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疫病と戦争、いまこそ読むべきチャペック 謎の感染症テーマの戯曲「白い病」新訳公開

「白い病」初版(1937年)の表紙

究極の選択、群衆の動きは 「白い病」

 もしいま、ウイルスの治療薬が見つかったら――。新型コロナの感染が広がるなか、チェコの作家カレル・チャペック(1890~1938)が1937年に発表した戯曲「白い病」の新訳が公開された。世界中で大流行したスペイン風邪(18~19年)をくぐり抜けたチャペックが、第2次世界大戦の直前に書いた作品だ。疫病と戦争、二つの危機が照らし出すものとは。

 戦争前夜の独裁国で、中世のペストよりも恐ろしいとされる中国発の感染症〈白い病〉が流行する。それは若い世代には感染せず、兆候となる白い斑点には感覚がないため、知らないうちに感染を広げてしまう病だった。大学病院の院長は「未知なる敵との戦闘だ」と宣言するが、なすすべはない。すると、そこへ町医者がやってきて、治療法を見つけたと告げる。

 訳者は、東京大学の阿部賢一准教授(チェコ文学)。緊急事態宣言が出た4月7日から訳し始め、「この状況に応える言葉や文学は多くの人が求めているだろう」とネット上の「note」(https://note.com/kenichi_abe)で無料公開した。

 作品は1937年に発表された。翌年には、「ミュンヘン会談」で旧チェコスロバキアの一部がナチスドイツに割譲され、第2次大戦につながったとされる。戯曲のなかで、治療法を見つけた町医者は、感染がより広がる貧しい人たちを診察する一方、お金持ちの患者を一切拒否。薬を使いたければ、「二度と戦争を起こして欲しくない」と世界中の統治者に迫る。

 「反ファシズム、反全体主義のイメージが強く、ナチスドイツへの抵抗文学という読まれ方をしていた。コロナで疫病に対する感覚が研ぎ澄まされたいま読むと、疫病の文学だということを改めて認識させられる」と阿部さんは言う。

 病院長が握手のために手を差し出し、取材記者がお辞儀で応える場面も。細部にわたるリアリティーの源泉にあるのが、チャペックが同時代を生きたスペイン風邪だ。チャペックは、没後に発表された解題でスペイン風邪を引き合いに出す。彼の父親は農村の開業医でもあった。

 疫病か、戦争か。究極の二者択一を迫る物語はしかし、意外な結末を迎える。キーワードは群衆だ。阿部さんは「群衆が雪崩を打って何かが起きてしまうというのは、カミュの『ペスト』(1947年)にも通じる部分がある」と話す。

 『白い病』新訳は9月、岩波文庫で刊行予定。

人間らしさの喪失に警告 「ロボット」

 新型コロナ禍で、感染の心配がないロボットに労働力としての期待が集まる。

 その語源となったチャペックの戯曲「ロボット(原題:R・U・R)」が発表されたのは、ちょうど100年前の1920年。スペイン風邪を乗り越えた直後に、まさしく労働力としてのロボットが描かれた。この暗合には何か意味があるのだろうか。

 「白い病」とともに「ロボット」の新訳(年内に中公文庫で刊行予定)も進めている阿部さんは、「スペイン風邪は深層的な要素にとどまる」との見方だ。

 その上で、「チャペックは、人間の人間らしさが失われてしまう瞬間に非常に敏感だった」。全体主義が広がり、人間の個性が失われていくなか、「戦争、疫病、機械文明と手を替え品を替え、作品を通して警告のようなメッセージを発している」。

 人造人間がテーマの物語は「ロボット」以前にも、理想の美女を作り出す『未来のイヴ』や、死体から怪物を生む『フランケンシュタイン』など数多く書かれたが、「チャペックは主人公との私的な関係から切り離して、労働力として経済的な概念のなかで捉えたことが新しかった」と指摘する。「我々の労働を代替するだけでなく、奪う存在にもなるという問いかけは、いまなお有効だ」(山崎聡)=朝日新聞2020年7月1日掲載