民俗学は漠然とした文化論ではなく、学術的に民俗伝承の分析を行なう学問である
記事:朝倉書店
記事:朝倉書店
稲作を主要な生業として歴史を刻んできた日本では、春の豊作祈願と秋の収穫感謝の祭りや行事が基本的な対となって伝えられている。そして、冬季の正月や節分の年越しの行事と夏季の盆の行事とがともに死者や先祖の魂祭りという共通の意味を含みながら、それも冬季と夏季の対というかたちで伝えられている。それに加えて、高温多湿な日本の気候の中で疫病除けや病害虫除けの意味をもちながら日本各地で伝えられているのが華麗な夏祭りの類である。民俗学はそれら四季の行事や祭礼の調査と分析を重ねてきた。
しかし、昭和30年代から始まる高度経済成長期(1955〜1973)を経て、それまでの農林水産業を中心とした生活から企業型社会へ都市型社会へと日本の社会は大きく変貌した。
それにともない日本各地の民俗伝承も大きく変化し、四季のめぐりに合わせた行事や祭礼もその様相を変えてきている。1950〜1960年代までの民俗調査によってそれまでの伝承情報の蓄積を豊富にもっている民俗学は、その後の2010年代までの約50年間の民俗の変化の実態についても、具体的な事例情報の蒐集をもとにその追跡を行なうことがいま求められている。
本巻では、第一に、正月行事や盆行事など四季のめぐりの中でそれぞれ家を場として伝えられてきている伝統的な年中行事にはどのようなものがあるのか、第二に、それらが生業と生活の変化によってどのように変化してきているのか、第三に、神社や寺院を伝承の場として伝えられてきている祭礼や法会についてどのようなものがあるのか、いずれも日本各地の多様な実態に目配りしながら、南西諸島の伝承についても、民俗学がこれまでどのような研究蓄積をもっているのか、隣接学問の研究成果をも紹介しながら、どこまで明らかにされており、どこがまだ明らかにされていないのかを整理して、現在の研究水準を示すことにより、そこから研究史上の論点の整理と提示によって民俗研究のさらなる進展をはかることにしたい。
ただ、それぞれの執筆者にも個性があり、自身の研究蓄積を読者に示すことで、それぞれのテーマについて、研究動向の紹介と今後の若い世代の研究者に向けての情報を発信しているものもある。本巻も講座という性質のものであり論文集ではないので、それぞれの研究テーマについての研究の概要を知るという上では、それぞれの執筆者の個性から学ぶことによって、新たな研究へ向けての次の一歩を踏み出していっていただきたい。
ただ、民俗学が漠然とした文化論ではなく、学術的に民俗伝承の分析を行なう学問であり、年中行事と祭礼についてもその歴史と現在および未来について、その伝承traditionsと変遷transitionsの動態を追跡し明らかにしていく学問であるという特徴が理解されれば、その研究実践の中でみずからそれを経験することによって、社会学や文化人類学という隣接学問との相違点と共通点とが認識できて、たがいの協業を進めて行くことができるであろうと考えている。
『講座日本民俗学3 行事と祭礼』新谷尚紀 まえがきより