BTSって、楽しむ以前に、知ってほしい存在? 「BTS学」を掲げた日本初のBTS研究書!
記事:明石書店
記事:明石書店
「寒い冬の終わりを迎え もう一度春の日が来る時まで 花が咲く時まで そこにもう少し待ってよ 待ってよ」。
これは、大衆音楽専門誌「Rolling Stone」が選定した「BTS名曲100」(100 Greatest BTS Songs)の1位に挙げられた「봄날(Spring Day)」(2017年)の一節だが、これほど鮮やかに悲しみと憧れ、希望を歌った曲を聞いたことがない。BTSはこれほど詩的で、凄絶な物語をどこから得たのだろうか。
「Spring Day」のモチーフの一つは、儚さの象徴とも言える桜だ。世の中に永遠なものは永遠にない。時間とともに我々は変わっていき、私とあなたは少しずつ離れていく。しかし私はそんなあなたを一日も忘れられない。今もまだあなたを見送れそうにない。時間はこのように空しく流れる。にもかかわらず、我々が何か安らぎを見出すとき、一縷の望みはつながれ、いつの間にか桜のように花開くだろう。冬は身を切るほど寒くて暗鬱だが、これも「永遠には続かない」こと、いまを大切にしていけば桜のようにまた春を迎えることを、我々は心を込めて確かめておきたい。
Twitterには「#BTSisNotYourAverageBoyBand」(BTSはあなたが思う普通のボーイズバンドではない)というハッシュタグがある。クリックすると、「BTSの音楽が人生を変えた」「BTSが自分を救った」と打ち明ける人々の告白が止めどなく続く。米国の30代のある黒人女性は、「韓国のボーイズバンドにはまったということで周りから白い目で見られるが、まったく気にしない。BTSの音楽を通じて勇気づけられ、自分を愛することの大切さを学んだから」と綴っている。あまりにも多くの人々が、人生でもっとも必要な時期にBTSと出会えて本当によかった」と述べる。世界の彼/彼女にとって、BTSの存在と音楽は、絶望のなかで生きる意味を見出した「光」のようだ。
BTSのミュージック・ビデオ(MV)を一つひとつ辿っていく間に、我々は、そこに大河ドラマのような巨大な、私とあなた、そして人々の物語が秘められていることに気づく。また、その「蜘蛛の巣」のように複雑なストーリーテリングは、楽曲を補完するだけでなく、MV自体にまったく新しい命、すなわち「いまここ」に関する新鮮な知恵を吹き込んでいることがわかる。普通の恋愛に関する楽曲であっても、自分自身と周りの世界に対する省察を求めることこそ、BTSならではの魅力で、持ち味である。「Mikrokosmos(小宇宙)」(2019年)を聴きながら、「君を眺めながら」、そして「もっとも深い夜にもっとも輝く光」を「夢見る」私とあなたを想像することは、ある意味では、人の常だろう。
だからこそ、かくも多くの人々が共感し、熱く反応するのだろう。これは、単に新たなポップ・カルチャーにとどまらず、新しい考え方や知識体系、ひいては「新文明」の兆候とも言えるのではないか。
2020年から世界各国は、新型コロナウイルスという感染症から自国民を守るべく、次々に国境を閉ざしていった。さらに、経済覇権や台湾問題をめぐる米中対決の深化、そしてウクライナ戦争などにより、世界は他者への恐怖を募らせ、またも分裂を極めつつある。地球を一つの共同体と捉え、世界の一体化を図ろうとしたグローバリズムはもはや終わったかに見える。しかし、そんな中でも世界は一つに繫がっていることを、「BTS現象」は雄弁に物語っている。
BTS公式YouTubeチャンネルのBANGTANTVの登録者数を基準にすれば、2022年12月現在、少なくとも7,000万以上の地球市民がBTSと「同時代」を共有している。日本国内にも少なくとも1,300万人以上がBTSを中心とした生態系に住んでいる(BTS JAPAN オフィシャルTwitter の「@BTS_jp_official」フォロワー数は2022年12月20日現在、1,354万人)。これほど多くの世界の彼/彼女たちが、BTSをめぐる物語を、国境と言語、人種の境界を越えた普遍的なものとして受け入れ、日々共有しているのである。
BTSの物語は韓国という地域的・民族的特殊性に起因するいわゆる「Kのジレンマ」をも軽々と乗り越え、クロスオーバーを重ねて新たな嗜好共同体を創り上げている。絆を失い、不安に満ちた時代に、世界の人々はBTSから伝わる「君のままで大丈夫」という癒しのメッセージに安らぎを覚え、連帯して前へと進む。自分が自分でいられなかった多くの人々が、自分を愛し(Love Myself)、それを語り(Speak Yourself)、他者と共有する(Love Yourself)ことの大切さに気づき、心理的な一体感にたどり着いたのである。
ある評論家は、BTSがこれほど成功した最大の理由として、SNSを取り上げる。2021年に世界最多のリツイート(RT)を記録したのは、アジア人に対するヘイトクライムが深刻化していた3月30日にBTSが「人種差別に反対する」と発信したツイートだった。SNS上でBTSは、いかなる政治家よりも強力な影響力を発揮し、BTS関連ワードは常に世界の話題を席巻する。
しかしSNSはあくまでも、人気獲得の手段や背景、尺度に過ぎず、「BTS現象」の本質とは言えない。しかも「BTS現象」は、日本のマスコミがしばしば指摘するような、韓国政府の韓流政策やアイドル業界のプロデューシングシステムの成果でもなければ、BTSの素晴らしいルックスや優れた音楽的実力のみで生じたアイドル・シンドロームでもない。
この疑問にBTSはこう答える。「バンタンの成功の理由? 俺も知らない そんなの何処にあるんだよ 俺たちは夢中になって走ったんだよ 何と言われても走ったんだよ 答えはここにあるよ ハハハ」(「Run BTS(달려라 방탄)」、2022年)と。皮肉にも、BTSメンバーたちも自分たちの成功の理由を挙げられず、探り続けているようだ。
ただし、より重要で明確な事実は、必死になって走るBTSを、ARMYという国境を越えた多くの人々が応援し、これからもBTSと共に走っていくことである。BTSとARMYの伴走は、今後のBTSメンバーの兵役履行により、一時的に動きが沈静化するようにも見える。しかし、「俺たちはちょっと早い」と何気なく自慢するBTSはあっという間に「もう行こう 準備はいいか」と、ARMYたちを目覚めさせるだろう。
プロローグ 「BTS学」へようこそ(李東俊)
第1章 BTS、君は誰? (木村愛結・風呂中里菜)
第2章 今、私たちの「心の地図」(今浪ユリヤ・藤岡李香)
第3章 歌詞から読み取れる熾烈なヒューマニズムの物語(星野光晴・小吉美彩貴)
第4章 マーケティング戦略から見るBTSの売上方程式(太田雅子)
第5章 東アジアのなかの「韓国発」アイドルBTS(田村凜香・藤本風歌)
第6章「壁」を越えて(塚盛可蓮・泉咲都季)
第7章 「自分を愛し、声を上げよう」(金ミンジ・川野友里亜)
第8章 「共に生きていこう」(近藤碧・眞名子優斗)
第9章 永久平和に向かった「嗜好共同体」? (鮫島夏葉・安藤咲彩)
エピローグ 「BTSへの旅」を振り返って(李東俊)