2021年ノーベル賞受賞者・真鍋淑郎先生の論考が読める希少な本 『東日本大震災後の持続可能な社会』
記事:明石書店
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真鍋淑郎先生のノーベル物理学賞受賞は、ちょうどグラスゴーでのCOP26開幕直前、誠にタイムリーに、危機的な状況に陥っている地球環境に対してその営みの基本原理に陽を当てることとなった。本書は、名古屋大学大学院環境学研究科が、2009~2013年度にかけて実施したグローバルCOE プログラム「地球学から基礎・臨床環境学への展開」に真鍋先生らをプログラムの外部評価に招き、その折、2012年2月29日、中日新聞と共同で開催した国際シンポジウム「地球にやさしい資源・エネルギー利用へ――東日本大震災から1 年」の内容をまとめたものである。真鍋先生が研究内容を日本語で語る希少な本でもある。
このグローバルCOE プログラムは、地球環境問題という重病を克服するために、地球学という縦型学問を脱して文理融合し、優れた医者のように科学の基礎に根ざして地球と社会を「診断」し、さまざまな知識を縦横に統合した「治療」のできる基礎・臨床環境学を目指す試みであった。
このシンポジウムを開催したのは、東日本大地震の津波による原発事故の壊滅的な被災を体験して1 年が経過したときであり、エネルギー源をどうするかに国民の大きな関心が向けられたときでもあった。この本は、真鍋淑郎・名古屋大学特別招へい教授の研究の全容が語られていることとともに、同時に招いた客員教授でローマクラブ会長(当時)のエルンスト・フォン・ワイツゼッカー、ハイゼンベルクの後継者でラッセル-アインシュタイン宣言2005年版の主唱者であるハンス=ペーター・デュール(故人)という世界最高峰の三学者と、気候変動国際政策に詳しい米本昌平氏が、東日本大震災直後に一堂に会して語った内容がコンパクトに収められていることに、大きな価値があると言えよう。シンポジウムは、この問題に対して直接的な答えを求めるのではなく、人間社会、国際社会がいかなる視点を持つべきかについての根源的な問いを投げかけ、解決のための大局的道筋を描くべく企画された。
第1部は4名のみなさんによる講演の記録である。
第1章で語るのは、大気と海洋の水のやりとりを組み込んだ数値シミュレータを世界で最初に開発したパイオニアであり、ブルントラント女史、マータイ女史とともに「KYOTO 地球環境の殿堂」第1号の一人である真鍋淑郎プリンストン大学上席研究員である。地球水循環の基本原理から、人類の経済活動に伴うCO₂温暖化をもたらし、旱魃や豪雨・洪水を引き起こすことを解明し、それを乗り越えるために、診断から治療に至るさまざまな学問分野が連携することの重要性をわかりやすく説き起こしている。
名古屋大学環境学研究科は、工学、理学、社会科学の教員が横断的に集まった日本初の文理融合型大学院研究科である。真鍋先生はその研究環境を気に入り、数年にわたって毎年2ヶ月から半年ほど共同研究のために滞在した。大学院生を交えたセミナーにも参加し、闇雲にモデルを作るのではなく、重要な変数を厳選して選ぶべきだよ、などとコメントをしていた。
第2章で語るのは、資源消費を半減しつつ豊かさを倍増するという「ファクター4」の概念を1992 年のローマクラブレポート「第一次地球革命」で提案し、当時のローマクラブ共同会長(現在名誉会長)、エルンスト・フォン・ワイツゼッカー教授である。このように資源効率を高めるには、工業製品などの技術進化とともに、税制など社会経済システムの再設計も必要であること、そして豊かな生活を送るには、弱肉強食的市場主義に基づく経済効率追求ではなく、ヒューマニティこそが根底に必要であると説いている。
第3章で語るのは、統一場理論および不確定性理論に関するハイゼンベルクの共同研究者であり核物理学の後継者、そして、ラッセル-アインシュタイン宣言2005年版(Potsdam Manifesto 2005)を編んだ哲学者でもある、マックス・プランク物理学・天文学研究所名誉理事長のハンス=ペーター・デュール教授である。地球という生命体が太陽の恩恵を受けて地下資源を蓄えてきた過程、そして動物や植物と共存してきた人類が産業革命によって化石燃料を大量に使い始め、さらには核エネルギーを手にしたことによって地球生命体のバランスを崩す大罪を犯す結果となったことを説いている。
第4章で語るのは、地球環境問題、バイオエシックス、遺伝、医療などの問題に鋭く切り込み、科学技術文明論を展開する科学史家であり思想家である米本昌平氏である。ここでは、地球温暖化問題が冷戦終結とともに政治課題となったいきさつや、予防原則に基づき科学的知見を参考に対応が進められた稀有な例であることを示したうえで、この問題についての日本の役割を論じ、人口や食料といったマルサス主義的問題設定から、温暖化の被害とアジア等の国際間協力、巨大地震・津波など自然の脅威も因子に入れた新しいフューチャオロジー(未来学)への転換の必要性を説いている。
以上の4名の講演を受け、第2部のパネルディスカッションでは、飯尾歩・中日新聞論説委員と林がモデレーターとなり、次のような議論が展開された。
(1)東日本大震災を経験した日本は、自然の脅威として、大気に蓄積するCO₂がもたらす地球環境危機と同様に、地殻に蓄積するひずみがもたらす巨大地震を位置づける立場にあること
(2)文明を維持し、人々の幸福を獲得するためのカスケード的な方法を探求すべきであること
(3)地球から資源を盗んで儲けることにほかならない、非持続的な化石燃料や原子力に依存する今日の市場原理主義の考え方を転換し、現在地球に降り注ぐ1万分の1程度しか使ってない太陽エネルギーを活用すべきであること
(4)素晴らしい文化の下にエネルギー効率を上げて、トップの競争力を獲得した日本のサクセスストーリーを再現すること
(5)核廃棄物は高エネルギーによって完全に破壊してしまうのが唯一の最終処分方法であって、それはコスト的に実現不可能であること
シンポジウムのゴールとして、人類は地球の資源を略奪するのではなく、地球に財産を残して人類以外の生命システムと共存できる能力を備えるために、技術の向上とともに、アウェアネスを重視しつつ社会経済・政治システムを再構築して、自らも将来世代も幸せに生きていくことのできるサイクルを築いていく道筋への多くのヒントが示された。
こうして書いてくると、何となく堅苦しい雰囲気となってしまったが、それぞれの章では、内容がきわめて具体的で平易に語られている。真鍋先生のノーベル賞受賞に際し改めて、地球環境危機に対する本書の意義を訴えたい。本書にちりばめられた大きな思想を読者のみなさまにお伝えすることにより、世界と日本が地球エコシステムと人類社会の持続性を高める方向へ舵を切るために、少しばかりでもお役に立てば幸いである。