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石山蓮華さん『電線の恋人』刊行記念トーク&電線鑑賞会イベントレポート 【後編】――「電線」を通じて見えてくる世界

記事:平凡社

右手前が電線愛好家の石山蓮華さん。聞き手はREBEL BOOKS店主の荻原貴男さん。当日は石山さん撮影の電線写真をスライドで紹介しつつのトークとなった。
右手前が電線愛好家の石山蓮華さん。聞き手はREBEL BOOKS店主の荻原貴男さん。当日は石山さん撮影の電線写真をスライドで紹介しつつのトークとなった。

《前編はこちら》石山蓮華さん『電線の恋人』刊行記念トーク&電線鑑賞会イベントレポート【前編】――「電線のある風景」の魅力って?

電線の表情って? 

石山蓮華:電線の表情と聞いて、荻原さんはなにを思い浮かべますか。

荻原貴男:表情か~。意識したことなかったですね。

石山:無機物で、「表情あるな」って思うものありませんか?

荻原:パッと思いつくのは乗り物ですかね。電車や車とか。

石山:「きかんしゃトーマス」とか。

荻原:あれはもろに顔が付いてますもんね。

石山:トーマスは電車じゃなくて蒸気機関車だから、電気で走っていないところが私としては残念なんですけど……。私が電線の表情と呼んでいるのは、具体的に言うと角度の話なんですね。角度を変えることで、電線の違った表情が見えてくる。

石山さんのおすすめのアングル、電柱の真下から撮影した電線。 *記事中の電線写真はすべて石山さん撮影
石山さんのおすすめのアングル、電柱の真下から撮影した電線。 *記事中の電線写真はすべて石山さん撮影

荻原:この電柱の真下からのアングル、いいですよね。

石山:真下はね~、いいんですよ。この写真でいうと、ってある電線が下からぐぐっと電柱に沿って配線されていて、せりあがっていく様子がまるで筋肉みたいだなと。電線って金属なので、すごく硬いんです。それがこんなにむっちり、やわらかい形で街に配線されているっていうのは、自分で観察しないと気づけない。これは表情と呼んでも差し支えないのではないかと。

荻原:なるほど、表情ってそういうことなんですね。この写真は確かに電線の表情を感じます。

石山:too sexyですよね~。ホットな電線だなあと思います。

荻原:うん、肉感的な感じ。この『電線の恋人』のカバーに使われている写真の電線も肉感的ですね。

『電線の恋人』(平凡社)カバー
『電線の恋人』(平凡社)カバー

石山:これは新橋で撮った電線です。

荻原:こういう電線写真を見ていると、どこか高速道路のジャンクションを上から見ているような感覚と近いように感じます。交通網っていうのもインフラですし、意味合い的にも似ているのかなと。

石山:たしかに近いですね。コンクリートだったり金属だったり、硬いけれど加工によって形が変えられる素材はインフラによく使われますよね。そういう重いものが描く曲線の美しさって、どこか似通うところがあるのかもしれない。

荻原:相反する要素というか、かたいものが描くやわらかさですね。数学的な美しさということもあるのかも。この写真も、すごくかっこいいですね。

東京・中野の飲み屋街の路地で撮影した電線。
東京・中野の飲み屋街の路地で撮影した電線。

石山:これは中野駅の北口で撮りました。飲み屋街の細い路地に、小さなお店が何軒も並んでいるようなところなんですけど、ふっと見上げた時にこの電線があって。まるで宇宙船みたいだなあって。夜の電線って、自分が運んできた電気によって照らされていて、太陽と月が同居しているような存在というか。かっこいいなあと思います。

電線を通して世界を見る

荻原:お話を聞いていると、石山さんには電線を通した世界の見方があって、そうやって見えた景色を言葉でひもといている。そこが面白いんだよな、とあらためて思いました。

石山:私は子どもの頃からぼーっとしてるって言われることが多くて……でもぼーっとしていても頭の中はけっこう騒がしいというか、いろんなことを考えていたんですね。電線のおかげで、頭の中にあったいろんなイメージが繫がり始めた感覚があります。ちなみにこの電線写真を布にプリントしてスカートにしました。そのスカートをはいている写真を『電線の恋人』にも載せています。

荻原:おお、電線ってこうして見ると、いろんなデザインの源になりそうですね。

石山:そうですね。電線って複雑にも見えるし、シンプルにも見える。いまは私がほぼ一人で「電線いいよ~」って言っていますが、今後はもっとデザインが得意な方とか、作品批評に長けた方が電線に興味を持ってくれないかなと。あと、人が電線を見る時のゆっくりした身体の動きって、すごく独特なんですよ。新しい舞踏みたいで面白いんですけど、私はダンスができないし、お金がないから人に発注することもできないのが悲しい。

荻原:電線を単体で愛でるだけでなく、「電線×○○」というか、メタ電線的な新しいカルチャーが生まれるかもと思うとワクワクしますね。

石山:そうなんです。『電線の恋人』の2章では、電線とアニメや映画、絵画についても触れています。電線の文化的な広がりっていうのは既にあるけれど、まだ体系化されていないのかなと。こういうことに詳しい大学の先生がいたら勉強しに行きたいです。

荻原:石山さんとそうした方々との対談本とかあったら読みたいですね。『電線の文化史』。

石山:いいですね! 電線って、近代化という視点で論じても面白いと思いますし、世界の至る所にあるものなので、いろんな視点から研究ができると思います。この本の原稿を書きながら、実はけっこう胃が痛くなるときもあって……。アマチュアに向けた電線本って私の知る限りではそんなに刊行されていないので、「私の表現ひとつで電線のイメージが変わってしまうかも」「この本を読んで電線を好きになってほしいけど、嫌いになってしまったらどうしよう?」という不安もありました。

石山さんが「鳥居のようでかっこいい」と高崎で撮影した電線。
石山さんが「鳥居のようでかっこいい」と高崎で撮影した電線。

「いい風景」ってなんだろう?――無電柱化を考える

荻原:最後に、電線の地中化の話もしましょうか。

石山:そうですね。令和3(2021)年度から令和7(2025)年度までの5年間で、国は「無電柱化推進計画」という政策を進めています。地中化には、災害時に救助車両が通行しやすくなる、道幅が広くなるといった良い点もあるので、私ももちろん全面反対はしていないんですが、「電線が風景を台無しにする」っていう語られ方には個人的に疑問を感じていて。これは国土交通省ホームページの無電柱化の推進フォトギャラリー(「風景を台無しにする電柱」) なんですけど、見ていただくと、なんか微妙にやる気がない写真だなと……。

荻原:ははは(笑)。

石山:これを税金で作っているのかー、と思いました。危機感を煽るなら、写真の撮り方にももっと工夫がいると思うんです。私がもし無電柱化を推進する立場だったら、この富士山と電柱を写した写真も別の撮り方があったんじゃないかと。日本の象徴としての富士山と電柱・電線の組み合わせって、無電柱化推進の文脈でよくあてこすられているんです。でも、明治13年(1880)には浮世絵師の小林清親が《従箱根山中冨嶽眺望》という作品で、近代化の象徴として富士山と電線を晴れやかに描いているんですね。そういった歴史もあるんですが、国交省のホームページでは「『電柱がないことが常識』となるように国民の理解を深める情報発信を推進します」という文言があって、「常識かあ……」と。電線と富士の組み合わせですごくかっこいい写真を撮っている方もいますし、ネガキャンって案外難しいんだなと感じます。気合を入れて撮るとかっこよくなっちゃうし、気合を入れないとちょっと間が抜けた感じになってしまう。

トークの終盤には、屋上から実際に電線・電柱を鑑賞する時間も。電線をバックに解説する石山さん。
トークの終盤には、屋上から実際に電線・電柱を鑑賞する時間も。電線をバックに解説する石山さん。

荻原:「このへんは電線がないほうがいい」って場所もあるんだろうし、「このへんは別に電線があってもいい」「それはそれで味だよね」って風景もあると思います。僕は自転車でよく移動するんですけど、狭い道だと電柱が通行の邪魔になってしまうケースも実際にありますしね。

石山:そうですよね。無電柱化については『電線の恋人』でも触れているんですが、「無電柱化についてどう思いますか」ってよく質問いただくことがあって、どういう切り口からお話すればいいのかいつも悩みます。国が決めた「景観の美しさ」というのは、ある意味で「お仕着せ」的なものじゃないのか……とか、考え始めるとけっこう難しいなと。いま電柱の地中化に取り組む自治体には、国が半分近く費用を補助しているんですよね。

荻原:そんなに補助があるんですか。知らなかった。

石山:無電柱化推進計画に携わっている社会経済学者の松原隆一郎さんという方がいらして、東京都知事の小池百合子さんと共著を出されてもいるんですが、その方が著書の中で「電線や電柱の外見はいわば廃棄物すなわち『ゴミ』なのだから、日本は公共空間がゴミ屋敷化した国」と書かれていて。

荻原:すごい論理展開ですね。

石山:そうなんですよ。「おお、言い切った!」と驚いてしまって。でも美しさってすごく個人的な感覚だから、じゃあ自分はどういう風に電線の美しさを語れるだろう? というのは、本を読みながらすごく考えました。ちなみに、「無電柱化民間プロジェクト」には「無柱(むちゅう)君」っていう公式キャラクター もいるんですよ。

荻原:ええ、キャラクターまでいるんですか。

石山:ちょっと切ない顔で、本人が電柱なんです。

荻原:電柱なんだ! それは悲しいですね。

――会場(笑)

荻原:でも「景観の美化」を無電柱化の理由にするなら、しっかりと議論した上でレギュレーションを作って、それに基づいて進めますよ、と明快にしたほうがいいと思いますね。たとえばパリには景観を守る厳しい規制があると思うんですけど、日本はそのへんが曖昧なまま進んでいる印象です。

石山:「いい風景」ってなんだろう? って、本当はすごく難しい問題ですよね。無電柱化に関する本を読んでから日本の景色を見ると、「ここから電柱を引っこ抜いたところで景観は美しくなるんだろうか」「そんなに変わらないんじゃないか」とも思うんです。電線や電柱がまったく関係がないとは言わないですけど、あくまで要素であって、すべてではない。

荻原:電線や電柱だけを悪者にしても解決しないんじゃないかと思いますね。

石山:風景の美しさについて、もっと深い議論がされていくといいですよね。

(1月28日、高崎REBEL BOOKSにて。構成/平凡社編集部・野﨑真鳥)

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