大阪・13坪の“街の本屋” 本の力を信じ、声をあげ続ける:隆祥館書店・二村知子さん
記事:じんぶん堂企画室
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長堀通に面した、小さな書店。入り口の左右に置かれたラックには、週刊誌や漫画雑誌などが並び、一見、昔はよく見かけた“街の本屋”だ。店内に入ると、正面には「隆祥館書店 ノンフィクション大賞」の棚があり、右側には、店主・二村知子さんが「この本は多くの人に伝えるべきだ」と強く思った、おすすめ本がびっしりと並んでいる。この店だけで数百冊を売り、ロングランで売り続けているものも少なくない。店内は一周できるようになっており、奥に進むと月刊誌、実用書、児童書や絵本、小説、文庫や新書、漫画などが揃う。
この書店を営む両親の長女として生まれた二村さんは、小学2年生から水泳を始め、16歳でシンクロナイズド・スイミング(現アーティスティックスイミング)の日本代表選手に選ばれた。指導者は元・日本代表ヘッドコーチで、今も第一線で選手を育成する井村雅代さん。そこで「自分の限界は自分で決めてはあかんのや」と叩き込まれ、今も二村さんの座右の銘となっている。引退後、30代半ばから店で働き始める。
二村さんが店に立っている時は、タイミングや相手の雰囲気を見計らいつつ、積極的に声をかける。どういうきっかけでこの書店に来たのか? どんな本を探しているのか? などと柔らかく耳に心地いい関西弁で語りかけ、会話が1時間以上に及ぶこともある。取次から届いた本を並べ、発注するといった書店業務も行い、店の閉店後は、出版社や著者から届いた献本やプルーフ(出版前の校正紙)に目を通し、イベント「作家と読者の集い」の準備などに追われる。ふと時計を見たら、深夜1時を過ぎていた、ということも珍しくないという。
「もっと要領よく仕事ができたらいいんですけどね。シンクロをやってて体力だけは自信があって、昔はよく徹夜をしていました。8年前に両親の介護が始まったんですけど、当時は12時まで店をあけていて、夜は両親の様子を見ているうちに夜、眠れなくなっていきました」
その頃から不整脈の症状が現れはじめ、それでも自分を騙し騙し、仕事や介護を続けていた。しかし、ある夜に心拍数が200を越え、救急搬送された。手術を受け、数年間は安定していたものの、今も決して万全の健康状態とはいえない。
「とにかく睡眠が大事と言われて、無理したらあかんって思ってるんですけど……」
そんな状況の中、基本的に月1回開催していた「作家と読者の集い」を月2回に増やした。著者や出版社との調整、集客、参加者の受付や管理など、当日の準備などといった業務が倍になり、その負担が二村さんに重くのしかかる。
「去年すごい猛暑だった時に、お客さんが本当に来てくれはらへんようになったんです。親しくしてくださっていたダイハン書房さんが閉店してしまったことも他人事じゃない気がして、少しでもお客さんに店に来てもらうために、イベントを増やすことにしたんです」
イベント「作家と読者の集い」に登場するのは、二村さんが「この本はもっと多くの人に知ってもらいたい」と思った本の著者。日本の原発、従軍慰安婦問題、子どもの教育、イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザ地区侵攻など、社会問題がテーマの回も多い。これらも、二村さんの危機感の現れだ。
「ある本を読んで、『このことを伝えなあかん!』と思ったら、全力でガーッといってしまうんです。先日、ゴリラ研究の世界的権威である山極寿一先生のイベントをした時に、何かを伝えるために言葉というツールは大事だけれども、人間には感情など、言葉にできないものもあるとおっしゃるんです。直接会って、自分の感じたことを一生懸命伝えて伝わることもある、と。その話を聞いて、私は自分があまり進化していなくて、動物的なんやな、と思ったくらい。でも、必死で伝えていたら、耳を貸してくださる方は現れるんです」
体調不安を抱え、睡眠時間を削ってでも、いいと思った本は人に伝えずにはいられない。その原動力はどこにあるのかを尋ねると、二村さんは30代でパニック障害になったことを話してくれた。
当時、ある出来事がきっかけでパニック障害になり、隆祥館書店以外に行けなくなった。地下鉄に乗れず、どこにも行けず、生きている意味がない、死ぬしかないと考え続けていた。そんな時、四肢の自由を失い絶望の淵にいた星野富弘さんという青年が、唯一動かせる口で筆をくわえて詩や絵を綴るようになるまでの記録『愛、深き淵より。』(学研プラス)を読んだ。
「死にたいのに死ぬことすらできない絶望の淵から這い上がっている人がいるのに、自分は何をやってるんや、と突きつけられた思いがしました。私も少しずつ動けるようになったものの、パニック障害になった30代から20年くらいはもったいないことをしたっていう思いがあるんです。ゴリラ研究の山際先生が、人が人である上で大事なのは、『行動できる』『集まれる』『対話できる』3つの自由だと言ってはりました。対話や交流はできるようになったけど、行動はまだまだ。不安はあるけど、今年は行動できる自分になりたい、と思っています」
自らが『愛、深き淵より。』をはじめとした、さまざまな本に救われ、一歩を踏み出せるようになったように、二村さんは「本には力がある」と信じている。だからこそ、書店を訪れた人に声をかけ、その人の声に耳を傾け、自分がいいと思った本の中から、その人に読んでほしいと思ったものを勧めている。コロナ禍の2020年から始めた、個人の好みや、本人の置かれた状況、悩みなどを元に二村さんが選書する「一万円選書」も、店に来られない遠方の人にも少しでも力になればと思ったからだ。
「『一万円選書』の先駆者で、尊敬している北海道の岩田書店からも以前から『やってみたら』と、勧められていました。でも、お客さまと向き合うことの大切さ、責任の重さ、リアルな空間での交流に対するこだわりから、踏み切るのに勇気がいりました。でも、自分が本に助けられた恩返しをしたいという思いの方が強くなったのです」
街の本屋が次々と姿を消し、経営は決して楽ではない。取次が大型書店に優先的に配本する慣習である「ランク配本」なども、苦しい理由の一つだという。二村さんはこうした書店流通の仕組みにも異を唱える。
「ランク配本」は、書店の規模に応じてランク付けされるため、隆祥館書店のような書店には、発売日に1冊も入荷しないことがしばしばあるそうだ。例えば、今年1月発売の武田砂鉄さんの文庫『わかりやすさの罪』(朝日文庫)の配本数はゼロだった。武田砂鉄さんは二村さんがイベントを開き、著書が出るたびに何百冊も売ってきた実績もある。しかし、過去にいくら売っていようと、書店の規模だけで判断されてしまう理不尽さに悔しい思いをし、その都度声をあげてきたが、現状はそう簡単に変わらないという。
「もう悔しくて悔しくて、何度泣いたことか。この武田砂鉄さんの文庫本は、出版社に連絡して、直接送っていただけることになりました。こうした対応をしてくださる出版社さんが増えていてありがたいです。でも、発売日に間に合わないことも多く、発売日にうちに買いに来てくれたお客さんにもご迷惑がかかります」
二村さんの父・善明さんもかつて、書店が取次に本や雑誌を返品した時に、本来であれば即日返金される「返品同日入帳」であるべきものが、大手書店にだけ即日返金を行い、小規模な書店には、10日分の返品入帳が翌月になるというタイムラグがあったことに異議を唱えた。公正取引委員会も巻き込んで改善のために尽力したことがある。
「ほんまに父の影響ですわ。おかしいと声をあげる時はすごく勇気がいるし、どうしよう? と思います。それでも、書店流通の問題を知らなかった一般の方や、出版社の人が応援してくれはるから、私も頑張れています」
“街の本屋”の生き残り策として、本の目利きで、これだと思った本は何百冊も売れる二村さんの強みを活かすべく、こだわり本の「セレクトショップ」にシフトするという選択肢もあった。しかし、二村さんはその道を選ばなかった。
「昔、書店は7〜8割が雑誌による売り上げでした。だんだん雑誌が売れなくなり、私が『作家さんとの集い』を始めた13年前に、これからは書籍やなと思って、書籍の割合を増やしていきました。でも、セレクトショップにしなかったのは、あくまで“街の本屋”でいたかったから。雑誌や漫画などの発売日を楽しみに、買いに来てくれる地元の人たちがいて、その人たちを裏切れないからです。セレクトショップなら出版社から直接本を仕入れることができるけど、いろんな本を揃えておくには、取次との取引はなくせません。でも、取次に対しておかしいと思うことは声をあげていきたいと思っています」
二村さんに、おすすめの本を尋ねてみたら、あれもこれもとたくさんの本を挙げてくれた。そのうちの一部を紹介する。
二村さんが真っ先に挙げたのは、レジ横にある『子どもを守る言葉「同意」って何? YES、NOは自分が決める!』(集英社)だ。性加害問題に注目が集まっているが、幼くて自分が判断できない頃に受けた性加害は、その子どもの一生の心の傷になる。自分の心身を守る一つの手段が「同意」で、本書は子どもでもわかりやすい言葉と絵で、「同意」について解説している。
「娘がスクールカウンセラーをやっていて、うちでも専門家の協力による『絵本選書』や『ママと赤ちゃんのための集い場』というイベントをやっています。子どもたちを性加害からどう守るかを考えた時に、この本のことを知りました。地域の子どもたちには辛い思いをしてほしくないから、商売抜きにしてでも、うちに来た親子連れのお母さんや、孫のいるお年寄りなどに紹介しています。12月に仕入れて、すでに100冊以上買っていただきました。こういう本を勧められるのも“街の本屋”の強みやと思うんです」
『親愛なるレニー: レナード・バーンスタインと戦後日本の物語』(アルテスパブリッシング)は、出版社から届いたプルーフを読んで、二村さんが感銘を受けた本。世界的指揮者であるバーンスタインと2人の日本人の人生が交わっていく様を、手紙を通して描き出したノンフィクションだ。
「著者の吉原真里さんは、ハワイ大学の教授で、ワシントンのアメリカ議会図書館を訪れた時に、バーンスタインの膨大な資料の中に、2人の日本人の名前を見つけます。メールなどもない時代にかわされた手紙の数々には、音楽を愛し、核兵器廃絶や平和を訴えた、大きな愛がありました。読み終えた時、すごく泣けてしまう素晴らしいノンフィクションです」
不都合な事実にも目を向けるべき、と二村さんが挙げたのは『教科書と「慰安婦」問題: 子どもたちに歴史の事実を教え続ける』(群青社)と、『女も戦争を担った〜昭和の証言〜』(河出書房新社)の2冊だ。
「『教科書と「慰安婦」問題: 子どもたちに歴史の事実を教え続ける』は、大阪の中学校で慰安婦問題を長年授業に取り上げてきましたが、激しいバッシングに遭った女性教諭の修士論文をまとめたものです。『女も戦争を担った〜昭和の証言〜』は、戦争では被害者として語られることの多い女性たちが、戦時下でどう過ごし、戦争にどう関わったかを丹念に取材した本です。歴史にはいろんな側面があり、加害の歴史もあるわけです。そういったことをなかったことにしてはならない。この2冊はそのことを教えてくれます」
ロシアのウクライナ侵攻が長引く中、二村さんがぜひ読んでほしいと思っているのが、『コソボ苦闘する親米国家 ユ-ゴサッカ-最後の代表チ-ムと臓器密売の現場を追う』(集英社インターナショナル)だ。
「この本を読んでプーチン大統領がなぜ、NATOの東方拡大を警戒してウクライナに侵攻したのか、そのひとつの理由が理解出来た気がしました。コソボ紛争において米国は国連を迂回して軍事介入したのですが、その後何が起きたのか。ショッキングな国家ぐるみの臓器密売ビジネスなどの事実が、現地に行くことで丁寧に掘り起こされていて、知らなかったことが可視化されました。藤原辰史さん(京都大学教授)や長有紀枝さん(立教大学教授)というアカデミズムの世界の人からも評価を受けています」
最後に、隆祥館書店をより深く知るためには、『13坪の本屋の奇跡 「闘い、そしてつながる」隆祥館書店の70年』(ころから)が外せない。
「全国で本屋さんがどんどんなくなっているのですが、本が売れないというだけではなく、書店流通の仕組みにも問題があると思っています。この本ではそのあたりのことも詳しく取材してくださっていて、2019年に出た本なのですが、未だに解決していない問題が山積みです。出版社の人が『知らなかった』ということもたくさん書いてあるので、ぜひ読んで、私たちが苦しんでいる現状を知ってもらえるとうれしいです」
本には人を支える力があると信じ、声をあげて伝え続けることに決して妥協しない二村さん。
「しんどくなったり、泣いたりすることもありますが、逆に、こんなことになったら大変や、苦しんでいる人を助けたい、と思うと、ものすごく力が出るんです。心臓のこともあるけど、地域の人たちに長年支えられ、遠くからここまで足を運んでくださるお客さんがいる。一生懸命、恩返しして、お役にたてるようなことをすべきや、って思ってます」