この時代、この国ならではの独創的な13編——『チェコSF短編小説集2』(平凡社ライブラリー)
記事:平凡社
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なかなかよいニュースがないなか、WBC初出場のチェコ代表チームの善戦は久しぶりの心温まる出来事でした。WBCをきっかけにチェコに関心がわいた皆さま、つい最近刊行されたチェコのSFなどいかがでしょう。
チェコのSFといえば、「ロボット」という言葉の生みの親であるカレル・チャペックが有名ですが、それ以外の作家はどうなってるの? ということで、平凡社ライブラリーでは2018年に新編・新訳の『チェコSF短篇小説集』を刊行しました。
この前作では、1910年代から80年代までの幅広い作品を紹介しましたが、今回はその続編で、「チェコ独自のSF」13編を収録しています。「チェコ独自の」というのはどういうことか――ということで、ここで少しチェコの歴史を振り返ってみたいと思います。
ソ連の強権的・独裁的なスターリン体制の崩壊により、その影響を受けていたチェコスロヴァキアにも1968年、プラハの春とよばれる自由化の波が訪れますが、それも束の間、ソ連軍を中心とした軍隊による侵攻(チェコ事件)を受け、再び長い冬の時代を迎えます。
1980年代、ソ連ではゴルバチョフによるペレストロイカが進められ、チェコにも再び雪融けが訪れ、SFへの熱も一気に噴出します。大学学生寮で、チェコスロヴァキア初のSFクラブが誕生し、1982年には、ファンたちにより〈カレル・チャペック賞〉が創設されます。
この時代、作品を書いても地下出版の同人誌に発表して仲間うちで回し読みされるだけでしたが、〈カレル・チャペック賞〉に応募すれば、選考委員に読んでもらえるだけでなく、受賞作は作品集に収録されるということで、国中の作家がこぞって応募しました。
チェコスロヴァキアに本当の自由が訪れたのは、東欧諸国の民主化が進むなか、チェコでもビロード革命が起こり、社会主義政権が倒された1989年のこと。西側では、これまでにアシモフ、クラーク、ディックなどのSF作家が次々と作品を発表していましたが、当然、チェコの人たちがこれらの作品に触れる機会はなく、SFを書く術も知らぬまま試行錯誤の創作をせざるをえませんでした。けれどもそれは、同時に個性豊かな作品を生み出すことにもなったのです。
1968年のチェコ事件後、チェコの女性歌手マルタ・クビショヴァーによって「ヘイ・ジュード」がカヴァーされ、抑圧的な社会主義政権に対するプロテスト・ソングとして国民の間に広まったことは、NHKの番組等でも紹介されていましたが、そのためか、収録作のいくつかに、ビートルズの影響が見られるのも興味深いです。
弾圧の中で見え始めた自由への希望、長く抑え込まれてきた創作への意欲、書きたい、読みたい、という若者たちの熱意と独創性によって生み出され育まれた、まさに「チェコ独自の」作品たち。いずれも個性と魅力溢れるものばかりです。
前作『チェコSF短篇小説集』と合わせて、ぜひお読みいただければ幸いです。
文=竹内涼子(平凡社編集部)
口径七・六二ミリの白杖 オンドジェイ・ネフ
ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー ヨゼフ・ペツィノフスキー
微罪と罰 イヴァン・クミーネク
……および次元喪失の刑に処す イジー・ウォーカー・プロハースカ
あの頃、どう時間が誘うことになるか ヤン・フラヴィチカ
新星 エドゥアルト・マルチン
落第した遠征隊 ズデニェク・ヴォルニー
発明家 ズデニェク・ロゼンバウム
歌えなかったクロウタドリ ペトル・ハヌシュ
バーサーの本をお買い求めください ヤロスラフ・イラン
エイヴォンの白鳥座 イジー・オルシャンスキー
原始人 スタニスラフ・シュヴァホウチェク
片肘だけの六ヶ月 ヤロスラフ・ヴァイス
解説──カレル・チャペック賞とチェコのSF ズデニェク・ランパス+ヤン・ヴァニェク・Jr.
編訳者あとがき