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「双方向」の多文化共生から「国内の分断」に向き合う―『入管の解体と移民庁の創設』

記事:明石書店

移民・ディアスポラ研究10『入管の解体と移民庁の創設―出入国在留管理から多文化共生への転換』
移民・ディアスポラ研究10『入管の解体と移民庁の創設―出入国在留管理から多文化共生への転換』

 筆者は、NGOにおいて在留資格を持たない移民(外国人)と関わってきた。彼/彼女らは、「ルールを守っていない」と職員に叱責されていた。しかし、常に出入国在留管理庁(入管)が正しいのであろうかと自問自答をしてきた。また、私たちは幼少期から法律を守るよう教育されてきた。しかし、その法律は常に完全であろうか。その中身を問う必要はないのであろうか。

 本書に登場する移民(外国人)は心身に傷を負い、最悪の場合、死に至っている。このような中、法務省入国管理局は2019年4月に「庁」へと格上げされ、出入国在留管理庁となった。「局」から「庁」に格上げされた点に注目が行きがちだが、「在留」の二文字が新たに加わった点にも着目したい。ここには、入管が管理する範囲を拡大しようとする意思が表れているのではないか。

東日本入国管理センターでデニズが制圧されたときの様子。映像からのコマ落とし。職員はデニズの顎の下に親指をぐりぐりと突き上げている(代理人の大橋毅弁護士提供)
東日本入国管理センターでデニズが制圧されたときの様子。映像からのコマ落とし。職員はデニズの顎の下に親指をぐりぐりと突き上げている(代理人の大橋毅弁護士提供)

 出入国在留管理庁の組織のあり方を問う出版物は限られていた。そこで、『移民・ディアスポラ研究』の10号目として本書を発刊した。本書には、1)「出入国在留管理庁」の実態を実務者に明らかにしてもらうこと、2)外からの批判だけでは説得力が足りないので、「入管の中」にいた方に著者に加わってもらうこと、3)「オールドカマー」「ニューカマー」という言葉と共に、1990年代前後で分断されがちだった入管の歴史を一つにつなぐこと、4)理論・概念からも「出入国在留管理庁」にアプローチすること、5)諸外国との比較を書籍に盛り込むことを目指した。

なぜ、出入国在留管理庁の「解体」なのか

 出入国在留管理庁の機構図を見ると、「在留管理支援部」の下に「在留管理課」と「在留支援課」がある。つまり、一つの部が「管理」と「支援」と相反した内容を同時に行う組織体制となっている。しかし、これまでもっぱら外国人を「管理」してきた主体が、急に「共生」を考えるのには無理があるのではないか。

出入国在留管理庁機構図(20230401現在)
出入国在留管理庁機構図(20230401現在)

 さらに、前述の出入国在留管理庁の機構図を見ると、「難民認定室」は「出入国管理部」「出入国管理課」の下に置かれており、部課として独立していない。世界では入管当局が難民認定をする国はほとんどない。一方で、日本では現状のままでは「管理」という視点が「難民認定」に優先しかねない状況にある。

 また、マクリーン訴訟*において最高裁判所は「外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、右のような外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎない」と述べた。法務省はこの判決を基に、日本における外国人の権利が在留資格の範囲内で認められることを正当化し、外国人においては入管法を他の法より上位に位置付けてきたのだ。

 ヒトの暮らしを支えるために、厚生労働省、総務省、法務省、文部科学省をはじめ、様々な省庁が存在する。日本人の場合、法務省のみが上位に位置付けされ、法務省以外が下位に置かれるというのは想像しにくい。しかし、外国人に限っては、法務省が上位に置かれているのは不公平である。

* 米国人マクリーン氏が在留資格更新不許可を不服として、その取り消しを求めた訴訟。

移民庁の創設と「双方向」の多文化共生

 前述のとおり、出入国在留管理庁が「共生」を担うのには無理がある。「ゆりかごから墓場まで」のライフサイクルは日本人だけに存在するのではない。外国人にも存在する。そこで、移民に関する事項の「総合調整」をする、また外国人のライフサイクルにも向き合う新たな省庁として「移民庁」を創設することを本書では掲げたい。

 2000年代に入り、「多文化共生」という語が広く使われるようになった。2006年に総務省は「国籍や民族などの異なる人々が、互いの文化的ちがいを認め合い、対等な関係を築こうとしながら、地域社会の構成員として共に生きていくこと」と定義している。この定義に基づく「多文化共生」であれば、「出入国在留管理」に代わる、すべてのヒトが「安全・安心」に暮らしていくために移民庁が掲げるべき理念となり得る。

 しかし、現時点で多文化共生はその理念を体現できているとは言えない。小熊(本書 p.198)は「『民族』とは、植民地化の脅威に対抗して国家の領土と独立を維持するため、国内の分断を隠蔽して創出された概念である」と述べる。民族主義が高まる日本社会は「国内の分断」から目を逸らし、日本人のみが「安全・安心」に暮らすための方向に向かってはいないだろうか。そのさなかに、「在留外国人」数は2022年末に300万人を突破した。総務省の「多文化共生」の定義には「互い」「対等」という語が含まれていた。つまり、日本人にも相手(移民)を理解する努力が求められる。今こそ、「双方向」の多文化共生から「国内の分断」に目を向ける必要がある。

本書の構成

 本書は4部16章(序章・終章をのぞく)から構成される。本書は、第1章から第16章まで16名の著者による論考を収録した。実務家・研究者の両方が執筆を担当した。第1部は「人権無視の外国人管理」と題し、出入国在留管理庁において人権が守られていない状況を主に実務家が事例をもとに示した。第2部は、「元入管職員の『中の視点』から」と題し、実際に入管(旧法務省入国管理局)に務めた経験を有する元職員が出入国在留管理庁における問題点を「中の視点」から述べた。特に元東京入国管理局長からは、「交流共生庁」の創設という具体的な案が示された。第3部は戦後から21世紀にかけての「入管の歴史」を4名の研究者の論考をつないで追いかけた。第4部「移民庁の創設に向けて」では、3名の研究者の論考から「民族」概念を問い直し、入管に存在する「レイシズム」を明らかにし、「諸外国の入管・統合政策担当機関」のあり方を整理した。

◆目次

「移民・ディアスポラ研究」10の刊行にあたって

序章 出入国在留管理庁の解体と移民庁の創設[加藤丈太郎]
 はじめに
 1 出入国「在留」管理庁の創設
 2 なぜ出入国在留管理庁の「解体」なのか
 3 なぜ移民庁の「創設」なのか
 4 本書の構成

第1部 人権無視の外国人管理

第1章 ウィシュマさん死亡事件[指宿昭一]
第2章 強化される在留管理[篠原拓生]
第3章 「無法」地帯と暴力――入管収容における暴行、懲罰の実態[平野雄吾]
第4章 入管収容における性差別主義と多様な性の迫害[滝朝子]
第5章 日系ブラジル人Tの収容と強制送還[田巻松雄]

第2部 元入管職員の『中の視点』から

第6章 日本における出入国在留管理組織人事の現状と課題[大西広之]
第7章 入管内でのいじめ[渡邉祐樹]
第8章 入管の恣意的な判断[木下洋一]
第9章 交流共生庁の創設[水上洋一郎]

第3部 入管の歴史

第10章 冷戦と戦後入管体制の形成[テッサ・モーリス=スズキ(伊藤茂訳)]
第11章 戦前から戦後へ――特高警察的体質の保持[駒井洋]
第12章 冷戦と経済成長下の日本の「外国人問題」[外村大]
第13章 1990年から21世紀における出入国在留管理[ファーラー・グラシア(加藤丈太郎訳)]

第4部 移民庁の創設に向けて

第14章 日本における「民族的」アイデンティティ――「民族」概念の創出と伝播[小熊英二]
第15章 レイシズムを根底にもつ入管の課題――名古屋入管収容者死亡事件を手掛かりに[小林真生]
第16章 諸外国の移民庁の成り立ち――入管・統合政策担当機関と収容・永住・帰化のあり方[近藤敦]

終章 出入国在留管理から「双方向」の多文化共生へ[加藤丈太郎]

 書評[駒井洋]

 編集後記

 資料
  在留資格一覧表および在留期間一覧表
  出入国在留管理庁および「出入国管理及び難民認定法」にかかわる年表

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