「現代音楽」をめぐる、驚くほど明快な発言 『二十世紀のクラシック音楽を取り戻す』
記事:白水社
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【原著者動画:The War on Music – Promo】
本書[『二十世紀のクラシック音楽を取り戻す 三度の戦争は音楽に何をしたか』]は、The War on Music: Reclaiming the Twentieth Century, 2022の全訳である。
調性音楽は言いたいことをすべて言い尽くし、1910年頃にはネタ切れになった
一般の聴衆は、無調の音楽、ミニマル・ミュージック、電子音楽を理解できない
これは、音楽に関する間違った考えの一例として、本書の第10章で紹介されているコメントだ。著者は、ひとつめの指摘については、シベリウスやプロコフィエフ、晩年のシェーンベルク、コルンゴルトらの名前をあげて反論し、ふたつめについては、映画やテレビドラマ、コマーシャルの音楽などを通じて、人々はこうした音楽にすっかり馴染んでいる、と言う。確かにある程度年齢が上の読者なら、日本でも大人気になったアメリカのテレビドラマ『コンバット!』で、戦場の不条理や恐怖を表す際にレナード・ローゼンマンが使った、12音技法に基づく音楽を思い出すに違いない。ちなみに、ローゼンマン(『エデンの東』や『トワイライトゾーン』などの映画音楽を書いた作曲家)の作曲の先生はシェーンベルクとダラピッコラだった。
【Main Title · Leonard Rosenman · Rosenman】
その一方で、著者はクラシック音楽界の現状を憂えて、次のような言葉を綴っている。
だからこそ今、問いかけるべきなのだ。有名オーケストラやオペラハウスで演奏されている多くの現代音楽、評論家からも絶賛されている現代音楽を、聴衆の大半が聴きたいと思わないのはなぜか。聴きたいと思ったことさえないのはなぜなのか
「現代」音楽が嫌いです、あれはいったいどういう音楽なんですか、という言葉や質問を、私はこれまで何度聞かされただろうか。多くの場合、人々は自らを責め、自分には理解する能力がないのだと思ってしまう。またある時は、コンサートのさなかに理解不可能かつしばしば耳ざわりな音楽が聞こえてくると、人はホールに閉じ込められたように感じてパニックに陥りそうになる。こうした現象が百年以上繰り返されてきた
刺激的、破壊的で、人をあざ笑うかような、そして理解不可能な音楽をいつまでも容認していたら、新たなクラシック音楽は他の繁栄を続ける芸術から、どんどん離れていってしまう。私たちはそれを肝に銘じておくべきだ
クラシック音楽が大好きで、演奏会やCDで頻繁に音楽を聴いており、20世紀の作曲家が書いた楽曲もこれまで結構聴いてきた。しかし、自分に「理解力」が欠けているせいか、一部の作曲家の楽曲はどうにも楽しめない。そう思っている音楽ファンは決して少なくないだろう。だが、どうもそれは必ずしも聴く側の問題ではなかったようだ。本書を読むとそう思えてくる。言い方を変えると、本書は、ブーレーズやシュトックハウゼン、ジョン・ケージといった20世紀の「前衛音楽」ないし「実験音楽」の作曲家に喧嘩を売っている本なのである。
また、この本が読者に新たな視点を提供してくれるのは、前衛音楽や実験音楽についてだけではない。たとえばハリウッドの映画音楽。映画『スター・ウォーズ』などの作曲家として知られるジョン・ウィリアムズは、ここ数年、アメリカのメジャー・オーケストラのみならず、ベルリン・フィルやウィーン・フィルといったヨーロッパの一流オーケストラの定期演奏会に登場し、自作を指揮している。名門オケの定期演奏会で映画音楽なんて、と眉をひそめる方もいらっしゃるかもしれない。だが、そうした人々も本書を読めば、少し考えが変わるのではないだろうか。ウィリアムズの先輩であるハリウッドの映画音楽の作曲家は、実はその多くがヨーロッパの伝統ある音楽院で教育を受けており、ナチスのせいでアメリカに亡命してきた人々である、彼らはいわばワーグナー・サウンドの正統な後継者と言えなくもないだろう。しかも、舞台上の動きと音楽をシンクロさせるというワーグナーの楽劇の理想を実現したのは、実はハリウッドで進化した「トーキー映画」だった、という話も出てくる。
著者であるジョン・マウチェリは、彼の最初の著書(『指揮者は何を考えているか』白水社刊)で、現代のオペラ演出についてかなり辛辣なことを書いていたが、今回は、ヨーロッパの前衛音楽やアメリカの実験音楽について、非常に厳しい意見を述べている。さらに、聴衆から支持されない音楽が冷戦期から今に至るまで、西側社会でなぜかくも大量に作られ続けているのか、その事情を2つの世界大戦と冷戦が西側社会に与えた影響とともに、詳しく解説している。
その一方で、著者は、ナチスを逃れてアメリカに亡命してきた作曲家たち、なかでもエーリヒ・ヴォルフガンク・コルンゴルト、パウル・ヒンデミット、アルノルト・シェーンベルク(おもに晩年の調性に回帰した作品)、クルト・ヴァイルといった作曲家たちの作品に対して、愛情のこもったコメントを寄せている。本の最後には付録として、この4人の作曲家の生涯が簡略にまとめられている。
加えて本書には、マウチェリ自身が音楽活動中に耳にした、ピエール・ブーレーズやアンドレ・プレヴィン、クルト・マズアといった有名音楽家たちのびっくりするような発言が紹介されており、こんなにはっきり書いてしまっていいのかと心配になるほどだ。
松村哲哉
【ジョン・マウチェリ著『二十世紀のクラシック音楽を取り戻す 三度の戦争は音楽に何をしたか』(白水社)所収「訳者あとがき」より抜粋紹介】