MMT(現代貨幣理論)の源流 ランダル・レイが語る「はじめてのミンスキー経済学」
記事:白水社
記事:白水社
ミンスキーは重要である。本書(『ミンスキーと〈不安定性〉の経済学 MMTの源流へ』)は、ミンスキーがなぜ重要なのかを明らかにする。
本書はハイマン・P・ミンスキーの伝記でもなければ、「ミンスキーの思想史」の講義でもない。ミンスキーの思想をより多くの人たちに分かりやすく説明しようとするものである。ミンスキーの文章は不明瞭なことで有名だ。経済学者を含め、ミンスキーに関心があって理解しようとする者にとってさえ、彼の著作は難解である。
本書では、ミンスキーの最も重要な貢献を、専門用語を使わずに平易な言葉で説明する。ミンスキーの名前を最近知ったばかりの人たちのために「ミンスキーがなぜ重要なのか」説明し、さらに彼の貢献を掘り下げていきたい。この作業は、チャールズ・ダーウィン、ジークムント・フロイトあるいはミルトン・フリードマンがなぜ重要なのかを、解き明かそうとするのと同じようなものである。
フリードマンなら、みなさんもおそらくご存じであろうし、その著作を読まれた方もいるかもしれない。フリードマンの著作は、シンプルだが活き活きとしたスタイルで一般の読者向けに書かれている。それに比べて、ミンスキーのスタイルはずっと退屈で分かりにくく、そもそも一般読者向けの著作自体がほとんどない。一般読者向けを目指したとしても、たいてい目論見どおりにはいかなかった。ミンスキーの著作には通訳が必要なのである。
しかし、一般読者に理解してもらうには、単なる翻訳だけでは不十分である。読者を惹きつけ、興味を抱かせることも必要である。そこで現在であれば、世界金融危機の到来を彼が予見していたという事実が、ミンスキーに興味を持ってもらえる切り口になる。もちろん、世界金融危機は最後の危機ではないだろう。彼は次にやってくる危機、さらにその次の危機をも予見していたのだ。
とはいえ、本書は金融危機について論じるものではない。だが、本書を読み終えた後には、あなたは金融危機のことを、そしてそれにどう対処すべきかをよく理解できているだろう。ミンスキーの研究は、直近の暴落を理解するだけでなく、次の暴落を引き起こす力を認識することをも可能にするのである。
本書は、ミンスキーの著作中で論じられている、三つの主要なテーマから構成されている。1つ目は、今や有名になった書籍『金融不安定性の経済学(Stabilizing an Unstable Economy)』につながる金融不安定性に関する著述。2つ目は、雇用、不平等、貧困に関する初期の研究。3つ目は、1980年代半ばから彼が亡くなるまでの晩年の研究、つまり「マネー・マネージャー資本主義」の分析につながる研究である。これらはすべて関連しているが、彼のキャリアの各段階として論じることは有益である。
ミンスキーの研究に通底するテーマは、ほとんどの経済学者の「ビジョン」が間違っているということである。市場プロセスは安定をもたらしなどしない。一般に認められた経済学の教義に装飾を加えたところで、間違ったビジョンを埋め合わせることはない。こういったビジョンとは異なるからこそ、ミンスキーは重要なのだ。
ミンスキーという男は、大きくて目立つ人物であった。彼は常に注目の的になりたいと望み、たいていそのとおりになっていた。彼はどの部屋でも、その部屋の中で最も頭の切れる男であった。背が高くて社交的で、髪はボサボサ。年をとっても茶目っ気たっぷりで、若いころの写真のたばこを吸う姿は粋だった。
ミンスキーを初めて見たときのことは、鮮明に覚えている。実際のところは、こんなひとりごとをぶつぶつ言いながら、すり足で教室に入ってきたときの声をまず聞いた。「学生が多すぎる。年々増えてくる。最後に教室に入ってきた者がドアを閉めてくれれば本当にいいんだが。ここで話していることを外の人間には知られたくないからな」。それから彼は最高に素晴らしい講義を始めた。話題は、ウィリアム・ジェニングス・ブライアンの「金の十字架」演説から、「オズの魔法使い」のニューヨークの銀行家への批難、前日のセントルイス・カージナルスの試合にいたるまで多岐にわたったが、授業が終わるまでに、すべての話題についてきれいに締めくくった。
【ミンスキーの講演動画:Hyman Minsky in Colombia, November 1987】
私がミンスキーのティーチング・アシスタント(授業助手)を務めていたとき、彼は私を自分のオフィスに呼び、「考え方は急進的でも構わない。だが、服装はそうはいかない」と小言を言った。タンクトップに短パン、ビーチサンダルという私のお気に入りスタイルに彼は眉をひそめ、オフィスでは必ずワイシャツ、スラックス、ネクタイを着用するように言ったのだ。何年か後に知ったのだが、実は彼も大学院生のときランゲ教授から全く同じ小言をもらっていた。
ミンスキーのティーチング・アシスタントとして私は、彼が学部生への単位付与について、あまりに寛大すぎることを納得してもらおうと多くの時間を費やした。おそらく彼は、学生の少なくとも半分が途方に暮れてしまうような講義スタイルを申し訳ないと感じていたのだと思う。彼はめったに講義資料を持参せず、シラバスを完全に無視し、課題にした文献についてほとんど論じなかった。寛大さは彼の償いだったのである。
われわれが生まれる何十年も前に起きたあまり知られていない事件の詳細を議論するとき、ミンスキーはよく「覚えておきたまえ」と前置きして話し始めた。彼は、時間をかけ努力しなければ理解できない彼独特の用語を生み出した。ミンスキーの用語では、「資産を購入する」のではなく、「資産にポジションを取る」のである。負債を返済するために資産を売却しなければならなくなれば、これは「〔資産の〕ポジションを売ることで〔支払いのための現金の〕ポジションを作る」になる。これはある意味、彼が正確を期しているからであり、ウォール街の用語を採用しているからである。しかし私は、若干の神秘性と、わざとあいまいにすることによる悪評を彼が楽しんでいたのではないかと思っている。
ミンスキーは、それが常人の理解を超えていると分かっていながら、珠玉の知恵を差し出して、そのあとそっとウインクしていたのだろう。
ミンスキーは常々、自分は巨人たちの肩の上に立っていると語っていた。彼は、過去の経済学者が「本当は何を言わんとしているのか」を見抜こうとして、彼らの書き散らしたものを探索することにはほとんど関心を示さなかった。おそらく彼は、彼の著作を何としても解釈しようとする人間に我慢がならないだろう。その一方、彼は何よりも注目の的になることを好んだし、また彼はわれわれがその肩に立つことができる巨人のひとりであった。
【L・ランダル・レイ『ミンスキーと〈不安定性〉の経済学──MMTの源流へ』(白水社)所収「はじめに」より】
【著者ランダル・レイのZOOM動画:Randall Wray - Modern Monetary Theory】
[目次]
はじめに
序論
第一章 ミンスキーの主な貢献の概要
第二章 われわれはどこで間違ったのか? マクロ経済学と選ばれなかった道
第三章 ミンスキーの初期の貢献――金融不安定性仮説
第四章 貨幣と銀行業務に対するミンスキーの考え方
第五章 貧困と失業に対するミンスキーのアプローチ
第六章 ミンスキーと世界金融危機
第七章 ミンスキーと金融改革
第八章 結論――安定性、民主主義、安全および平等を促進するための改革
監訳者あとがき
ミンスキー著作一覧
参考文献
註
索引