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映画は女で作られる 雑誌『ふらんす』特集号より

記事:白水社

フランス映画について、フランス映画の歴史について、話すために! 創刊99年目の、日本で唯一のフランス語とフランス語圏文化の総合月刊誌『ふらんす』9月号(白水社)では「フランス映画の話/歴史(イストワール)」を特集しています。 写真:『アニエス V.によるジェーン B.』デジタルレストア版(2024年8⽉23⽇より全国順次公開中:ヒューマントラストシネマ有楽町 / テアトル梅⽥ / 京都シネマ / シネ・リーブル神⼾ 他)
フランス映画について、フランス映画の歴史について、話すために! 創刊99年目の、日本で唯一のフランス語とフランス語圏文化の総合月刊誌『ふらんす』9月号(白水社)では「フランス映画の話/歴史(イストワール)」を特集しています。 写真:『アニエス V.によるジェーン B.』デジタルレストア版(2024年8⽉23⽇より全国順次公開中:ヒューマントラストシネマ有楽町 / テアトル梅⽥ / 京都シネマ / シネ・リーブル神⼾ 他)

雑誌『ふらんす』9月号(白水社) 四方田犬彦「ゴダール馬鹿一代」、中条省平「トリュフォー映画の歴史=物語(イストワール)」も掲載
雑誌『ふらんす』9月号(白水社) 四方田犬彦「ゴダール馬鹿一代」、中条省平「トリュフォー映画の歴史=物語(イストワール)」も掲載

 

 フランス映画といえば、女優たちの魅力を引き出した女性的な作品が多いイメージがあるものの、その作り手はほとんど男性であることにお気づきだろうか。アルレッティの代表作である『天井桟敷の人々』(1945)のマルセル・カルネに始まり、ジャン・ルノワール、ルネ・クレマン、ロジェ・ヴァディム、ヌーヴェル・ヴァーグのジャン゠リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、エリック・ロメール等々。だが、女性監督がまったく存在しなかったわけではない。それどころか、彼女たちも評価されてしかるべき作品を残している。にも拘らず、光が当てられることがなかったのは、やはり女性だったからと言う他はないだろう。

 

映画はアリスから始まった

 フランスの映画史はリュミエール兄弟とジョルジュ・メリエスから始まったと言われているものの、アリス・ギイ(1873-1968)の存在を忘れてはならない。最近ジョディ・フォスターが制作総指揮、ナレーションを務めたギイに関するドキュメンタリー『映画はアリスから始まった』(2018)が日本でも公開されたので、ご存知の方も少なくないかもしれない。ゴーモン社の秘書であった彼女は、秘書の仕事を続けながら余暇を使って映画を制作。物語性のある初の短編劇映画「キャベツ畑の妖精」(1896、一説には1900)を撮った最初の女性監督である。ゴーモン社の機材を借りることができた彼女はその後も精力的に映画を撮り続け、1907年にアメリカに渡るまで、なんと300本以上の短編を制作している。さらにアメリカでは東海岸に近代的なスタジオを開設し、女性として初のスタジオ所有者になり、自らも制作を続けた。そんな前人未到のキャリアを築き、1955年にはフランスでレジオン・ドヌール勲章を受けた彼女が映画史から忘れられていたことに、驚きを禁じ得ない。

アリス・ギイ(Alice Guy 1873─1968)[original photo: Apeda Studio New York – PD-US-expired]
アリス・ギイ(Alice Guy 1873─1968)[original photo: Apeda Studio New York – PD-US-expired]

 無声映画〜白黒映画時代に活躍した女性監督は他にもいる。フェミニスト映画と目された『微笑むブーデ夫人』(1923)で知られるジェルメーヌ・デュラックは、そのテーマだけではなく、技法的にもシュルレアリズムから影響を受け果敢な挑戦を続けた。他にも『レ・ヴァンピール 吸血ギャング団』(1915)のイルマ・ヴェップ役で女優として名を馳せた後、監督兼脚本も兼ねた『スペインの祭』(1919)などを監督したミュジドラ、同じく女優出身で、夫ピエール・ルノワール(ジャン・ルノワールの兄)と製作会社を興し、『魔王』(1931)などを撮ったマリー゠ルイズ・イリブら。とくにミュジドラは、女優が監督に進出した草分けの例と言える。

 戦後は女性の解放を描いた『オリヴィア』(1951)などで知られるジャクリーヌ・オードリー、女優として偉大なキャリアを築きながら、『ジャンヌ・モローの思春期』(1979)など監督としても手腕を発揮したモロー、「ヌーヴェル・ヴァーグの祖母」と言われたアニエス・ヴァルダ、ベルギー出身のシャンタル・アケルマンや、クレール・ドゥニらがいる。とくにヴァルダ、アケルマン、ドゥニの3人は強い個性を持ち、後続に大きな影響を与えた点で語らずにはいられない存在だ。

 

輝やける3つの個性──ヴァルダ、アケルマン、ドゥニ

 2017年に、米アカデミー賞の名誉賞を授与され、アメリカの映画人にも大きな評価を得たヴァルダは、もともと写真家として出発しているだけに、ドキュメンタリーでも才能を発揮した。初監督作のモノクロ映画『ラ・ポワント・クールト』(1955)ではシュールな語り口、独特の構図などが壊れた夫婦のすれ違いを浮き彫りにし、一作目にして確かな才能を発揮している。ちなみに本作で編集を務めたアラン・レネが大きな影響を受け、それが彼の初長編である『二十四時間の情事』(1959)に生かされたというエピソードがある。また題名通り5時から7時までのヒロインの行動を追った『5時から7時までのクレオ』(1961)や、男性の浮気を軸に女性の幸福とは何かを問いかけた『幸福』(1965)、『歌う女・歌わない女』(1977)、ヴェネチア映画祭で金獅子賞を受賞した『冬の旅』(1985)などのフェミニスト的な作品のほか、アメリカで撮った資料的にも貴重なブラックパンサーのドキュメンタリー、『ブラックパンサーズ』(1968)や『落ち葉拾い』(2000)『落ち葉拾い・二年後』(2002)、オート・ポートレート『アニエスの浜辺』(2008)、ドキュフィクションの手法を用いた『アニエスv.によるジェーンb.』(1987)など、じつに多彩な作品を撮り続けた。その功績は晩年になってようやく相応しい評価を得た。

アニエス・ヴァルダ『幸福』© Agnès Varda
アニエス・ヴァルダ『幸福』© Agnès Varda

 一方、アケルマンは2015年、65歳で突然自死したこともあり、世界的な評価はむしろ没後に沸き起こったと言えるかもしれない。とくに25歳で生み出した革新的な作品、『ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地、ジャンヌ・ディエルマン』(1976)は、英国映画協会が各国の批評家、研究者にアンケートを募り10年に一度発表するオールタイムベスト100選で、2022年に1位に輝いている。フランスでは2023年に修復版が劇場でリバイバル上映されたこともあり、若い観客にも浸透した。本作の革新性は、主婦の日常の時間をそのまま淡々と描き出し、その反復性のなかで彼女の孤独、倦怠、鬱積をじりじりと浮き立たせたことにある。生活費のための売春も日常的に繰り返すなかで、最後に爆発する怒り。その描写すら淡々と描かれるのが逆にホラーのようだ。他にカラフルなコメディ・ミュージカルの『ゴールデン・エイティーズ』(1986)やプルーストの原作を応用した『囚われの女』(2000)などが知られるが、ヴァルダ同様、ドキュメンタリーでも腕を振るった。

シャンタル・アケルマン『ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地、ジャンヌ・ディエルマン』© Foundation Chantal Akerman
シャンタル・アケルマン『ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地、ジャンヌ・ディエルマン』© Foundation Chantal Akerman

 現役のクレール・ドゥニは、レオス・カラックスからグレタ・ガーウィグまで、世界中の監督に影響を与え続けている。今年4K修復版の『美しき仕事』(1999)が、25年の歳月を経て日本で初めて劇場公開されたのも記憶に新しい。代表作に『パリ、18区、夜。』(1994)『ガーゴイル』(2001)『ハイ・ライフ』(2018)など。身体性に眼差しを向けたその作品には、独特の空気感と濃密な官能性があり、この監督にしか生み出せない世界観をそなえている。

 

2000年代以降〜#MeTooの現在まで

 今日ではもはや、男性、女性の二分割で考えること自体が時代遅れになってきたと言えるものの、ここではあえて、女性監督に絞って話を続けたい。

 2000年以降は俄然、個性的な女性監督作が増えてくる。もちろんそれは、前章で述べた先人監督たちの努力や功績があってのことだ。また70年代の世界的な女性解放運動の影響もあるだろう。70年代生まれのジェネレーションが、20代後半から30代に達し、活躍し始めるタイミングがちょうど2000年前後にあたる。

 たとえば女優と監督の二足の草鞋を履くマイウェン、『燃ゆる女の肖像』(2019)で世界的に認知されたセリーヌ・シアマ、『落下の解剖学』(2023)でカンヌ国際映画祭パルムドールに輝いたジュスティーヌ・トリエ、脚本家から出発し、『約束の宇宙』(2019)などで知られるアリス・ウィンクール、長編劇映画デビュー作『サントメール ある被告』(2022)で、ヴェネチア国際映画祭審査員大賞と新人監督賞をダブル受賞したアリス・ディオップらがいる。

セリーヌ・シアマ『燃ゆる女の肖像』© Lilies Films
セリーヌ・シアマ『燃ゆる女の肖像』© Lilies Films

 思春期の女の子同士の微妙な思いをとりあげた初監督作『水の中のつぼみ』(2007)が、ルイ・デリュック賞に輝き注目を集めたシアマは、男の子が女の子になりすます『トムボーイ』(2011)や、祖母を失ったことがきっかけで、田舎の森で幼い頃の母親と遭遇する寓話的な『秘密の森の、その向こう』(2021)など独創的な物語を紡ぎ、フランス映画界で独自のキャリアを築いている。

 トリエは以前から、仕事を持って自立する女性を描いており、一作ごとに作風は異なれど、現代に生きる女性たちの関心や困難を掬いとってきた。とくに長編一作目『ソルフェリーノの戦い』(2012)は、夫と別れたシングルマザーのTVリポーターの混乱極める1日を、ユーモアを持って力強く描写し、魅せる。一方、ドキュメンタリーからキャリアを始めたディオップは、Nous(2021)がベルリン国際映画祭のベスト・ドキュメンタリー賞に輝くなど、フィクションとドキュメンタリーを垣根なく作り続けながら国際的な評価を得ている。

 続く80年代生まれには、『TITANE チタン』(2021)でカンヌのパルムドールを射止めたジュリア・デュクルノー、ヴェネチア国際映画祭金獅子受賞作『あのこと』(2021)のオードレイ・ディヴァン、批評家から転身して26歳で初長編『すべてが許される』(2006)を発表し、すでに中堅と言えるミア・ハンセン゠ラヴ、最新作Dahomeyが今年のベルリン国際映画祭で金熊賞に輝いたマティ・ディオップ、『Rodeo ロデオ』(2022)で一斉を風靡したローラ・キヴォロンがいる。

 とりわけ独自の生理感覚にもとづき、鳩尾に衝撃を与えるような映像派の作品を撮るデュクルノーや、『エマニエル夫人』をリメイクした次回作Emmanuelle(主演を務めるのはノエミ・メルラン)で、「女性による女性の官能」を描く視点が期待を集めるディヴァンは要注目だ。

 監督業に進出する女優たちが多いのも、フランス映画界の特徴だろう。それもかつてであれば、ジャンヌ・モローのようにベテランになってからメガホンを握ったのに引き換え、最近は若くして監督デビューする者が少なくない。たとえば、メラニー・ロラン、ノエミ・メルラン、アフシア・エルジ、セリーヌ・サレットなど。もちろん、簡単に資金集めができるわけではないだろうが、そういう環境が整ってきたこともまた業界の進歩と言えるだろう。

 フランスは、女性監督の割合が世界でもっとも高いとされている。今日では#MeTooの影響により、女性の声に耳が傾けられるようになったと同時に、男性監督が以前と同じスタンスで官能的な映画を撮ることが難しくなっている状況もある。もちろん、ひとくちに女性監督といってもそのなかでさまざまな個性がひしめき合っているわけだが、たとえばセクシュアリティの表現ひとつを取っても、男性には描けないものがあるのは確かだろう。究極的にはその人の個性であるとしても、やはり「男の目線」とは異なるものがあり、それが自ずと創作に反映されると思うのだ。

 

 佐藤久理子

 

【『ふらんす』2024年9月号特集「フランス映画の話/歴史(イストワール)」より】

 

【ジェーン B.とアニエス V. 〜 二人の時間、二人の映画。『アニエス V.によるジェーンB.』『カンフーマスター!』特別追悼公開:ReallyLikeFilms配給】

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