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「BTSとARMY」イ・ジヘンさんインタビュー 世界的スターに押し上げたファンダム、その行動力と政治的志向とは

文:吉野太一郎 写真提供:ユニバーサルミュージックジャパン

ノミネート自体が大きな功績

――BTSのグラミー賞受賞はなりませんでしたが、ノミネートされたこと自体が歴史的なことだったと言われます。

 グラミー賞はアメリカ国内でも「ホワイト・グラミー」(白人のためのグラミー賞)と言われ批判されてきました。白人・男性中心主義に抗議して受賞やノミネートを辞退するケースも相次いでいます。賞は欧米の白人男性が主導権を握る音楽業界の人々の投票で決まります。その中で、アジア系や非英語圏の音楽への偏見を乗り越え、アジア人、それもK-POPダンスのボーイズグループがノミネートされたこと自体が大きな功績です。

 BTSの音楽の魅力に加え、私はファンたちによる問題提起の影響力も無視できないと思います。2018年ごろからARMYは、グラミーはこのままではいけない、BTSの音楽をもう少し真剣に評価すべきだと要求を続けてきました。今回わずかに開いたドアの恩恵を、BTSだけが受けるとは思いません。多くの非英語圏のアーティスト、特にアジア系のアーティストが、その恩恵を受け継ぐ対象になるのではないでしょうか。

――そういう熱烈な活動を繰り広げてきたARMYとはどんな人たちなのですか? 他のアーティストのファンとの違いは何でしょうか。

 通常、K-POPアイドルのファンダムとは、歌手を消費する、また好きなことにとどまる人たちですが、私はARMYが、BTSを鏡として利用しているのではないかと考えています。つまりBTSという鏡に、自分の人生や生き方といったものを映し、一緒に成長しようとしている集団ではないかと。そんな態度が、一緒によりよい世界を作りたいという欲求として表れ、自らと、自分を取り巻く世界を成長させていると私は思います。

――そんなことが可能なのですか?

 なぜそれが可能だったのか、答えはBTSに見いだせます。BTSの8年間の成長、苦悩、挫折…。それを自分の生活に結びつけ、他のARMYとつながって拡張することで、連帯の力が生まれたのです。

デビュー当初は苦労したBTS

――ソウルでは、地下鉄の駅にアイドルの誕生日を祝うポスターをファン有志が掲示しますし、ポータルサイトの検索ワードを上位に上げる運動も情熱的です。中でもARMYは特に情熱的と思いますが、どうしてでしょうか?

 BTSの事務所はデビュー当時、規模が小さく、韓国で「3大芸能事務所」と言われる事務所のアーティストに比べてメディアでの扱いも公平ではなく、「CDの売り上げを水増ししている」「他のアーティストの衣装やコンセプトを盗作している」といったデマにも苦しんできました。コンサート直後のタイミングで、ポータルサイトの検索ワード上位に「剽窃(盗作)少年団」というワードが入ったこともあります。そんな苦労はファンにとっても他人事ではなく、自分ごととして受け入れて支えてきたのだと思います。

――BTSを世界的なスターに押し上げるまでに、ARMYはどんな役割を果たしたのでしょうか?

 世界中のアーティストのファンたちが無償のプロモーターの役割をしていますが、ARMYがすごかったのは、活動への熱量が想像を絶する境地にあったことです。ストリーミングで何度もダウンロードするだけでなくCDも大量購入し、手分けして全米各地のラジオ局のDJや編成担当者を訪問してBTSの曲を売り込みました。私も初期にたくさん目撃しましたが、みな自分の本業もあるのに、どうして他人の成功と目標のためにそこまで没頭したのかと、涙が出るような思いです。

――その結果、”Dynamite”など2曲が、ビルボード誌のHOT100で1位になりました。

 東アジアの歌手が欧米の音楽界で認められるのは、簡単なことではありません。人種への偏見、そしてK-POPを単なるアイドル音楽と見なす先入観もあります。ARMYは率先して欧米人の偏見を打ち破るために、問題提起を始めました。なぜBTSの音楽を真剣に批評すべきなのか、BTSの音楽や哲学、世界観を無視する根底に、外国人嫌悪や人種差別的な思考が影響を及ぼしているのではないかと。

 欧米の音楽関係者との論争を通じて、ファンには知識体系が構築されました。学術的な結果を出し、出版をしたり、mediumのような個人ブログで絶えず問題提起を続けたりしているARMYもいます。欧米の偏見の土壌を変えてきた努力も、BTSがメインストリームに受け入れられる大きな役割を果たしたと思います。

――前回のワールドツアーでも計200万人以上を動員しましたが、ARMYはどのような人々の層なのでしょう? アメリカの有色人種、特に韓国系などアジア系アメリカ人が中心なのでしょうか。

 草創期にK-POP自体がサブカルチャーとして欧米に受け入れられた頃は、アジア系を始めラテン系、黒人など有色人種が多かったようです。BTSに限らず、なぜ有色人種がK-POPに反応したのか考えてみると、すごく当然な話です。なぜならK-POP自体、アメリカでは主流ではなく辺境であり、アウトサイダーであり、マイノリティーの文化だから。社会の主流から外れたアウトサイダーの有色人種は強力に共感するほかありません。

 時間が経って、私が目撃した人たちの属性ではなく内面を考えてみると、より寛容で開かれた人たちが多いと思います。慣れないものを受け入れることは誰にとっても簡単ではありません。好きでもないし、あまり深く知りたいとも思わない。しかし、寛容な人は、先入観を乗り越え、誰よりも早く新しいものを吸収して、良いものを見つけ出せる。寛容度が高いということは、感情的な知能が高いと言えます。

少数者としての共感から生まれる政治性

――この1~2年、アメリカではBlack Lives Matterの人種差別抗議運動を支援しようと、ARMYたちが1日もかからず100万ドルを集めたことが注目を集めました。アメリカ大統領選挙でもK-POPファンがトランプ大統領を支持しないよう呼びかけていました。これだけ多くの音楽ファンが政治に直接関わっていく動きは、日本ではもちろん、韓国でもまれではないでしょうか。

 私も欧米のメディアから「こんなに政治的に動く理由は何か?」という質問をたくさん受けます。その裏には「K-POPアイドルのファンダムが政治性を持つなんて、すごくおかしい」という気持ちが読みとれます。みんなアーティストのファンである以前に、それぞれ違う政治的志向や属性、またはアイデンティティーを持った一市民です。その一市民がK-POPも好きなだけです。アーティストがファンダムに呼びかけて特定の政治性を作り上げたのではありません。ある日ファンが覚醒して政治性を帯びたと見るのも順序が逆だと思います。

 たとえば、ドイツのラジオ番組で最近、BTSの人気を新型コロナウィルスにたとえるなどした発言が問題となりました。全世界のARMYが放送局にしかるべき対応を要求していますが「私たちのBTSを侮辱しないで」という単純なファン心理とも違います。事態が進むにつれてARMYたちは、ドイツや欧米で人種差別を日常的に経験するアジア系住民が多いことに気づきました。そうした人々の体験を共有し、発言が当事者にとってどれほど苦痛だったのかを共感する「教育」が行われました。

――なぜ、特にARMYは、こうした政治的な行動が目立って見えるのでしょうか。

 ARMYの勢力が大きいからかもしれませんが、先ほど申し上げたように、BTSはデビューした韓国でも、海外進出直後の欧米でも、常に主流ではない、アウトサイダーやマイノリティーとしての偏見にさらされてきました。長い人生、誰もがアウトサイダーにもマイノリティーにもなりえます。単にBTSを応援することにとどまらず、Black Lives Matterやトランプ大統領反対など、マイノリティーが実際に経験する苦痛への共感と強く結びついているからではないかと、私は思うのです。

拡大したARMYの国家間対立も

――BTSの人気が世界的に広がるにつれ、ARMY同士の対立も生まれているのではないでしょうか。秋元康氏からの楽曲提供に韓国で反対運動が起きたり、メンバーが着ていた「原爆Tシャツ」を巡る問題を発端に、歴史認識を巡ってARMY同士の対立も見られました。

 BTSのファンコミュニティーがとてもグローバルになったため、人種、国家、宗教などの面で対立が起きる場合があります。日本と韓国は国同士で歴史問題を抱えていますが、BTSファン同士の国家的な政治性がぶつかる問題は、ほかにもあります。

 例えば昨年、BTSが「米韓同盟の日」にアメリカの非営利団体「Korea Society」から表彰されました。朝鮮戦争(1950~1953)中、アメリカ軍の司令官として参戦した人物にちなんで名付けられた賞です。団体の性格上、メンバーのRMが「朝鮮戦争の恩義を忘れない」という趣旨のスピーチをしましたが、これに中国のネットユーザーが「朝鮮戦争に参戦した恩義は中国軍にこそある」と反発して、中国内のARMYを攻撃しました。

 一昨年、BTSのサウジアラビア公演が発表された時は、サウジアラビアが性的少数者や女性らの権利を抑圧する社会だとして、欧米圏のファンが公演に反対するという騒動が起きました。それにサウジアラビアのファンたちが反論しましたが、このように政治的で歴史的な立場から衝突する可能性を、ARMYは常に抱えています。

「白書」が示した分裂回避の試み

――グローバルなファンダムの宿命なのでしょうか。

 「原爆Tシャツ」を巡る問題では、ARMYは民族主義的に衝突し、分裂して終わるのではなく、学ぶことを始めました。歴史的知識や、背景にある事実を学んで共有しながら、何が問題なのか、本質は何なのかを考えました。その結果が「ホワイトペーパープロジェクト」です。5大陸にまたがる数十人のファンが集まり、数カ月かけて書いた白書の前書きには「私たちは知識と討論の力を信じる平凡なBTSファンです」とあります。この一文はとても大きなことを象徴していると思います。

――BTS自体は音楽やステージで積極的に政治的な主張をするグループではないのに、対立の最先端に押し出されている感じがします。対立を克服する方法はあるのでしょうか。

 分断と対立を望む集団にBTSが巻き込まれがちなのは、彼らに波及力があるからです。BTSはとても象徴的な存在になりました。韓国の象徴にもなりうるし、アジアの象徴にも、K-POPの象徴になる時もあるでしょう。アイデンティティーが違う以上、対立は常にどこかで生じます。もし、私たちが正しい知識を身につけて討論し、何か合意点を見出さなければ、ただの分裂で終わるでしょう。

 この白書では、実は「日本の責任だ」「韓国の責任だ」といった責任追及で終わらず、欧米の帝国主義の責任、ユダヤ人団体の介入で明るみになったホロコーストについてのアジア各国の認識不足、そして日本帝国主義が近代アジアに及ぼした影響にも触れています。欧米の人々が総じてアジアの歴史に無知なことも指摘されていました。様々な立場の反応を最大限公正に記述しようと努力し、歴史、文化への理解が欠けた時、分裂がどれだけ深刻になるのかを一緒に学ぶことで少しずつ理解していったという意味で、私はファンダムの対応として示唆するところが非常に大きいと思います。

 他人の苦痛に共感する能力、不合理なことに対抗し、力のない人が成功できる社会を応援する心。私はそれが、ARMYが追求する一つの本質だと思うのですが、それはやはりBTSの、正直で少しでも正しく生きようと常に努力する姿から来ていると思います。BTSと一緒に成長するために学ぶという姿勢は、これからもずっと守っていってほしいと思っています。

音声でもBTS沼を!

好書好日Podcast「好書好日 本好きの昼休み」では『BTSとARMY』訳者の桑畑優香さんが、BTSを巡るとっておきのエピソードを語っています。

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