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カリブ海の天国か? それとも犯罪国家か?――『現代ホンジュラスを知るための55章』

記事:明石書店

ホンジュラスの民族衣装と舞踏
ホンジュラスの民族衣装と舞踏

美しい自然とひどい政治

 タイトルの答えは良くも悪くも両方である。

 透明度が高く美しい海が広がるカリブ海に浮かぶホンジュラスの島々はまさに「カリブ海の天国」である。その玄関口となっているロアタン島には、米国から大型クルーズ船が来航し、欧州からも直行便があり、いつも大勢の外国人でにぎわう。ホンジュラスの公用語であるスペイン語以上に英語が通じる別世界である。国内の富裕層のみならず欧米の著名人の別荘も立ち並んでいる。隣のウティラ島は世界で最も安価にダイビングのライセンスが取得できると言われており、バックパッカーにも優しい楽園リゾートである。

 その一方ではエルナンデス前大統領が、大統領退任2週間後の2022年2月に、麻薬組織と癒着し権力を濫用して麻薬密輸犯罪に手を染めたとして当局に拘束され、4月に米国司法当局に引き渡された。現在、米国で公判の最中である。前大統領本人は無実を訴えている。しかし、退任直前に家族と共にニカラグアに逃亡しようとし、国境で待ち構えていた米麻薬取締局(DEA)捜査官に諭され、やむなく逃亡をあきらめた、という証言もある。

ロアタン島のビーチ
ロアタン島のビーチ

やってくる観光客と去っていく貧困層

 ホンジュラスには世界遺産が2つある。マヤ文明のコパン遺跡はまだ多くが神秘のベールに包まれており、国外からも一年中、観光客がホンジュラスにやってくる(もう一つの世界遺産はリオ・プラタノ生物圏保護区)。その一方で、貧しいホンジュラス人たちは国内に留まることに希望を持てず米国への移民を目指して国を去っていく。年々、移民希望者が増え続け、米国との間で外交問題になっている。

 すでに移民したホンジュラス人から国に残った家族への送金だけでGDPの約30%(2021年は約73億ドル)にのぼる。これがホンジュラス最大の外貨獲得手段となっている。その一方で、公的債務が年々右肩上がりに膨れ上がり(2021年末で約156.8億ドル)カストロ新政権は就任早々の2月に国家財政の窮状を訴えたが、それが逆に世界中にホンジュラスの経済危機を宣伝することになり、経済の格付けを下げる結果となった。

 このようにホンジュラスは、知れば知るほど「なぜ、こうなってしまうのだろう」と疑問が増えていく。こうした疑問に『現代ホンジュラスを知るための55章』は少しであるが答えている。

開発をすればするほど取り残される人

 いまから20年前にホンジュラス北部カリブ海に面した本土側の大型開発計画が始まった。メキシコのカリブ海リゾート地カンクンのような大型人工リゾート開発である。そのために当時の政府は国際金融機関から多額の融資を受けて、北部のテラ市の観光開発計画を開始した。しかし、同地はアフロ系先住民族であるガリフナ族が約200年間居住している地域である。ガリフナ族は開発から取り残され多くが貧困層である。また、テラ市周辺には、ラムサール条約でも指定されている湿地帯を含む熱帯雨林の国立公園が広がっている。昔、ホンジュラスで「バナナ王」と呼ばれたバナナ企業の米国人は研究のため世界中から植物を集めたが、それが今では世界第2位の面積を誇る美しいランセティージャ植物園として国立公園に指定されている。もちろん、国立公園制定以前から居住していたガリフナ族などの人々は居住権が認められている。

サン・フアン村のガリフナたち
サン・フアン村のガリフナたち

 テラ市の観光開発の目的は、そうした国立公園内で、ガリフナ族をはじめとした貧困階層の、観光開発を通じた生活改善であった。

 しかし、実際のプロジェクトはふたを開けてみると、リゾートホテル建設のための道路や電気、上水道などの建設工事を、地元のガリフナの人たちを使って労働法も守られない賃労働者として酷使するような内容であった。

 観光開発公社の利益の一部は周辺のガリフナ族に還元されるとの約束も反故にされた。ガリフナ族の集落は、政府側に切り崩された賛成派と、土地を守ろうとする反対派に分断され、一部集落では住民同士で訴訟合戦になった。それでも移転の保証金や代替地が付与されたガリフナたちは良いほうで、裁判所が土地は国有地という判決を出した上で「不法占拠による立ち退き命令」により、長年住んでいた土地から追い出された集落もある。

 開発計画では、地元の環境保護団体からは環境破壊が起きていると告発が続けられた。しかし、その団体の代表は、何者かに襲われ殺害された。多くの目撃者がいながら、当局はまともに捜査せず、未だに犯人は捕まっていない。

 結果として環境破壊が進み、多くのガリフナ族が住んでいた土地を追い出され、行き場を失ったガリフナは町に出た。しかし、まともな仕事などあるはずがない。この約20年で人口が激減したガリフナの集落は山ほどある。一方で残ったガリフナも結局は開発の恩恵を受けることができず、未だに貧困層にあることには変わりはない。

 追い出された多くのガリフナ族は移民となって米国を目指した。いまではニューヨークにガリフナ・コミュニティもあり、祖国の同郷の集落で困ったことがあれば支援するまでに至っている。追い出されたガリフナがやむを得ず不法移民となった米国で定住し、本国の出身集落を経済的に助けるという、皮肉なまでの自助努力である。

 そして、リゾートホテルは経営難で倒産し、別の外国資本が買い取った。

 現在のテラは皮肉にも、大型リゾート観光ではなく、殺害された環境保護団体代表が守ろうとした国立公園の美しいビーチへのツアーや、カヌーによる湖沼のマングローブ林へのツアーなどのエコツーリズムで成り立っている。全てではないがツアーに参加することでガリフナ支援団体を経済支援することができる仕組みにもなっている。

イソポ湖カヌーツアー
イソポ湖カヌーツアー

 このように『現代ホンジュラスを知るための55章』は、日本人にとっての「未知の国」であるホンジュラスの現代社会の光と影に焦点をあてた1冊である。2014年に『ホンジュラスを知るための60章』が出版されたが、今回の『現代ホンジュラスを知るための55章』は内容を一新した続編である。2冊合わせて『ホンジュラスを知るための115章』と考えて本書を手に取っていただければ幸いだ。

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