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食品のカビは有害か? 〜気がつかずに食べても大丈夫?

記事:朝倉書店

日本において、カビを原因とする急性の食中毒は発生しているのか?
日本において、カビを原因とする急性の食中毒は発生しているのか?

カビ毒による食中毒

 日本においては少なくともここ数十年間、カビによる急性食中毒の集団発生は報告されていない。その一番の理由は、カビが生えた食物を強いて食べなくてもよくなったという食糧事情にある。

 カビを原因とするヒトの食中毒では、ライ麦に寄生する麦角菌(Claviceps purpurea)に起因する麦角中毒がもっとも古い記録として残されている。麦角中毒は麦角菌が産生する麦角アルカロイドが原因であり、ライ麦を主食としていた中世ヨーロッパでしばしば発生した。痙攣性と壊疽性が激しく、あまりにも恐ろしい中毒症状のため、‘聖アンソニーの火’と呼ばれ、人々を恐怖に陥れたと伝えられている。

 1692年のセイラム魔女裁判で処刑された女性達も幻覚を伴う麦角中毒であったという説がある。1890年頃にはロシアで赤カビ(フザリウム)が寄生した麦で作ったパンを食べ、頭痛、めまい、悪寒、嘔吐、視力障害などの中毒症状を起こしたという記録が残っている。

 日本においても、1940年代から1950年代にかけて、北海道産の小麦粉で作ったパンやウドンを食べ、吐き気、嘔吐、下痢、腹痛、浮腫、発疹等の症状を呈する食中毒事件が全国で散発的に発生した。原材料の小麦が高率に赤カビ病に罹患していたことが原因であった。第二次世界大戦後、食料不足の中で輸入した米がペニシリウムで黄変していたいわゆる黄変米事件も有名である。ペニシリウムの代謝産物に毒性があることが指摘され、当時、約15万トンもの輸入米が食用不適となった。

 また、現在でも発展途上国においては、カビ性食中毒の危機は深刻である。2004年にケニアにおいてアフラトキシン中毒が発生し、317人の黄疸患者が報告され、そのうち125人が死亡した(患者致死率:39%)。天候不順のため、湿気の多い環境下で主食であるトウモロコシを保存せざるを得なかった。そのため、保存中にアスペルギルス・フラブスにより高レベルのアフラトキシンが産生され、それを数週間にわたり食したためと報告されている。

 2005年には、アメリカでアフラトキシンに汚染されたペットフードを食べた犬が23匹死亡した事例が報告されている。アメリカではペットフードのアフラトキシン基準値違反によるリコールがしばしば報告されており、ヒトの食用に適さないものが家畜やペットにまわる可能性がある。

 このように現在でも食品や飼料に対するアフラトキシンの高濃度汚染は存在しており、生産者側と消費者側、両方からの対策が必須である。

食のカビは有害か?

 「カビが生えた食品を気がつかずに食べてしまったが、大丈夫か?」という消費者からの相談は非常に多い。カビによる食品苦情の多くは目視によりカビが発育していることを疑われた例がほとんどである。

 カビ苦情で保健所に搬入された食品は、まずそのカビを顕微鏡でカビであると確認した後、培養し、分離同定される。その結果、日本において、喫食したカビを原因とする急性の食中毒は発生しているのだろうか。

 カビの食品苦情事例の実態を明確にするため、厚生労働省の調査研究が実施された。苦情事例を食品の種類別にみると、菓子類(28%)が最も多く、次いで嗜好飲料(23%)、パン(10%)、野菜果実とその加工品(8%)、魚介と魚介加工品(7%)の順であった(図1)。

図1食品種類別苦情件数の割合(酒井ら,2004)
図1食品種類別苦情件数の割合(酒井ら,2004)

「カビを食べてしまった」という心理的ショックが大きい

 「加工・調理食品」と「生鮮食品・未加工品」に分けると、実際の苦情事例の90%以上が「加工・調理食品」で報告された。これは「生えてはいけない市販製品にカビが生えた」という消費者心理が働いた結果であると思われる。

 全事例1,096件のうち、苦情食品を喫食した事例が44%あり、そのうちの18%がなんらかの臨床症状を訴えた。しかし、検出されたカビの種類と健康被害状況の間には有意な関連性がみられなかった。

 このことから、消費者にとっては「カビを食べてしまった」という心理的ショックが大きく、そのせいで体調不良を訴えたというのが実情ではないかと推察される。

カビを食べてしまった…と、心理的なショックで体調を崩すことも
カビを食べてしまった…と、心理的なショックで体調を崩すことも

現在の日本においては、健康被害のリスクは限りなく低い

 以上のように、現在日本においては、特定のカビの喫食による急性の健康被害は報告がない。しかし、気づかずに喫食したカビが、実際カビ毒を産生する種類のカビであった場合も健康被害が起こる可能性はないのかという心配は残る。カビ毒の中でも最も毒性が強いアフラトキシンを例に考えてみよう。

 前述のアフラトキシン急性食中毒(肝障害)は、数週間の継続摂取後発生しており、食糧を汚染されていないトウモロコシと交換した後は発生が収まっている。

 1980年代の別の事件では急性食中毒発生1年後に肝障害患者の追跡調査を行っているが、ほとんどの人が正常に回復していた。1966年には研究者が5 mgと35 mgの精製アフラトキシンを飲んで2回自殺を図ったが、症状は発疹・頭痛・吐き気だけであった。

 また、アフラトキシンの慢性毒性(肝がん)については原発性肝がんの発生リスクが計算されており、アフラトキシンB1を1日体重1 kgあたり1 ngを一生涯摂取した場合、10万人に0.01人と報告されている。

 以上を勘案すると、現在の日本においては、たった1回のカビ毒単一曝露による健康被害のリスクは限りなく低い。

現在の日本においては、カビ毒を産生する種類のカビを食べてしまっても、健康被害のリスクは限りなく低い
現在の日本においては、カビ毒を産生する種類のカビを食べてしまっても、健康被害のリスクは限りなく低い


参考文献
1)Deacon, J.: Fungal Biology 4th ed., Blackwell Publishing, Victoria (2006)
2)Pitt, J. I., and Hocking, A. D.: Fungi and Food Spoilage 2th ed., Aspen Publishers, Inc. Gaithersburg, Maryland (1999)
3)Samson, R. A. et al.:Introduction to food- and airborne fungi 7th ed. Centraalbureau voor Schimmelcultures, Utrecht (2004)
4)酒井綾子他:真菌汚染による苦情食品とその喫食による健康被害, 食衛誌, 45, 201-206 (2004)
5)Dijksterhuis, J., and Samson, R. A.: Food Microbilogy, A Multifaceted Approach to Fungi and Food, CRC Press, Florida (2007)

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