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梁澄子(ヤンチンジャ)×辛淑玉(シンスゴ) 「慰安婦」サバイバー宋神道(ソンシンド)さんとの思い出を語る(後編)

記事:平凡社

梁さん(左)と辛さん(右)
梁さん(左)と辛さん(右)

≪前編はこちらから≫

意味がわかったことで宋さんはすごく満足を得た

辛淑玉(シンスゴ):宋さんの座布団事件がありましたよね。私も宋さんが「オレ、みどりのちゃぶとん欲しかった」って言うのを聞いたことがあるの。座布団を「ちゃぶとん」って言うんだよね。あの話をお願いできますか。

梁澄子(ヤンチンジャ):女川町は、77歳になった高齢者に座布団と金一封を配っていたのですが、宋さんのパートナーの男性はもらえなかった。宋さんはすごく悔しがって「じっちゃんは77歳になったとき、座布団がもらえなかったんだ」って何度も話していたんです。

 宋さんが77歳になったときも、やっぱりもらえなかった。それで、どうして自分にはくれないんだと訴えて。民生委員も訴えてくれて、ついに座布団はもらいました。でも、金一封はもらえなかった。

2009年11月、87歳の誕生日。ケーキが苦手な宋さんのために、シルトという朝鮮の伝統的な餅菓子にロウソクをさしてお祝い。撮影・提供:梁澄子
2009年11月、87歳の誕生日。ケーキが苦手な宋さんのために、シルトという朝鮮の伝統的な餅菓子にロウソクをさしてお祝い。撮影・提供:梁澄子

宋さんの90歳の誕生日のお祝いで、ケーキを前にする宋さんと辛さん。撮影:柴﨑温子 提供:梁澄子
宋さんの90歳の誕生日のお祝いで、ケーキを前にする宋さんと辛さん。撮影:柴﨑温子 提供:梁澄子

辛:これは外国籍のためで、当時、外国人登録票は住民票とは別の管理だったからです(注:外国人登録制度は2012年に廃止され、新制度では対象となる外国人は日本人と同様に住民票に登録される)。

 今は外国人住民票みたいなかたちになって行政サービスは受けられるようになったけど、外国人を犯罪者として管理するための外国人登録管理の中にいたときは、さまざまな弊害があった。日本名で生きてきても、自分にだけ成人式の案内が来ない。だから二十歳になるまでになんとか帰化(日本国籍取得)したいと思う在日の人たちもいっぱいいた。宋さんの座布団の話を聞くととても切なくなるんだよね。

梁:宋さんが提訴したのはそういうことが理由で、「戦争のときはお国のためだと言って朝鮮人のおなごをひっぱっていって、お国のためにたたかわせて。日本に来たら、軍人は軍人恩給をもらってる。遺族は遺族年金をもらってる。それなのにオレが生活保護をもらうようになったら、『保護食ってる』って差別される」と。あらゆることで除外され差別され、座布団ももらえないことを悔しがっていました。

 裁判の過程で、なぜ宋さんが制度的に排除されてきたのかを、代理人の金敬得さんがひとつひとつ明らかにしていったんです。「宋さんはこのときまわりのみんながもらってるから、自分ももらえると思ったんですよね?」「そうだ。んだんだ」「でもこういう法律のなかに国籍条項があって、日本国籍ではない宋さんはもらえなかったんですよ」などと証拠を見せながら全部説明した。

 そしたら宋さんは、全斗煥(ぜんとかん)呼ばわりしていた金敬得(キム・キョンドク)さんをそのときから急に「先生ありがとうございます」って、「先生」と呼びだした(笑)。

 宋さんは「どうして自分が差別されてきたのか、今日こそあきあき(はっきり)わかった」と言ってました。意味がわかったことで宋さんはすごく満足を得たんです。

戦争を二度と起させないという公益裁判として、宋さんの裁判があった

辛:金敬得さんのことを補足しておくと、在日の第一号の弁護士です。以前は国籍条項があったため、在日は弁護士になれませんでした。そのときに粘り強く裁判所に要求して、それが認められて弁護士になった人です。

梁:じつは、金敬得さんの宋さんにたいする第一印象はよくなかったんです。

 金さんは提訴の2日前に、突然「1円訴訟をやろう。謝罪が大事なんだから1円の請求額にしよう」と言い出したんです。おおさわぎになって、弁護団と支える会で議論しているところに宋さんが来た。すると金敬得さんが宋さんを見て不愉快な表情になったんです。

辛:同情される被害者には見えなかった?

梁:そう。それと、敬得さんが幼いころから見てきた「貧乏で汚い朝鮮人」をそのまんま表していて、見るのがつらい対象だったんだと思います。

 けれども、「謝罪が大事だ」ということをいちばん理解したのが宋さんだった。弁護士たちも支える会も「堂々と賠償金を求めて当然だ」という人が多かったけど、宋さんは「オレは謝ってもらいてえ。謝ってもらえればそれでいいんだ。金目当てじゃないってことをわかってもらいてえ。謝ればタダじゃ済まないのは世の中の常識だ」って言ったんです。

辛:(笑)

梁:かっこいいいでしょ。宋さんを見て意気消沈していた敬得さんも、その一言を聞いてやる気を取り戻した。そして、賠償金は1円も請求しないで謝罪だけを求めて提訴することになったんです。

辛:あれは公益裁判なんですよね。ハラスメントの最悪の形はセクハラです。その性的な搾取がもっともひどくなるのが戦争。だから戦争を二度と起させないという公益裁判として、宋さんの裁判があったよね。

 私は「慰安婦」の裁判支援という形でサンフランシスコでデモをやったことがあります。

2005年サンフランシスコで。辛さんとともに横断幕を持つ車椅子の女性は、著名な人権活動家のユリ・コウチヤマさん。 提供:辛淑玉
2005年サンフランシスコで。辛さんとともに横断幕を持つ車椅子の女性は、著名な人権活動家のユリ・コウチヤマさん。 提供:辛淑玉

 このとき、多くの人が問題を理解して、駆けつけてくれました。日本にいると被害を否定され、叩かれ、私も「金もうけ」と何度も言われた。でも、このとき、一歩外に出たら多くの人が理解してくれる、ということを学びました。日本の中にいたらくじけてしまうかもしれないけど、外に出たらまだ良心が残っているんだということがわかる。国境をこえて、手をつなぐことがすごく大事だと思いました。

(2023年12月2日、新宿にて。構成:市川はるみ)

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