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大田美佐子さん「クルト・ヴァイルの世界」インタビュー 分断された像をひとつに

大田美佐子さん

 劇中歌「マック・ザ・ナイフ」で知られる「三文オペラ」。劇作家ブレヒトと組んだのが、作曲家クルト・ヴァイル(1900~50)だ。

 ドイツで実験的なオペラを手がけたが、ナチスに追われ米国に亡命した。ブロードウェーミュージカルで成功し、「スピーク・ロウ」など、スタンダードとなった曲も多い。

 その変化を音楽社会学者アドルノは「創造的な精神の堕落」と批判、「ふたつのヴァイル像」の出発点となった。本書は楽曲に加えて書簡や文章も読み込み、全体像を描く。

 出会いは東京芸術大で音楽学を学んでいた90年。劇団黒テントの「三文オペラ」を見て、衝撃を受けた。

 「とてつもないエネルギーでした。役者さんは、オペラの唱法ではなく、一人一人『自分の声』で歌っていた。自分たちの物語だろって、突きつけられました。クラシック音楽の管理された教育に違和感があったので、こんな表現もいいんだと」

 大学院は、ブレヒト研究の岩淵達治・学習院大教授に師事した。ウィーン大に留学、ヴァイルの書簡1472通を分析し博士論文を書く。米国では、彼が亡命後に見た景色を追った。政治的なテーマに関心を持ち続け、反戦ミュージカルや社会派音楽劇も作っていた。強い信念と柔軟な思考に、成熟を感じるという。

 ヴァイルは、社会にとって歌や音楽は重要な役割を果たすだろう、と語っていた。〈なぜなら、音楽は人々が分かち合う感情に働きかけるからです〉〈音楽は疲弊した言葉に真摯(しんし)で、情熱的なリアリティーを与えることができます〉

 「聴く人が自分自身の問題ととらえられるような題材から、音楽劇を作りたいという意志だと思います」

 オペラとミュージカル、専門家と素人、社会の分断も超える。著者が30年かけて結んだ、ひとつの像だ。(文・石田祐樹 写真・石田昌隆氏)=朝日新聞2022年5月7日掲載