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気象学者が案内する、世界の50の風を巡る旅 『窓から見える世界の風』

記事:創元社

本書で取りあげた50の風の分布地図
本書で取りあげた50の風の分布地図

 皆さんは「風」にどのようなイメージを持ちますか?

 空の雲は、その形をはっきりと見ることができますし、降ってきた雨には触れることができます。それでは、吹いている風を手でつかんだり、目で見たことのある方はいるでしょうか?

 そう、風は目に見えず、手に取ることもできません。けれども、私たちは風の存在を知っています。一体どのようにすれば、風の姿を捉えられるのでしょう。

ビウガ:ロシア南部、ステップ地域に吹く風
ビウガ:ロシア南部、ステップ地域に吹く風

局地風の魅力

 私は毎年、大学で「なぜ風が吹くのか」についての講義をしています。理論をかみ砕いて説明しても、学生たちは「わかるようでわからない」という表情。そうなってしまうのは、物理的に見る風の姿がどこか他人行儀で、身近に感じられないことが原因なのではないか、と感じています。

 風の面白さは、地表面の状態(たとえば陸、海や湖など水面、氷や雪面など)の違いが生みだす大気の温度差によって、複雑な振る舞いが現れる、という点にあります。ただし大気の状態は刻々と変化するため、なかなか一括りには説明できません。一方、本書でご紹介する局地風(あるいは地方風)と呼ばれる風は、その土地の地形や地表面状態に応じて、特定の季節や天候のときに決まって吹く、という規則性が特徴です。そのため、固有の名前がつけられているものが少なくありません。名前がつけられているということは、その風と、そこに住む人々の生活や文化との間に、なんらかの関わりがあるということ。本来ならば目には見えない風も、そこに住む人々の営みを通じ、具体的に描き出すことができる、それが局地風の魅力といえるでしょう。

ブリックフィールダー:オーストラリア、シドニー近郊に吹く風
ブリックフィールダー:オーストラリア、シドニー近郊に吹く風

 本書の風の解説は、学生をはじめ一般の方でも、そこに住む人々の心に映る風の姿を想像しつつ、気軽に風の名前や特徴を知ることができる、そんなイメージで書かせていただきました。とくに、人が感じとる風の姿をいかに言葉で伝えるか、という点に気を遣いました。これを読んで、それぞれの風が持つ土地との結びつきを感じ、遠い土地の見えない「風」に想いを馳せる方が一人でも増えたら、という願いを込めています。

風の定義

 私の専門はアジアモンスーン(の気候・気象学)です。大学院生の頃、初めての学会発表で、最初の質問者に投げかけられた問いは次のようなものでした。

 「あなたの考えるモンスーンとは、風のことですか? 雨のことですか?」

 実はこの問いに正解はありません(と、今でも思っています)。

 南アジアの人々にとって、雨季をもたらすのが、季節風であるモンスーンです。そこでは風も雨もひとつながりの現象となっていて、人々にとって最も重要なことは「モンスーンがやってくると、恵みの雨が降る」という経験知です。けれども研究者たちは、モンスーンが果たして「風」なのか、それとも「雨」なのか、と絶えず問い続けているのです。

落山風(ルオシャンフェン):台湾、恒春半島に吹く風
落山風(ルオシャンフェン):台湾、恒春半島に吹く風

 本書でご紹介している風の名前は、それを名づけ、呼んできた人たちのもの。けれど、研究者のあいだでモンスーンの正解がまだ見つかっていないように、風の定義は、それを感じ、考え、関わろうとする、すべての人々の手によって変わりうるものなのかもしれない、と思います。本書が皆さんと風との出会いの場となって、新しい風の定義や解説がたくさん生まれるきっかけとなることを、心から願っています。

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