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『「犠牲区域」のアメリカ』書評 「移民の国」の収奪と虐殺の実態

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2020年11月28日
「犠牲区域」のアメリカ 核開発と先住民族 著者:石山徳子 出版社:岩波書店 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784000614221
発売⽇: 2020/09/26
サイズ: 20cm/249,35p

「犠牲区域」のアメリカ 核開発と先住民族 [著]石山徳子

 先の米大統領選挙戦ではあろうことか現職大統領が「アメリカが白人国家でなくなる恐怖」を有権者にあおるという前代未聞の光景が見られた。
 これに抗してリベラル派は「アメリカは移民の国」と改めて強調するキャンペーンを張り、白人至上主義を鋭く批判した。
 しかし実はこの両者とも「セトラー・コロニアリズム」からは逃れていないと指摘するのが本書だ。アメリカ先住民の居留地を長年かけて訪ね、植民地時代に始まる収奪と虐殺の歴史が、いま現在もなお続くことを明らかにした気鋭の人文地理学者の力作である。
 「アメリカ・インディアン」とも通称される先住民の社会が、西洋の入植者とその子孫、さらに新しい移民たちによって幾度となく武力攻撃され、「ジェノサイド」(大殺戮=だいさつりく)にさらされたことは知られよう。
 しかしこの結果、先住民は人々の脳裏で「滅びた民族」にされてしまう。そのイメージは文学や映画で「消えゆくアメリカ人」を表すシンボルとして観光資源化され、アメリカの大地が彼らのものだった過去が事実上忘却される一方、アメリカを「移民の国」とする新たな教説がアメリカの自己像を上書きした。
 著者はブラック・ライブズ・マター運動を支援する人々の間にさえ無意識に横たわるこの自己像を「先住民族からすれば抑圧的」だという。後から来て支配者の座についた入植者(セトラー)が社会制度から人々の発想までを植民地化すること。これが「セトラー・コロニアリズム」なのだ。
 本書はこうした植民地主義の陰で先住民居留地が核開発の実験地や汚染物質廃棄の「犠牲区域」にされる実態を丹念に描き出す。
 理論や解釈だけを先行させず、学生時代から各地を訪ね歩いてきたフィールドノートをまじえた記述は率直簡明で、しなやかな勁さをたたえる。日本にも通ずる視点と問題意識に触れたあとがきも胸にしみる。
    ◇
いしやま・のりこ 1971年生まれ。明治大教授(地理学、地域研究)。著書に『米国先住民族と核廃棄物』。