利用して複製するという特徴を持つからだ。ということは、かつてメドゥーサウイルスのウイルス工場だったものが細胞核になったという推論も成り立つし(分子系統解析によると、メドゥーサウイルスの遺伝子はすべての真核生物よりも古い可能性がある)、細胞核で複製するということは、ウイルスのゲノムと宿主のゲノムが位置的に非常に近いところで複製するということでもあるから、遺伝子同士の組み換えが起こりやすく、遺伝子を“泥棒”しやすいとも言えるからである。

ウイルスが生物を進化させたという側面

 胎盤形成遺伝子がウイルスに由来するという話は、多細胞生物となっていた哺乳類の祖先に、レトロウイルスが感染したというものだった。しかし、より感染しやすく、偶然その遺伝子が宿主のゲノムに潜り込みやすく、そして次世代に伝わりやすい単細胞生物の場合、これまであまり研究されては来なかったけれども、ウイルス由来の遺伝子が宿主の生理機能を構築し、進化にかかわってきた事例は、おそらく今後、どんどん見つかっていくだろう。

 そうして、私たち生物が今の姿でこの地球上に生息することができているということが、じつはウイルスのおかげだったと世間が常識のように思うようになる日も近いのではないかと、私はそう思っている。

※前回記事:ウイルスっていいやつじゃん――「ウイルスの惑星」で共に生きるために 今こそ知っておきたいヒストリー

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