バッハのオルガン音楽の魅力 クリスマス前に演奏されるコラール「目をさませと物見らの声が呼ぶ」を徹底解説
記事:朝倉書店

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『J. S. バッハのオルガン音楽 全曲解説』(朝倉書店)は、バッハが作曲したパイプオルガン曲(約310曲)をすべて網羅し、作品番号(BWV)順に並べ、1曲1曲を個別に解説した「事典」のような1冊です。
ここでは、バッハのカンタータのなかでももっとも有名なものの1つ、待降節(アドヴェント)に演奏される第140番に基づくオルガン・コラール「目をさませと物見らの声が呼ぶ」の解説を抜粋してご紹介します。
※どんな曲? →音楽配信サイト・動画視聴サイトなどで “BWV 645” で検索!
※どんな譜面? →国際楽譜図書館プロジェクトIMSLP
【資料】3段譜。「2段鍵盤とペダル、テノール声部のコラールによる、目をさませと声が呼ぶ」の表題。バッハの筆写譜には「右手8’ Dextra 8 Fuss」「左手8’ Sinistra 8 Fuss」「ペダル16’ Pedal 16 Fuss」の指定 (くり返しはカンタータ譜にもパート譜にも書かれている)。
【歌詞】 P. ニコライによる歌詞は1599年に出版され、後に教会暦の一年の最後にあたる三位一体後の第27日曜日に関連付けられた (Gojowy 1972)。
Wachet auf! ruft uns die Stimme/目をさませ!と物見らの声が呼ぶ、
der Wächter sehr hoch auf der Zinne,/はるか高い胸壁から、
Wach auf, du Stadt Jerusalem! /目をさませ、エルサレムの都よ!
Mitternacht heisst diese Stunde;/時はまさに真夜中、
sie rufen uns mit hellem Munde:/物見たちは明るい口調で呼びかける。
Wo seid ihr klugen Jungfrauen? /賢い乙女たちはどこにいるか、と。
Wohlauf, der Bräutigam kommt,/さあ、花婿がやってくる。
steht auf, die Lampen nehmt! /立ち上がり、明かりを取りなさい!
Halleluja! /ハレルヤ!
Macht euch bereit zu der Hochzeit,/婚礼に備えて、
ihr musset ihm entgegengehn! /花婿を迎えに行きなさい!
第2節は次のように始まる。
Zion hört die Wächter singen,/シオンは物見たちの歌声を聴き、
das Herz tut ihr vor Freude springen ....../その心は喜びに湧き立つ......
【旋律】旋律は歌詞とともに出版されたが、おそらく起源はさらに古い。最初の行は「O Lamm Gottes 神の子羊」から始まるコラールに似ており (Terry 1921 p. 315)、この曲でのみ用いられている(譜例164)。
BWV 645 は以下から編曲されている。
カンタータ《Wachet auf, ruft uns die Stimme 目をさませと声が呼ぶ》第140番 (三位一体後第27主日,1731年)の全7曲の「中央」にあたる第4曲「シオンは見張りらの歌うのを聴き (Zion hort dieWachter singen, ......)」。J. L. クレープスによる演奏用パート譜(NBA 1/27 KB p. 152) では「コラール」とされている。
トリオ形式:オブリガート旋律(ヴァイオリンI+ヴァイオリンII+ヴィオラ)、コラール旋律(テノール)、通奏低音。
バッハが手稿譜に記載した手鍵盤とペダルの指示は、BWV 650の場合のように、3段のレイアウトがすでにそれを示唆しているとしても、必ずしもそれに従う必要があるとはみなせない。ペダル声部はBWV 769.ivのように中央の段に書かれることもあり、BWV 645のバス旋律は、もともとオルガンのために書かれた楽曲とは少し異なる雰囲気をもっているからである。したがって、BWV 645、 650ともに、左手はバス (16’) とコラール旋律 (8’) のどちらをとってもよい。もちろん、バッハが後に記入した配置は理にかなってはいるが、もとの楽譜にコラール旋律を左手で弾くかペダルで弾くかという明確な指示がないことは、オルガニストにとっては選択肢が増えてありがたいことかもしれない。コラール旋律をペダルでとるのであれば、4’ のストップを用い、1オクターヴ下げて弾くのがよいだろう(BWV 608と同様だが、こちらにもそのような指示はない)。
この編曲には、さらに以下のような特徴がある。
(1) オブリガート声部の装飾のしかたが異なっている(より充実しているが一貫性はない)、
(2) コラール旋律がより豊かに装飾されている、
(3) オリジナルのバス旋律の音型(J. L. クレープスの手跡)が再現されていない、
(4) エコー部分(15小節目)、およびコラール旋律の入りの部分のフォルテ/ピアノ指示が無視されている。
20小節に追加された装飾音は、バスとコラール旋律の平行ユニゾンによる空虚な和声の響きを覆い隠している。7、 8小節の新しいアポッジャトゥーラ(前打音)は、《ゴルトベルク変奏曲》BWV 988の第25番を思い起こさせる。バッハ自身もしくはコピストが、オリジナルのトリルを置き換えたり、他の装飾を当時なりにより新しく変更したものであろう。
コラールから独立した対旋律声部の完成度は、壮観である。右手は、コラール旋律と合わさる前に半終止まで展開し、譜例165のように、冒頭のエコー部分はコラール旋律をまたいで再度現れる。この例からわかるように、通奏低音がなければ和声は不完全となる。バス旋律が非常に強いので、54、 66小節でコラール旋律にあわせて一区切りとなっていたり、最初や次のフレーズでは度々主調での入りがあったりするにもかかわらず、いったん休止したという感覚を聴く者にまったく与えない。対旋律の一部はコラールの旋律にあわせていくらか修正を余儀なくされているが、その結果、演奏を聴いたときにそれなりに筋が通っていると感じられるフレーズになっている(47~58小節)。最初の部分がくり返されることで、全体の調性構造は原調–原調–平行調/メディアント(中音調)–原調となっており、この一度聴いたら忘れられない対旋律によって、コラール旋律が理にかなったリトルネッロ形式に仕立て上げられている。
コラールの冒頭の三和音だけでなく、引き続いて現れる新しい旋律も、エコー効果と相まって、見張り番が呼びかける声のように聴こえてくる (Keller 1948 p. 194)。その弾むようなリズムは、見張り番の呼びかけに対するシオンの熱狂的な反応を描いた第2節の最初の2行を想起させる (Schmitz 1970 p. 65)。シュヴァイツァーは、この曲からは花婿の到着の喜ばしさが感じとれるとしており (Schweitzer 1905 p. 306)、そのほかには典型的な強拍–弱拍のリズムからなるアルマンドとの見かたもある (Steglich 1962 p. 28)。
旋律がこれほどまでに支配的であるため、カンタータの通奏低音がなければ和声がしばしば独特の不協和状態になるということはほとんど気づかれないかもしれない。譜例165のように、第3音のない和音、逸音échappée、アクセント付き経過音、七の和音、未解決のアポッジャトゥーラ(前打音)などが引きも切らずに次々と登場し、どの拍をとっても、聴く者の耳に非常に強い印象を与えるが、これはコラール旋律がまるで仲介役のように内声部に存在していることによって、はじめて可能になっている。一方で、声楽的かつ三和音的なコラールの旋律部分には、慣例的な和声付けがなされている。実際、コラールのフレーズとバス旋律を抜き出してきてつなげるだけでも、この曲のもっとも有名なオブリガート旋律がまるでコラールの邪魔をしていると思えるくらい、間奏なしの立派なコラールができそうである。
目次
■第I部 自由作品
1. 教会カンタータ131より BWV 131a
2. 6つのソナタ BWV 525~530
3. 前奏曲とフーガ BWV 531~552
4. 8つの小前奏曲とフーガ BWV 553~560
5. その他の個別の作品 BWV 561~591
6. 協奏曲など BWV 592~598
■第II部 コラール作品
7. オルガン小曲集 BWV 599~644
8. シュープラー・コラール集 BWV 645~650
9. 旧称「18のコラール」(いわゆるライプツィヒ・コラールとそのヴァイマル版) BWV 651~668
10. クラヴィーア練習曲集第3部のオルガン・コラール BWV 669~689
11. 旧称「キルンベルガー・コレクション」のオルガン・コラール BWV 690~713
12. 種々のオルガン・コラール BWV 714~765
13. コラール変奏曲 (パルティータ) BWV 766~771
14. 4つのデュエット (クラヴィーア練習曲集第3部より) BWV 802~805
15. 種々の小品 BWV 943---1085
16. ノイマイスター・コラール集のオルガン・コラール BWV 1090~1120
17. さらなる作品 (一部は出所不明)
[監訳者注記] BWV 1128
年 表
用語解説
文 献
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コラール作品索引
その他の作品索引
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