カラスに学ぶ生存の智恵 『ヒトという種の未来について生物界の法則が教えてくれること』(評・ぬまがさワタリさん)―文系のための科学本ガイド⑨
記事:白揚社
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2026年の春、巷(ちまた)では『ぽこ あ ポケモン』というTVゲームが流行している。ざっくり説明すると、人間がいなくなった世界で、ポケモンたちがのんびり暮らすゲームだ。主人公(プレイヤー)だけは人間のような姿をしているが、メタモンという変幻自在のポケモンが人間に化けているだけであり、「ポケットモンスター」本編とは違って人間は全く登場しない。
筆者もプレイしてみたが、なかなか楽しい。しかし人間はなぜいなくなったのだろう。気候変動?感染症?さては核戦争?(まさかのポケモン戦争?)……真相は不明だが、人なき世界でたくましく生きるポケモンたちが醸し出す、不思議な穏やかさと一抹の寂しさも魅力だ。
そんなゲームが好きな人にも、オススメしたい本がある。『ヒトという種の未来について生物界の法則が教えてくれること』だ。
この本では生態学者である著者ロブ・ダンが、知る人ぞ知る「生物学の法則」を紹介しながら、ヒトを含めたいきものの「未来」について考えていく。「万物の霊長」などと自称して思い上がるヒトの「人間中心主義」を問い直し、自然界という大きなパズルの1ピースとしてヒトを位置付けようと試みる一冊だ。
本書で鍵を握るいきものの一種が、カラスである。
「自らの行動を変更し、それによって新たな問題や環境条件に対する新たな解決策を生み出すのに欠かせない知能」……そんな「創意に富む知能」を、本書では「発明的知能」と呼ぶ。カラスはこの「発明的知能」の持ち主であり、変化していく状況や環境に対応し、切り抜けるために、次々と新たな方法を「発明」していくのだ。
カラスの仲間の「創造性」を示す例は数多く、道具を使ってエサをとるカレドニアガラスは有名な例だ。著者のダン氏が目撃した例では、ズキンガラスというカラスの仲間が、ある時期には人間の食べ残し(パンやフライドポテトなど)を食べながら、人がいなくなる時期には柔軟にエサを変え、クルミやリンゴや貝やカタツムリなど多種多様な食べ物を見つけ出し、それらを地面に落として叩(たた)き割るという創意工夫もしながら食べていたそうだ。
こうした「発明的知能」と対照的に、「限られた一連の課題をうまくこなす、特殊化されたノウハウ」、名付けて「自律型ノウハウ」を進化の過程で身につけた鳥も多い。言っておくと、こうした能力をもつ鳥たちが、カラスに比べて「劣っている」わけではない。例えば特定の環境で有利となる能力や形態を進化させた鳥たちは、その環境が維持される限り、カラスのような柔軟な「知能」に頼る必要はない、というだけだ。
ただし人間の引き起こした気候変動なども影響し、常にその環境や条件が激変していく世界では、「自律型ノウハウ」を持つ種はピンチに追いこまれやすく、「発明的知能」を持つカラスのような種の方が有利になる傾向がある……と本書は語る。
そして人間社会の組織や制度が、カラスのもつ「発明的知能」のような柔軟性を発揮できるのかが、ヒトの未来を左右すると著者は説く。たしかに、日本社会にも多く見られる、「これまでずっとこうやってきたから……」と、過去にうまくいった方法にこだわり続ける組織が衰退していく様は、「自律的ノウハウ」を持つ種が存続の危機に陥っている姿を連想させる。
「カラスから学び、思考の柔軟性を手に入れよ!」などと安直なスローガンを掲げるつもりはない。しかし激変する世界で、カラスがどんな「知性」を発揮しているかをよく観察することで、翻って人間の「知性」のあり方を見つめ直すことはできる。
私たち人間の「種」としての寿命も、永遠ではない。本書によると、あらゆる生物種の「平均寿命」は、せいぜい200万年ほどらしい。人類(ホモ・サピエンス)はまだ誕生から20万年くらいしかたってないポッと出の新興種族であり、「平均寿命」さえまっとうできるか未知数だ。(他のいきもののためにも)気候変動を解決し、感染症を防止し、戦争を抑止し、なるべく絶滅しないよう頑張りたいとは思うが、万が一私たちが滅んだ後の想像も時々はしておこう。ヒトなき世界で、カラスや他の「いきもの」たちが、その「発明的知能」や固有のノウハウを生かして、創意工夫にあふれたスローライフを送るのだ。
そんな『ぽこ あ ポケモン』ならぬ『ぽこ あ いきもの』も、だれかゲームにしないだろうか。