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資本主義における「イノベーション」の基礎知識 『英語原典で読むシュンペーター』

記事:白水社

資本主義の崩壊過程までも射程におさめ、「イノベーション」とは何かを説きあかす! 根井雅弘著『英語原典で読むシュンペーター』(白水社刊)は、20世紀が生んだ天才経済学者に迫る精読の決定版。
資本主義の崩壊過程までも射程におさめ、「イノベーション」とは何かを説きあかす! 根井雅弘著『英語原典で読むシュンペーター』(白水社刊)は、20世紀が生んだ天才経済学者に迫る精読の決定版。

ヨゼフ・アロイス・シュンペーター(1883─1950)
ヨゼフ・アロイス・シュンペーター(1883─1950)

 『経済発展の理論』日本語版への序文(1937年 6月の日付がある)とは、ハーヴァード時代のシュンペーターが日本語版(1926年に出版された『経済発展の理論』第 2版の翻訳で、原典はもちろんドイツ語で書かれている)のために寄せた比較的短めの英文のことである。日本語版には英文のまま掲載されている〔J・A・シュムペーター『経済発展の理論』塩野谷祐一・中山伊知郎・東畑精一訳、上巻(岩波文庫、1977年)13-18ページ〕。

 この文章は、簡潔ではあるものの、その後のシュンペーター解釈における通説を方向づけたという意味できわめて重要なので、丁寧に読んでいこう。

If my Japanese readers asked me before opening the book what it is that I was aiming at when I wrote it, more than a quarter of a century ago, I would answer that I was trying to construct a theoretic model of the process of economic change in time, or perhaps more clearly, to answer the question how the economic system generates the force which incessantly transforms it.

「もし日本における私の読者が本書をひもとく前に、四半世紀以上も前、私がこれを書いたときに狙っていたことは何かと尋ねるならば、私は次のように答えるだろう。すなわち、私は、時間のなかにある経済変化の過程についての理論モデルを構築しようとしていた、あるいはもっと正確にいえば、経済体系がいかにしてそれをつねに転化させる諸力を生み出すのかという疑問に答えようとしていたのだ、と。」

 これはなんでもない文章のようだけれども、本当の意味がわかるのはまだ先かもしれない。『経済発展の理論』が世に出たとき、ドイツ歴史学派の影響が強かったところでは、それを「経済史」に関する研究だと誤解した者が多かったというが、ハーヴァード時代のシュンペーターは、おそらく当時を思い出しながら、その本が「時間のなかにある経済変化の過程についての理論モデル」なのだと再び強調したかったのだろう。もっといえば、『経済発展の理論』は、「歴史」ではなく「発展のメカニズム」がメインテーマだということである。

根井雅弘著『英語原典で読むシュンペーター』(白水社)目次より
根井雅弘著『英語原典で読むシュンペーター』(白水社)目次より

 シュンペーターがウィーン大学に学んだにもかかわらず、単なる「オーストリアン」で終わらずに「世界の市民」になったというハーバラーの文章を前に紹介したが、これは次の英文を読むと次第に明らかになる。

This may be illustrated by a reference to two great names: L.on Walras and Karl Marx. To Walras we owe a concept of the economic system and a theoretical apparatus which for the first time in the history of our science effectively embraced the pure logic of the interdependence between economic quantities. But when in my beginnings I studied the Walrasian conception and the Walrasian technique (I wish to emphasize that as an economist I owe more to it than to any other influence), I discovered not only that it is rigorously static in character (this is self-evident and has been again and again stressed by Walras himself) but also that it is applicable only to a stationary process.

「このことは、二人の偉大な名前、すなわちレオン・ワルラスとカール・マルクスに言及することによって例証されるだろう。ワルラスに対して、私たちは、経済体系の概念と、私たちの学問の歴史のなかで初めて経済諸量間の相互依存の純粋論理を有効に包含した理論的用具を負っている。しかし、初期にワルラスの概念とワルラスの方法を研究したとき(強調しておきたいのは、経済学者として、私がほかのどの影響よりも多くのものをそれに負っていることである)、私が発見したのは、それが厳密に静学的な性質をもつ(これは自明であり、ワルラス自身によって何度も何度も強調されてきた)だけでなく、静態的過程にのみ適用可能であるということだった。」

 シュンペーターがワルラスとマルクスの名前を挙げていることに改めて注意を喚起したい。シュンペーターは、オーストリア学派の本拠地に学びながら、経済学研究の初期にワルラスの『純粋経済学要論』(上巻1874年、下巻1877年)の意義を周囲の誰よりも高く評価し、熱烈なワルラシアンとなった。ワルラス経済学の大要については、拙著『経済学の歴史』(講談社学術文庫、2005年)その他の解説を参照してほしいが、シュンペーターがその経済理論を厳密な静学理論であると捉えていたことは上の文章から明らかである。ワルラス解釈として、これが正しいかどうかは、ここでは問題ではない(実際、いまでは、ワルラス理論の“dynamic”な含意を拡大解釈した研究も出ているが、ここで問題となっているのは、「シュンペーターがどう考えていたか」である)。

 だが、「静学的」(static)とか「静態的」(stationary)とか、英語でも日本語でも紛らわしい言葉が出てきたので、シュンペーターは、親切にも日本の読者に次のような注意を与えている。

These two things must not be confused. A static theory is sim.ply a statement of the conditions of equilibrium and of the way in which equilibrium tends to re-establish itself after every small disturbance. Such a theory can be useful in the investigation of any kind of reality, however disequilibrated it may be. A stationary process, however, is a process which actually does not change of its own initiative, but merely reproduces constant rates of real income as it flows along in time. If it changes at all, it does so under the influence of events which are external to itself, such as natural catastrophes, wars and so on .

「この二つを混同してはならない。静学理論とは、単に均衡の条件と、小さな攪乱が生じるたびに均衡がいかにして回復される傾向があるかを叙述したものに過ぎない。そのような理論は、どんな種類の現実──いかにそれが不均衡にさらされていようとも──の探究においても有用でありうる。しかしながら、静態的過程とは、現実におのれ自身のイニシアチブで変化するのではなく、単に時間の流れに沿って一定の実質所得の大きさを再生産するに過ぎない。もしそれが変化することがあったとしても、その変化は、自然災害や戦争などのような、それ自身にとっては外部の出来事の影響で生じるのである。」

 つまり、「静学」とは時間の要素のないワルラスの一般均衡理論を指しており、それに対して「静態」とはすべての経済数量が一定の規模でつねに循環している状態を描写したフランソワ・ケネー(1694-1774)の『経済表』(1758年)の世界なのである。シュンペーターの解釈では、「静学」に時間を導入して、つねに均衡状態が再現されるような工夫をすれば、事実上、「静態」へと限りなく近づけることができる。シュンペーターは、その意味で、「静学」と「静態」は、言葉遣いが似ているようでも、概念的に区別しなければならないと注意を喚起したわけである。

【根井雅弘『英語原典で読むシュンペーター』(白水社)より】

イノベーション(innovation)とは何か? 根井雅弘『英語原典で読むシュンペーター』(白水社)P.78─79より
イノベーション(innovation)とは何か? 根井雅弘『英語原典で読むシュンペーター』(白水社)P.78─79より

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