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「国境」とはなにか 〜架け橋と障壁という二面性

記事:朝倉書店

ヨーロッパの地図に引かれたいくつもの線。それぞれに歴史があり、地域特有の事情が絡んでいる。国境を訪ねて景観を観察するだけで、必ずや新しい発見があるはずである。
ヨーロッパの地図に引かれたいくつもの線。それぞれに歴史があり、地域特有の事情が絡んでいる。国境を訪ねて景観を観察するだけで、必ずや新しい発見があるはずである。

国境の旅に出かけよう

 ヨーロッパにはさまざまな国境があり、今は自由に行き来できる国境にも、かつては厳しい検問と紛争が繰り広げられた歴史がある。(中略)

 改めて振り返ると、ヨーロッパの国境には2つの特徴が挙げられる。1つは、国境が人や物の通過する場所であり、国境を隔てた地域が結び付いてきたこと。

 そもそも国境がない時代から人々は行き来し、一帯には共通の文化が育まれてきた。その後に国境が引かれても人や物の移動は続き、国境を越えたつながりがあり続けてきた。そして今、EUの国境が自由通行の場なのはご存じの通りである。

 もう1つは、国境が人や物の移動を規制し、人々の暮らしを制限してきたこと。柵や壁が設けられ、厳しい警備によって国境を隔てた地域同士の交流は妨げられ、しばしば断絶や対立にまで発展した。鉄のカーテンはその代表例で、国境は交流を制限し、地域を分断し、相互のつながりを遮断する障壁でもあった。

国境とは国や地域の架け橋であり、また障壁でもある

 つまり、国や地域の関係が良好ならば国境は両者を結び付ける架け橋となり、両者の関係が悪化すれば国境は障壁となってきたわけである。

 架け橋と障壁。本書でご紹介したヨーロッパの国境(境界)では、過去から現在まで両者が繰り返し現れてきた。アルザス、東西ドイツ、ドイツ・チェコ国境はまさしくその舞台となった。北イタリアにある文化の境界やブラティスラヴァのような都市、さらには紛争にまみれたクロアチアにもこうした国境の二面性が確認できる。かつてヨーロッパ各地を移動したユダヤ人たちは、国内の少数集団として排除され、やがて国境越えを強いられ、収容所へと消えていった。まさに彼らは国境がもつ二面性に翻弄された犠牲者と言えるだろう。

パスポートなしで国境が越えられるヨーロッパがいかに画期的か

 こうして国境の変化を見てくると、自由に行き来できる現在のヨーロッパの国境は、かつて川が果たしてきた役割と重なり、あたかも川に架けられた橋のように見えてくる。何やら架け橋つながりの言葉遊びにも聞こえそうだが、まさに今、ヨーロッパは本来の姿に回帰してきたのだと言えるのではないだろうか。

写真1 オーストリアからイタリアに入るブレンネロ峠の国境(2006年10月)道路脇に国境の標石が立つが検問はなく、車が自由に行き来
する。
写真1 オーストリアからイタリアに入るブレンネロ峠の国境(2006年10月)道路脇に国境の標石が立つが検問はなく、車が自由に行き来 する。

 ちなみに世界の国境に目を向けると、厳重な警戒がなされていて、写真撮影はおろか立ち止まって観察することも許されない場所ばかり。日本の国境もしかり。「不法占拠」「領海侵犯」といったきな臭い言葉が飛び交っている。行動が厳しく制限され、銃を手にした警備のものものしい様子を目の当たりにしてやるせない気持ちにさせられるのが、よくある国境体験である。

写真2 クロアチア・スロヴェニア国境(2018年8月)同じEUでもシェンゲン圏のスロヴェニ
ア入国にはしっかり検問があり、地中海でのヴァカンス帰りの車が長い列をつくっている。手前はドイツからの車。
写真2 クロアチア・スロヴェニア国境(2018年8月)同じEUでもシェンゲン圏のスロヴェニ ア入国にはしっかり検問があり、地中海でのヴァカンス帰りの車が長い列をつくっている。手前はドイツからの車。

 改めて振り返ると、世界に近代国家が生まれて以来、国境は国土と国民を守るために厳格に維持されてきた。そこで、国民が国境を越えても安全が保障されるように、パスポートが生まれた。だから世界どこに行くにもパスポートが欠かせないし、国境では必ずチェックを受けることになる。それが近代以降の世界の常識である。その常識があるからこそ、パスポートなしで国境が越えられるヨーロッパがいかに画期的なことか。世界の国境と比べてみて分かるだろう(写真1)(写真2)。

国境を訪ねて景観を観察するだけで、必ずや新しい発見があるはず

 もっとも、歴史に終わりがないように、今あるヨーロッパの国境の状況が変わらない保証もない。現に2020年に新型コロナウイルス感染症がヨーロッパで大流行すると、各国は慌てて国境を閉鎖し検問を再開した。国境の様子はかくも変わりやすいのである。おそらくこの先も国境を巡る物語は尽きないだろう。今の国境を見ておけば、変わりゆく国境の行方がたどれる。興味は広がるばかりだ。

 ヨーロッパの地図に引かれたいくつもの線。それぞれに歴史があり、地域特有の事情が絡んでいる。国境を訪ねて景観を観察するだけで、必ずや新しい発見があるはずである。ぜひ国境を知るための地理紀行に出かけたいものである。

『国境で読み解くヨーロッパー境界の地理紀行ー』
『国境で読み解くヨーロッパー境界の地理紀行ー』

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