女性を「商品化」し、暴力から利益を生む遊興産業……『男たちの部屋――韓国の「遊興店」とホモソーシャルな欲望』
記事:平凡社
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本書は2018年にクラブ・バーニングサンで起きた事件から始まる。2018年のバーニングサン事件(*1)と2020年のn番部屋事件(*2)は文字通り、韓国を「激震させた」。私もまたこの事件に接し、動揺すると同時に疑問を抱えるようになった。
「なぜバーニングサンとn番部屋に驚愕した人びとが、周囲に溢れている遊興店(*3)には驚かないのだろう?」。遊興店で働く女性たちの話を聞き続けてきた私の立場からすれば、バーニングサンとn番部屋で起きていた暴力は見慣れないものではなかった。
男性の快楽のために女性を取引する産業の存在、女性を人間ではない「商品」として格下げする過程で発生する暴力、その暴力をも商品化し、それを当たり前のものとしてきた市場経済。このなかで発生するとてつもなく巨大な利潤の創出は近代化以降引き続いており、それが「遊興」という名前で普遍化しているのが韓国社会の姿だ。このような現状を、バーニングサンとn番部屋の事件以前には人びとはわかっていなかったのだろうか? あるいは、遊興店には怒りを覚えないが、バーニングサンとn番部屋の事件には憤怒する特別な理由があるのだろうか。もし人びとが遊興店でどのようなことが起きているのかを知らなかったとしたら、バーニングサンやn番部屋を論じる際に遊興店の存在を念頭に置くことが難しいということであれば、表層的な解決策だけが議論されることになるだろう。二つの事件の根底には、遊興文化と遊興産業があるのだということを周知し共有することで、問題に対してともに考えたいと思ってきた。そのため遊興店の女性たちの経験とこれを誘導する男性文化、遊興産業の構造的からくりがテーマとなる本書の冒頭では、この二つの事件を議論することから始まる。
当然のことではあるが、2022年に本書が出版されて以降も、依然として韓国の遊興産業は健在だ。「性売買」産業は従来から違法であったため、COVID-19の状況下でも営業禁止命令などの感染拡大を防ぐための法的措置を免れることとなり、結果として目立った打撃を被らなかった。COVID-19が落ち着きをみせると、娯楽施設全般に対する営業禁止措置は解除された。いままでどおりに、元の場所に「回帰した」かのように思われた。だがその過程で、感染の危険にもかかわらず、対面労働を無理に遂行しなくてはならなかった女性たちの経験、動線追跡によって遊興業・性売買産業に従事する女性であることが知られる状況に対する憂慮、生活費の工面および債務による経済的困難が原因の自死といった、遊興店に従事する女性たちが直面した困難は社会的イシューとして十分に注目されなかった。巨大な遊興産業を支える経済的利益の核心を構成する要素が「女性」でありながら、「女性」は存在しないかのように扱われ、「女性」の声は沈められる。COVID-19のような社会全体にふりかかった災難のなかですら、排除される。本書の最も重要な目的は、沈められ、存在しないかのようにみなされ、排除が当然とされている女性の経験をフェミニストの観点から、つまり政治的に可視化することにある。
日本はどういう状況にあるのか関心がある。2017年に訪れた札幌のすすきので、相当な規模を誇る歓楽街を私は目にした。韓国の性売買の歴史を勉強すると、最終的には日本植民地期の公娼制までさかのぼる。とはいえ私は韓国の性売買産業の盛況ぶりが植民地期における公娼制のせいだとしたり、植民地期の残滓だというふうには考えていない。このような考えは性売買を規律し拡張してきた韓国政府と支配階級の責任を軽くし、その原因を他に探そうとする、安易な方法に過ぎない。近代化と都市化の過程で女性に対する暴力と搾取をそのままに受けいれ共鳴しあう韓国の支配階級と支配的な男性文化こそ、韓国の巨大な性売買産業・遊興産業の原因であろう。
とはいえ長い間、日韓両国の政府と資本家が国境を跨ぎながら、性産業を築き上げてきた歴史は自明のことだ。一例を挙げると、1970年代の朴正熙政権下のキーセン観光(*4)は、日本の男性観光客を主なターゲットとした政府主導の遊興産業・性売買産業だった。韓国と日本のフェミニストたちがともに、女性に対する暴力を市場化する資本主義家父長制社会の重要な場として性産業を問題視し、フェミニズムの核心的な主題として分け入っていかなければいけない理由はここにある。
ぼやけていた問題を鮮明に認識していく過程は、苦しいものだ。始まりも終わりも見えないのに、すぐにとりかからなければならないことを把握することも難しいし、すべてを行動に移せるわけでもない。本書の読者の方々に会いながら、私は怒りと絶望の声を聞いた。ある人は、「性産業がなくなる見込みはどうせないのだから、合法化して管理監督するほうがいいんじゃないか」という。本書で論じたように、遊興店で発生する暴力は遊興店の接待が違法だから、あるいは管理や監督がずさんであるから発生するのではない。遊興店という空間が利益を生み出し女性を商品として格下げする過程全体が、暴力を誘導し正当化する。即効的な解決策が見えずとも、構造を具体的に検討し、現状でできる実践を通じて、互いが手を取り合うことを私は望んでいる。いつか本書を土台に韓国と日本の両国で性産業を比較分析し、運動的実践を模索する場を設けることができたら、このうえない喜びだ。(後略)
訳者注
*1……江南に位置する高級外資系ホテルの地下一階に入居していたクラブ「バーニングサン」のなかで起きた集団暴行、性暴力、麻薬流通、警察との癒着が、2018年末から翌年初頭にかけて次々に明るみに出た。
*2……2018年後半から2020年半ばまで、テレグラムなどのメッセンジャーアプリを通して未成年を含む女性たちを脅迫したうえで性的動画を撮影するように強いて、これら動画を広めた性搾取、デジタル性犯罪を指す。
*3……日本社会でのキャバクラのイメージに近い。従業員が酒や芸を通して客を接待する空間を総称して、「遊興店」と呼ぶ。カラオケボックスのように複数の小部屋が店舗内にあり、各部屋のなかで接客をおこなう点が日本社会のそれとは異なる大きな特徴であり、本書が「部屋」を強調する理由である。
*4……1965年の日韓国交正常化以降、日本人観光客が韓国へ渡航できるようになると、当時の朴正熙政権は外貨獲得の政策の一つとして、日本人男性による「キーセン(妓生)」たちの買春観光を推し進めた。会社や地方農協の慰安旅行として「キーセン観光」のために韓国に渡航する人びとが増加した。
日本語版によせて
プロローグ 「男性」をつくる遊興
◆第一章 男たちの部屋
バーニングサンとアリーナ
男たちの部屋――n番部屋、ルームサロン、チャットルーム、ポッパン
遊興店、制度化された男たちの部屋
◆第二章 ルームサロン共和国の「享楽」
遊興店の営業戦略
男性客の「享楽」
◆第三章 遊興従事者のアガシ労働
アガシ労働
遊興従事者のアガシ労働
遊興店における危険のアウトソーシング
エピローグ 答えを探す旅路のなかで
推薦の言葉――クォンキム・ヒョンヨン/キム・ジュヒ
訳者解説