1. じんぶん堂TOP
  2. 教養
  3. 『赤ちゃん言葉』を科学的にとらえる 〜子どもに対する愛情と期待のあらわれ

『赤ちゃん言葉』を科学的にとらえる 〜子どもに対する愛情と期待のあらわれ

記事:朝倉書店

私たちが子どもに話しかける時、相手に愛情を表現するだけでなく、ゆくゆくは相手がこちらの話すこともわかってくれるようになることを期待している。
私たちが子どもに話しかける時、相手に愛情を表現するだけでなく、ゆくゆくは相手がこちらの話すこともわかってくれるようになることを期待している。

 大人から子どもへの話しかけ:子ども向けの話し方の特徴

 大人は、小さな子どもをあやす時、歌ってやったり、リズムをとったおおげさな抑揚で話しかけたりする。特に話しかけ方は、遊んでいる場面でなくても、いつもより高い声、おおげさな抑揚になり、遊んでいる調子を多分に帯びたものになる。子どもには話しかけられている内容のすべてはわからないかもしれない。しかし大人にとって、話しかけることは、子どもを遊びに誘うようなものなのである。

 このような大人の子どもに対する話しかけ方は、大人どうしで話す時の話し方(成人向け発話、adult-directed speech: ADS) とは対照的である。このような子ども、特に、ことばを話し始める前後の時期の子どもに向かって話す時の話し方は、乳児向け発話(infant-directed speech: IDS)、赤ちゃん言葉(babytalk)、マザリーズ(motherese)、親語(parentese) などと呼ばれてきた。その具体的な特徴としては、高い声、おおげさな抑揚、子ども向けの独特な語彙(犬のことを「ワンワン」と呼ぶなど) の使用といったことのほか、話される文が単純で短いものになること、文と文のあいだの休止(ポーズ) が大人どうしの会話の場合より長くなること、母音の発音がより明瞭になること(母音の明瞭化、hyperarticulation)(1)、なども指摘されている。

図1 乳児向け発話(a)、成人向け発話(b) における声の高さ(基本周波数) の変化
図1 乳児向け発話(a)、成人向け発話(b) における声の高さ(基本周波数) の変化

 図1 は、男の子が絵本を読んでいる場面の絵について、母親が乳児に向かって話している音声(a) と、大人に向かって話している音声(b) で、声の高さ(基本周波数) が時間とともにどのように変化したかを示している。乳児向け発話では成人向け発話より高い声で、また、おおげさな抑揚で話がされている。また、発話時間は乳児向け発話が5.40 秒、大人向け発話が7.69 秒だが、文字あたりの発話時間は大人向け発話の方が短く、文の構造も乳児向け発話の方が単純である。

乳児向け発話では、成人向け発話より高い声で、また、おおげさな抑揚で話がされている。
乳児向け発話では、成人向け発話より高い声で、また、おおげさな抑揚で話がされている。

 では、このような乳児向けの話し方は、世界中どこにでも見られるものなのだろうか。子どもに対して話しかける時のこのような特徴が世界に広く見られることを指摘した最初の論文(2) では、アメリカや、ヨーロッパ、アラブなどの6つの言語を取り上げていた。その後、伝統的な狩猟採集生活を営む人々を含む、世界各地で調査が行われた。その調査結果の中には一部、大人が1~2 歳の子どもに話しかける時の声の高さは、大人どうしで話す時と変わらなかったことを報告するものもある(3)。しかし、全体としては、伝統的な狩猟採集社会を含む多くの文化のもとで、子どもに話しかける時には、高い声、おおげさな抑揚といった特徴が見られることが報告されている(4)。

 なお、乳児向け発話の特徴としては、声が高くなること、抑揚がおおげさになること(声の上がり下がりの変化幅が大きくなること) が、まず挙げられることが多い。ただ、世界の言語を見渡せば、声の上がり下がりのパターンで単語を区別するなど、声の高さも重要な言語情報として用いている言語は少なくない。例えば、日本語(東京方言) は、/ハシ/(箸) と/ハシ/(橋) のように、単語のどの部分を高い声でいうか、つまり、どこにアクセントをつけるかによって、単語を区別している。中国語も、単音節の音がどのような声の上がり下がりパターン(声調) を持つかによって、単語を区別する。このように単語の区別に声の高さを使っている言語では、子どもに話しかける時におおげさな抑揚にするにせよ、このような単語の音のかたちを壊さないようにしなければならないはずである。調べてみると、声の高さを言語情報として使用している言語では、英語など声の高さを言語情報としては用いていない言語に比べ、子どもに話しかける時に抑揚がおおげさになる程度が小さい(5,6)。このように、乳児向けの発話が、どのようなかたちで現われるかには、そこで話されている言語の特徴も影響している。

大人の話し方に影響している要因はなにか?

 ここまで、大人の子どもに対する話しかけ方を特に「乳児」に向かった時の話し方と読み替えて、その特徴を述べてきた。確かに、高い声を使ったり、抑揚がおおげさになったり、といった話し方は、話しかける相手が乳児である時に最も明瞭に現れる。しかし、程度の差こそあれ、同様の話し方は、幼児に話しかける時にも見られる(子ども向け発話、child-directed speech)。

図2  話しかける相手毎の(a) 声の高さ(基本周波数) と(b) 抑揚(声の高さの変化幅)
(文献7 より作成)
図2 話しかける相手毎の(a) 声の高さ(基本周波数) と(b) 抑揚(声の高さの変化幅) (文献7 より作成)

 図2 には、5 歳の子 どもに対する母親の話しかけ音声の、声の高さや、抑揚(声の高さの変化幅) が示されている(7)。これを見てわかるように、5 歳の子どもに対する話しかけも、大人に話す時より、声(基本周波数) は高くなり、抑揚(ピッチ幅) もおおげさになる。 ただし、5 歳児に話しかける声は、0 歳児に話しかける声に比べれば低く、抑揚の程度も小さい。このように子どもに話しかける音声の独特な特徴は、子どもの成長とともに弱まっていく。

5歳児に話しかける声は、0歳児に話しかける声に比べれば低く、抑揚の程度も小さい。
5歳児に話しかける声は、0歳児に話しかける声に比べれば低く、抑揚の程度も小さい。

 そもそも、大人がこのような話しかけ方をするのには、相手の理解状態に配慮するから、ということがある。例えば、双子の乳児への話し方を検討した研究によれば、大人は発声の少ない子どもに対してより高い声で上がり調子の抑揚を多用して話しかけていたという(8)。つまり、大人は(まだあまり言語を理解できないと思われる) 乳児に対しては、高い声、おおげさな抑揚といった話し方をしてしまうが、子どもが成長し理解力が増すと、より自然な話し方になっていくのだと考えられる。

『幼児向け発話』は、子どもに対して何を期待するかに応じて調整される。

 ほかに、大人はペットに話しかける場合にも、高い声、おおげさな抑揚になったりする。ただ、よく調べてみると、そのような場面での大人の話し方は、乳児に話しかける時と同じというわけではないようだ。前にも述べたように、乳児に話しかける時には、[a][i][u] という基本の母音がよりはっきりと互いに区別された発音になっている(母音の明瞭化)。これに対し、ペットに話しかける時にはこのような母音の明瞭化は生じていないという(9) (図3)。

図3 母音の三角形(文献9 より作成)
[a][i][u] 3 つの母音をそれぞれ第1 フォルマントと第2 フォルマントで示した
もの 三角形の面積が大きいほど、3 つの母音は区別して発音されていること
を表す
図3 母音の三角形(文献9 より作成) [a][i][u] 3 つの母音をそれぞれ第1 フォルマントと第2 フォルマントで示した もの 三角形の面積が大きいほど、3 つの母音は区別して発音されていること を表す

 このようなところから、子どもに対する独特な話しかけ方は、高い声、おおげさな抑揚、明瞭な発音などが不可分なセットになっているわけでなく、話し手が相手に対して何を表現し何を期待するかに応じて微調整されたものと言えそうである。つまり、子どもに話しかける時は、相手に愛情を表現するだけでなく、ゆくゆくは相手がこちらの話すこともわかってくれるようになることを期待している。そういった気持ちが全体としての乳児や子どもに対するあのような話し方につながっているのだと考えられる。(針生悦子)

--文献--
1) Kuhl, P.K., et al.: Cross-language analysis of phonetic units in language addressed to infants. Science, 277: 684–686, 1997.
2) Ferguson, C. A.: Baby talk in six languages. American Anthropologist, 66: 103–114, 1964.
3) Bernstein Ratner, N. & Pye, C.: Higher pitch in BT is not universal: Acoustic evidence from QuicheMayan. Journal of Child Language, 11: 515–522, 1984.
4) Broesch, T. L. & Bryant, G. A.: Prosody in infant-directed speech is similar across Western and traditional cultures. Journal of Cognition and Development, 16: 31–43, 2015.
5) Papousek, M., et al.: The meanings of melodies in motherese in tone and stress languages. Infant Behavior and Development, 14: 415–440, 1991.
6) Igarashi, Y., et al.: Phonological theory informs the analysis of intonational exaggeration in Japanese infant-directed speech. The Journal of the Acoustical Society of America, 134: 1283– 94, 2013.
7) Liu, H., et al.: Age-related changes in acoustic modifications of Mandarin maternal speech to preverbal infants and five-year-old children: A longitudinal study. Journal of Child Language, 36: 909–922, 2009.
8) Niwano, K. & Sugai K.: Maternal accommodation in infant-directed speech during mother’s and twin-infants’ vocal interactions. Psychological Reports, 92: 481–487, 2003.
9) Burnham, D., et al.: What’s new, Pussycat? On talking to babies and animals. Science, 296: 1435, 2002.

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ