電線の面白さを、それぞれの目線で見つけてほしい。『電線の恋人』著者・石山蓮華さんインタビュー
記事:平凡社
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――石山さんは文筆家・俳優として活躍しながら、「電線愛好家」として電線の魅力を発信されていらっしゃいます。本書はウェブマガジン「ウェブ平凡」の同名連載を中心にまとめたエッセイですが、電線に関心をもって写真や文章を発表するようになったのはいつ頃からですか?
石山蓮華:電線自体は小学3年生の頃からずっと好きで、高校で写真部に入部してから電線を被写体に撮るようになりました。電線について文章を書き始めたのは2017年の冬コミに出した同人誌『電線礼讃』がきっかけです。
電線を見ている時の楽しさは感覚的なものですが、文章ではその魅力を言葉で人に伝えなくてはならないのが難しい。電線という無機物のテクスチャーをどう表現するか、読んだ方に電線を思い浮かべてもらえるようにどう書けばいいのか、いつも悩みながら書いています。大人になっても電線をこんなにずっと好きでいるなんて、自分でも想像していなかったですね。
――本書には、石山さんが撮影された国内外の電線写真が多数収録されています。なんでも、これまで撮影された電線写真は1万5000枚以上にのぼるとか……。写真の選定は大変だったのではないでしょうか。
石山:自分で撮った電線写真にはどれも思い入れがあるので、本音を言えば全部載せたい(笑)。そのなかでも、特に人に見せたい、「これは素晴らしい」という電線を選びました。ぜひ本書でいろんな表情の電線を楽しんでほしいです。
『電線の恋人』のカバー(上掲)に使用した写真は新橋で撮影したもので、ニュー新橋ビル近くの飲み屋街にある電線です。人の熱気や活動の軌跡、新橋という街の歴史が、この密集した電線に表れているなと思います。無電柱化が進んだオフィス街では電線のない通りも多いですが、自分の暮らす生活圏にはまだまだ電線のある細い路地も多いこともあって、都会で電線を見つけるとホッとします。
――2章「イメージの中の電線」では、書き下ろしの「電線偏愛作品ガイド」も収録されています。映像作品や漫画、文学、アートに登場する電線について、石山さん独自の視点で解説していますね。
石山:私はよく「ほかの人の目線で電線を見てみたい!」と思っているので、作品のなかに電線の描写があると興奮します。執筆のためにさまざまな作品を見返すなかで、日本の景色のなかに電線はずっとあり続けてきたんだ、ということを再認識しました。ここで挙げている作品に読者の方が触れて「あ、この電線は自分も好きかも」という気持ちが芽吹いてくれたら嬉しいです。ページの関係で入れられなかった作品もたくさんありますし、探せばまだまだいろんな作品が出てくるはず。今後もっと研究されてほしいなと思っています。
――電線の魅力を惜しみなく綴る一方で、「おわりに 電線愛好活動は人生の生命線である」では、芸能活動の中で感じていたモヤモヤを電線を愛でることで昇華していったエピソードも紹介されています。
石山:「電線好き」を公言し始めたのは、テレビの情報番組でリポーターの仕事をしていた頃でした。当時は求められる役割に自分を適応させようと、苦しくなってしまっていたんです。いま思えば私が考えすぎだったな、というところもあるし、数年前の社会の空気感もあったと思います。そんななかで電線をひたすら愛でることは、自分が自分のままでいられる貴重な時間でした。電線について文章を書くあいだは探しものをしているような感覚で、「私ってこんな感じだったな」と自分の重心をとり直す作業にもなりました。電線愛好活動を始めてから、ずっと生きやすくなったと感じています。
――今年6月には、一般社団法人日本電線工業会公認の「電線アンバサダー」に就任されました。電線工場を取材した様子を「石山蓮華の電線ノート」 でも紹介されていますね。
石山:電線業界の方が私のこれまでの活動を評価してくださって、電線アンバサダーの肩書きをくださったことが本当にありがたいです。私個人としてはただそこに電線が存在しているだけで満足してしまうんですけど、電線の役割や魅力を多くの人に伝えるのがアンバサダーの仕事。たとえばこれが「犬かわいい」や「猫かわいい」なら、たいていの人が「そうだよね」って同意してくれて、それ以上の説明を求められることってないと思うんですけど、「電線は面白い」はそうじゃない。私がもし『となりのトトロ』のネコバスなら、みんなを乗せて電線工場に連れて行って「ほら、ここが面白いんです!」と直接見せてあげたいんですが……。電線愛好活動は属人的な活動だと思われがちですが、そうではなく、誰でも楽しめるものなんだよ! とわかってもらえるように、これからも発信していけたらと思います。
石山:電線は私たちの暮らしに欠かせない大切なインフラですが、電線そのものについてはまだ言葉が尽くされていないと感じています。多くの人にとって、電線は「見えているのに見ていない」もの。こんなにかっこいい電線についてエッセイを書かせてもらえるなんて、私はラッキーだなあと思います。この本を通じて電線の面白さが社会に広まっていったら、本当に嬉しいです。
最近、グラフィックデザイナーの方と「線っていいよね~」という話で盛り上がったんですけど、誰かと好きなものについて話すことは本当に楽しいし、相手の言葉から、それまで気づかなかった視点が得られることもあります。私の電線の見方が正解ということではなくて、その人の目線で、新しい電線の見方が生まれていくといいなと思います。私も、もっといろんな電線の見方を知りたいです。
[文=平凡社編集部・野﨑真鳥]