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BTSはビートルズかもしれない 「アメリカ音楽の新しい地図」大和田俊之さんインタビュー

大和田俊之さん

それは文化の盗用じゃないか?

――『アメリカ音楽の新しい地図』では、2010年代のポピュラー音楽からアメリカ社会を分析されていますが、本書を読んでその複雑さを改めて痛感させられました。

 僕は2011年に出した『アメリカ音楽史』で、“アメリカのあらゆる音楽――とりわけアフリカ系アメリカ人の音楽がヒスパニックの貢献を強調する歴史に書き換えられていくはずだ”と予想しました。実際アメリカのヒスパニック人口は増えた。2016年にNetflixで公開されたドラマ「ゲットダウン」はヒップホップの創世記を描いたドラマであるにも関わらず、主人公はプエルトリコ系でした。「お、これは新しい」と思っていたら、同じ年の11月に「国境に壁を作ろう」と主張するトランプが当選したんです。この本には僕の「どうしたもんかね……」という困惑が素直に出てますね。

――大和田さんは昨年アメリカに滞在されていたんだとか。

 はい。サバティカル(研究休暇制度)で1年間ハーバード大学の日本研究科に籍を置かせてもらっていました。と言ってもロックダウン中だったので、ほとんど自宅にいましたが(笑)。向こうではヒップホップと映画をテーマに日本のサブカルチャーの授業もしました。富田克也監督の「サウダーヂ」や、宮崎大祐監督の「大和(カリフォルニア)」を引き合いに出して。

――どちらの監督もヒップホップ好き(ヘッズ)で有名ですね。「サウダーヂ」にはラッパーの田我流も出演していますし。

 彼らはヘッズだから日本社会に対する目線がヒップホップなんですよ。マイノリティに対する意識が高い。「サウダーヂ」だったら、山梨の外国人コミュニティを題材にしたりとか。つまり彼らは好きな音楽の世界観を通じて日本社会を見てる。映画と音楽でジャンルは違うけど、彼らはヒップホップに影響を受けて日本のマイノリティを可視化している――みたいなことを話したんですね。そしたら、アフリカ系の学生は「それはCultural appropriation(文化の盗用)じゃないか」と言うんですよ。

――ハーバード大学の日本研究科で、ですか?

 そう。アメリカで一番賢いアフリカ系アメリカ人が、です。授業が終わった後、他の先生とこの件について話しました。するとこういう話題になると必ずこういう展開になるそうです。こっちが「いや搾取ではなく、リスペクトをもって日本でヒップホップを広めてる」といくら説明しても全然聞く耳を持ってくれない。

――それは5lack/6lack問題(※)にもつながりますね。

※5lack/6lack問題:2022年1月に日本のラッパー・5lack(スラック)がアトランタの人気ラッパー・6lack(ブラック)の名義を盗用しているとSNSで話題になった。5lackはS.L.A.C.K.名義で2009年に1stアルバム「My Space」を発表。2011年ごろから5lack表記を使用している。6lackは2016年に「Free 6lack」を発表した。

 そうなんですよ。ここ1〜2年はBLMの影響でアフリカ系全体が「Cultural appropriation」に非常に敏感になっていて。そういう主張をする人たちは、自分たちのカルチャーが世界的に強い影響力を持っているにも関わらず、自分たちとそのコミュニティに対して利益が十分に還元されていないと認識しているんです。

――アメリカの社会構造の問題も絡んでくる、と。

 そう。僕らは5lackへの言いがかりに対しては怒るべきだし、社会構造に配慮して黙っているのは間違っている。だけどもやもやする気持ちはある。だから5lack/6lack問題について一生懸命考えたんです。そこで思ったのは、アフリカ系の人たちがアジア系のラッパーを見る感覚は、僕ら日本人がアメリカ人の寿司職人を見る感覚と当たらずとも遠からずなんですよ。

――おそらく日本人の中には「外国人の握る寿司」に、無意識に見下したニュアンスがありますよね。

 僕ら自身も寿司の味なんて大してわかりゃしないのにね。ただ例に挙げるとするなら、そういう感覚。あと強調しておきたいのは、みんながみんな同じ考えではないということと、BLMがここ1〜2年アメリカで非常に盛り上がっているから、ということ。それを踏まえての、5lack/6lack問題があるんだと思いましたね。

アジア系男子のイメージを変えたBTS

――そう考えると、BTSがBillboardで1位を獲ったって改めてものすごいことですよね。

 そうなんですよ(笑)。僕のゼミでは、いつも年明けに前年のBillboardの年間チャートを見ながら学生といろいろ話すんです。日本でも話題になった「Dynamite」は31位だったけど、「Butter」は11位だったんです。これはとんでもないことですよ。そもそもアジア系に黄色い声援が飛ぶだけでもすごい。ありえないです。昔はアジア系男子といえばオタクのイメージだったんですよ。BTSはそこも完全に塗り替えましたね。

BTS (방탄소년단) 'Butter' Official MV

――ちなみにアメリカの学生もBTSは好きだったんですか?

 めちゃくちゃ人気ありましたね。うちの子供が公立小学校の外国人クラスにいたんですよ。クラスメートにギリシャ、エチオピア、イスラエル、ブラジルとかいろんな国の子がいたけど全員BTSのファン(笑)。僕は一昔前のマイケル・ジャクソンみたいだと思いました。

――僕はNCT推しなのでBTSがアメリカで大成功したことにかなり嫉妬したんですが(笑)、最近は素直にすごいと思えるようになりました。別格です。

 NCT、かっこいいですよね。僕も好きなので、その気持ちはすごくよくわかります(笑)。でもおっしゃるとおり、BTSはもはや別格ですね。最初(アメリカのコメディアン・女優の)エレン・デジェネレスが彼らをビートルズになぞらえた時、「それは違うでしょ」と思ったけど、考えれば考えるほど「BTSはビートルズかもしれない」と思えてきて。アメリカでヒットした1964年のビートルズはまだアイドル的なボーイバンドだったんですよ。彼らが作品性を深めていくのはそれ以降からだし。

ヒット曲を対話のきっかけに

――BTSを筆頭にしたK-POPファンの中心はZ世代で、若さゆえに良くも悪くもPC(Political Correctness)に敏感ですよね。SNSを駆使して、とても発言力ある存在になった。だから企業も無視できなくて、結果的にK-POPアイドルとそのファンたちが世界に良い影響を与えてる。このムーブメントはBLMにも近いと思いました。

 うん。セレブの発言に影響を受けて行動することは表層的なのかもしれない。だけど、メンタルヘルスや#MeToo、ダイバーシティの問題を議論の俎上に乗せて、社会的に可視化させることには大きな意味がある。それがキャピタリズム的であったとしても、やっぱりないよりはあったほうがいい。BTSもそうだし、テイラー・スウィフトやレディ・ガガ、ビヨンセみたいな人たちは、「弱さは恥ずかしくない」って啓発をほとんど義務感をもってやってる。

――日本は非常に保守的な土地柄ですが、その中でも宇多田ヒカルや星野源、きゃりーぱみゅぱみゅはそういうスタンスで活動してますよね。

 僕は日本にK-POPが入ってきたことが大きいと思ってるんです。僕の娘は11歳なんですけど、BTSが原爆のTシャツを着て日本で炎上したり、TWICEのサナがInstagramに「平成お疲れ様でした!!!」と投稿したら韓国で炎上したりすると、わからないながらに反応するんですよ。そこで僕は娘と「日本と韓国には大変な歴史があってね」という話をするきっかけになる。

 現代社会はあからさまな差別だけでなく、「めんどくさいから言うのやめよう」とやりすごされてきたマイノリティたちの無念の上に成り立っている。これまでも話してきた通り、問題は複雑で解決なんてできるかどうかわからない。でも僕らはカルチャーが好きだし、きっかけはたくさんあるから、まず相手の話を聞くところから始める必要がある。こうしたことを説教くさくならずにどうやって学生などと議論するかはよく考えますね。

 立教大学教授の舌津智之さんが『どうにもとまらない歌謡曲 七〇年代のジェンダー』(晶文社)の中で「ヒット曲とは能動的に求めなくても聞こえてしまうものである。それは小説にも映画にもない特徴だ」みたいなことを書いていたんですよ。つまりヒット曲とは自分が意識しなくても聞こえてきて、それには誰しもが影響される可能性がある。今回の本はそこを意識して書いた部分はありますね。

ストリーミングサービスと新しい音楽の誕生

――そういう意味では、「ヒット曲」をランキングで可視化する米・Billboard誌がなぜ信頼に足るメディアなのか、デジタル配信にどう対応したのかを解説した4章は非常に重要なテキストですね。

 僕はサブスクリプションのストリーミング配信が定着したことは、アメリカの音楽史を100年単位で考えた時、音楽へのアクセスという点でラジオと同じくらいのインパクトがあると考えています。ラジオは1920年代に登場して、その後、第2次世界大戦を背景に40年代にラジオ局と実演家、作曲家たちの著作権を管理する利益団体と大きな衝突があったんです。でもラジオが定着したことで、50年代にロックンロールという新しい音楽が生まれて、世界中に広まる。じゃあ90年代に登場したインターネットがすったもんだを経て2010年代にストリーミングという新しいメディアとして定着し、そこからどんな新しい音楽が生まれてくるんだろう、そんな思いもあります。

Taylor Swift - We Are Never Ever Getting Back Together

――ストリーミングサービスにおける著作権の問題については、1章のテイラー・スウィフトのアクションが意外でした。

 一般的には(恋愛リアリティショーのオープニング曲になった)「私たちは絶対に絶対にヨリを戻したりしない」のイメージが大きいと思いますけど(笑)、彼女はとてつもない人なんです。Spotifyがアメリカに上陸したのは2011年なんですが、彼女は2014年の段階で「音楽が無料であるべきではない」と主張して、一時的に全カタログをSpotifyから引き上げています。また2015年にAppleがサブスクリプションサービスをローンチする際にもApple Musicの「三ヶ月無料」サービス期間中にアーティストやソングライターへ印税が支払われないことに異議を唱え、Appleの方針を変えさせました。つまり彼女はミュージシャンの権利を守るために最前線で戦っているんです。

――BTSしかりですが、今の音楽シーンはリアルと同じかそれ以上にインターネットが重要なシーンになってます。

 実は編集の山本充さんから「(音声ファイル共有サービスのSoundcloudから出てきた)ビリー・アイリッシュも(本書に)入れたほうが良いんじゃないですか?」と提案してもらったんですが、今回の原稿を書き終わった段階で力尽きてしまいました。またの機会にとっておきます(笑)。

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