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スタジオジブリで学んだ、他者に必要とされる仕事術

記事:WAVE出版

個性尊重、自分探しが止まらない現代において、著者の伝える「自分を捨てる仕事術」とは何か。
個性尊重、自分探しが止まらない現代において、著者の伝える「自分を捨てる仕事術」とは何か。

「三年間、俺の真似だけしてろ」 

 本書は、2016年に出版された『自分を捨てる仕事術 鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓」のメソッド』の新装版である。版を重ねて7年、今も「自分中心の人生を見つめ直すきっかけになった」「もっと早く読んでいればよかった」という感想を頂く。

 内容は、今から25年以上前、宮﨑駿監督の『千と千尋の神隠し』の制作時にスタジオジブリに入社した筆者が学んだことを、エピソード中心に回想してゆく形式をとっている。

 伝えようとしたことはシンプルだ。自分のアイデア、自分の手柄、自分の主張にこだわっていてもうまくいかない。自分より優れた他者を真似し、自らを空にし、他人の意見を取り入れ、他者に必要とされる生き方を心がけることで、人生も仕事も回り始める──というものだ。

「三年間、俺の真似だけしてろ」

 当時21歳だった著者は、鈴木敏夫プロデューサーの言葉を実践し、「他者に必要とされる自分が自分である」という真実に気づいてゆく。「学ぶ」の語源は「真似ぶ」だという。古来より日本人の中に根付く禅的考え方と読み解く方もいれば、自意識過剰で血気盛んな若者の「成長譚」として読んで下さった方も多い。

鈴木敏夫プロデューサーが若き日の著者に伝えた仕事術の真意とは?
鈴木敏夫プロデューサーが若き日の著者に伝えた仕事術の真意とは?

SNSに対する宮﨑駿監督の言葉 ~承認欲求の渦から逃れるために~

 この4年間、筆者は宮﨑駿監督の新作『君たちはどう生きるか』の制作に関わった。宮﨑監督は、スマートフォンもパソコンも使わない。「簡単に手に入る情報は簡単に忘れてしまう」からだと言う。今も鉛筆を握り、紙の上に一本一本線を引いている。

 SNSにおける「炎上」が話題にのぼったとき、宮﨑監督はこう言った。

「承認欲求の渦ですね」

 近年、承認欲求という言葉が日常的に使われるようになった。アメリカの心理学者、マズローによると、承認欲求とは、自己実現欲求とともに、人間が衣食住満ち足りた後に欲する欲求だという。生死の境をさまよい、食べることもままならない時に、自分を認めて欲しいとは思わない。家族や恋人、大切な人を不幸が襲った時、自分のことだけを考える人は少ないだろう。世界は本来、利他的に行動することで回るように出来ている。承認欲求にとらわれた人は、自意識が肥大化し、いくら追い求めても手に入らない理想の自分と今の自分との乖離に心を蝕まれ、終わりなき自分探しの旅を続けることになる。

 現代において承認欲求が肥大化する最も大きな要因は、SNSの台頭だろう。インスタグラムを開けば、フォローという薄皮でつながった「知人という名の他人」の、自分よりも贅沢で充実した人生が流れ込んでくる。Xのタイムラインを溯れば「いいね」を求め、自己主張する言葉が溢れている。自分と意見が合わない人、反対意見を述べる人は即ブロックできる。飽くなき「承認=いいね」を求めるSNS時代は、永遠に満たされない悪夢のようだ。勿論現実には、SNSを他者との関わり合いを広げるツールとして有効活用している人の方が多い。他者とつながりやすくなった分、承認欲求が増幅してしまうという側面に自覚的になることが重要だ。

 ロシア・ウクライナ戦争をはじめとするポスト・トゥルース時代の戦争や他者の排斥、自己責任論や社会の分断は、真実よりも自分の主張こそが正しいという摩訶不思議な論理によって成り立っている。一方で、新型コロナウイルスの感染拡大は、他者という存在を意識する大きな機会となった。「ロックダウン」「ソーシャルディスタンス」「三密」という言葉によって、私たちは自分が他者との関係性によって成り立っているのだということ自覚することとなった。自らが他者をウイルスに感染させてしまうかもしれないという恐怖、親しい人の感染が発覚した時の、胸が張り裂けそうな感情。人類史上初めて、全世界がひとつになってウイルスと戦った三年半は、我々が他者の存在を意識するまたとない機会だったのではないだろうか。

SNSは他者とのつながりをもたらす一方、飽くなき承認欲求が渦巻くことも。
SNSは他者とのつながりをもたらす一方、飽くなき承認欲求が渦巻くことも。

生き抜くために、他者の存在を利用せよ

 働き方改革や終身雇用制の崩壊、右肩下がりの経済に、寛容さを失いつつある日本。「おもてなし」や「おもいやり」を美徳としてきたこの国は、ある統計によると「不寛容な国」として上位にランクインしているらしい。

 この本に書かれている「他者のために働く」「人の意見を自分の意見にする」「自分を空にしてみる」といった考え方は、今の若い世代には奇異に映るかもしれない。それほど、今日の世界を生き抜くことは過酷であり、他人のことなど考えている暇などないという気持ちもよくわかる。

 だが、「新しい資本主義」など存在しないことに誰もが気づいている。お金を均等に配れば不公平だと感じ、生活保護を受給している人をずるいと考える一部の人の声が肥大化し、社会を覆い尽くす。誰もが、自分中心に生きたいなどと考えているはずもないのに。資本論が再び見直され、ベーシック・インカム導入の是非が議論されるようになった昨今、閉塞した日本社会を打破する第一歩は、他者の存在を意識し、利己的に生きることよりも、利他的に生きることにしかない。理想主義的で薄っぺらく感じるのであれば、こう言い換えてもいい。自らが生き抜くために、他者の存在を利用するのだ──と。

「自分を捨てる仕事術」は、自らの欲求を我慢し、耐え忍ぶことではない。困難な時代を生き抜くために他者の力を借り、自らも他者の力になることでより大きな力を得ることが出来るというありようなのである。

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