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ミュージカルの解剖学――あるいはジェリクル・キャッツとつきあう方法(1)

記事:春秋社

長屋晃一『ミュージカルの解剖学』(春秋社)
長屋晃一『ミュージカルの解剖学』(春秋社)

 ミュージカルを語ることは簡単でも、論じることは難しいと、つくづく思う。まばゆい光の洪水、めくるめくダンス、心を浮き立たせる歌と音楽、そんなものに目と耳を奪われるうちに、気づけばカーテンコールになっている。

 そうやって、ブロードウェイやウェストエンドは人をとりこにしてきた。私自身、ブロードウェイで観た《メリー・ポピンズ》で、バートが煙突掃除夫の仲間たちをバンクス家の子供たちに紹介する〈ステップ・イン・タイム〉を見たとき、思いがけず感動した。感動したどころか涙すら浮かび、言いようのない高揚感に包まれていた。私はディズニーのファンでもなければ、ミュージカルの熱心なファンというわけでもないのに。

 いったい私は何に感動したのか。その輝かしい興奮と高揚感はどこからくるのか。人をとりこにして、しかも、その正体を明かさない。愛くるしい様子でなでさせてはくれても、それ以上のことは秘密にしている、しなやかな動物のような芸術……

多様な、あまりに多様な…

 ミュージカルが論じにくいのは、その見た目の多様さにある。現在、世界中でかけられている舞台をみると、どこまでがミュージカルでどこからが違うのか、ということすらよく分からない。もしかしたら、どこまでもミュージカルなのかもしれない。そこには共通する原理などないようにみえる。

 だから、人種やジェンダー、プロパガンダといった社会性や政治性、歴史的背景、あるいは商業芸術としての経済性、あるいは個々の作品や作家論、そんなふうにトピックを立てることで、どうにかミュージカルというジャンルは論じられてきた。社会的・思想的なバックグラウンドを明らかにすることは非常に重要なテーマにはちがいない。しかし、それらはミュージカルでなくてもできる。私が問いたいのは、もっと根本的なところにある。

 あの輝かしさとは何か。

 何がミュージカルをミュージカルにしているのか。ミュージカルらしさとはなにか。それが『ミュージカルの解剖学』のテーマだといってよい。そこには例の問いが待っている。

ミュージカルはなぜいきなり歌うのか。

 じつはこの問い自体に答えるのは、それほど難しいことではない。なぜなら、ミュージカルやミュージカル映画の制作者たちは、違和感を感じさせないように歌う意味づけをおこなってきたからだ。

 物語から考えてみよう。下町なまりがひどくてまともに発音ができなかった花売りの少女がいる。彼女は嫌味ったらしい音声学教授の厳しい訓練を経て、あるとき、とつぜん正しい発音ができるようになる。この少女をはじめ、教授、また彼の友人すべてが教育の成果に心を躍らせて喜ぶ。ミュージカル・ナンバーは、結果のほう、つまり喜びを印象づけるために歌となる。この作品はいうまでもなく《マイ・フェア・レディ》だ。ここには、できなかったことができるようになった結果、有頂天になる、というプロットが生じている。ナンバーはプロットの結果にくる。

 あるいは、物語の舞台背景を説明するためにも歌われる。映画の『ラ・ラ・ランド』のオープニング・ナンバー〈アナザー・デイ・オブ・サン〉を考えてみれば話が早い。だれも高速道路で自動車からおりて歌うはずはない。ましてやボンネットの上に乗ってみんなで踊るはずはない。しかし、耐えがたいような日常のなか、だれもが成功への夢を抱いている、ということを説明するのに、歌とダンスで説明する以上に手際よい方法があるだろうか。あるとすれば、ナレーションをいれるくらいだが、はたしてどちらのほうが雄弁に観客の心に訴えるだろうか。

 《レント》の〈ラ・ヴィ・ボエーム〉にせよ、『グレイテスト・ショーマン』の〈ディス・イズ・ミー〉にせよ、もちろん演技や台詞で彼らの抱える孤独や苦しみ、そして仲間の大切さを知ることはできる。しかし、仲間たちで歌い、踊るのを見れば、私たちは説明なしにそれを理解できる。

エンターテインメントの「型」

 あらゆるエンターテインメントは、どのように伝えるか、ということが最大の問題となる。そのなかで、ミュージカルは歌とダンスが、せりふや言葉よりもより説得力をもつような状況をつくりだそうとする。台詞でも構わないが、ひとたび歌とダンスの「意味」を受けいれてしまえば、台詞よりもよほど効率がよい。

 ミュージカル・ナンバーを歌う「意味」を考えると、今度はそこにある種のパターンがあることに気づかされる。じつは、いま挙げた〈アナザー・オブ・デイ〉も〈ラ・ヴィ・ボエーム〉も〈ディス・イズ・ミー〉もほとんど同じパターンで作られている。そのしくみ、はたらきを機能として考えるなら、それは4種類に集約される。

 だが、今回はここまで。その機能は次回にご紹介したい。

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