フランス政府公認ガイドとめぐる! 「オルセー美術館 猫ツアー」 『ふらんす』(白水社)5月号より
記事:白水社
![フランス語学習とフランス語圏文化に関する、日本で唯一の総合月刊誌『ふらんす』(白水社)は、今年創刊100周年! 2025年5月号の特集は「猫のいる風景」。今年度は1年を通して猫が表紙を飾る[写真はロベール・ドアノー]。](http://p.potaufeu.asahi.com/5411-p/picture/29415238/3578a9142ec0b6ffa476e8550ccbd27a.jpg)
記事:白水社
オルセー美術館にようこそ! 本日、ガイドを担当いたします、中村潤爾です。
芸術の中には結構猫が登場するんです。今回のツアーは、オルセー美術館にいる猫ちゃんを皆さんと一緒に探しにいきます。オルセー美術館は、1848年の2月革命から1914年の第一次世界大戦までに作られた芸術作品を所蔵しています。印象派がどのように生まれ、どうなっていったのかという流れを体感できる美術館です。
まずはギュスターヴ・クールベの代表作の一つ《画家のアトリエ》を見てみましょう。
アトリエの中央で、画家クールベが故郷オルナンの風景画を描いています。彼を中心に、右側にいる人たちが彼の友人や擁護者たち。一番右で机に座って本を読んでいるのが詩人のボードレール。左側にいるのは、疲労して、うなだれている悲惨な人々。前景一番左にいる猟師風の男は、皇帝ナポレオン3世です。さて、クールベの後ろには、服を脱いだ女性モデルがいますが、彼の描いている風景画に裸婦は登場していません。当時、女性の裸は理想化しなければいけないというルールがありました。嘘っぱちの裸婦を描くぐらいならば、リアルな風景画の方がましだ。彼の皮肉が表現されているのです。クールベの前では羨望の眼差しで見つめる少年。社会のしがらみにとらわれていない純粋無垢な子供の視線こそ、クールベの求めているものでした。少年の足元をご覧ください。白いアンゴラ猫です! 中世キリスト教文化において、働かせることも、従わせることもできない猫は、怠け者とみなされて批判されました。しかしここでは、人間の思い通りに動かすことができない猫は、クールベの反骨と自由の象徴として描かれ、ナポレオン3世に連れられた、主人に忠実な猟犬と面白いコントラストになっています。
クールベのリアリズムと、古典的な美術史テーマとを合体させて独自の路線を切り開いたのが、エドワード・マネです。彼の代表作の一つ《オランピア》でも、猫が象徴的に登場していますが、この作品は当時大スキャンダルになった作品でした。その理由は、裸の女性が神話に出てくるヴィーナスではなく、19世紀のアパルトマンのベッドに横たわる娼婦として描かれたからです。「オランピア」というタイトルも、娼婦の源氏名だということが当時の人にはすぐにわかりましたし、後ろにいる黒人女中が持っている花束は、客からのプレゼント以外の何物でもありません。いかなる理想化も行われずに生々しい肉体が表現されたことや、娼婦が鑑賞者を「挑戦的に」直視している姿も火に油を注ぐことになりました。しかし、我々を直視しているのは、娼婦だけではありません。画面右端にいる黒猫もまた、我々を見開いた目によって、直視しているのです。歴史の中で黒猫は享楽的な動物として魔性と関連づけられてきました。まさに、この魔性や悪徳が一種の魅力としてここで再評価され、この作品に「ファム・ファタール(男を破滅させる魔性の女)」としての一緒のスパイスを与えています。
新たな芸術の可能性を示したマネの元には、伝統的なアカデミー派の絵画に疑問を抱くドガ、モネ、ルノワール、セザンヌ、ベルト・モリゾなどの若手たちが集まってきます。彼らは自分たちの作品を展示する独自の展覧会を開催し、後にそれは「印象派展」と呼ばれるものになっていきます。この立ち上げメンバーの中の一人、女性画家のベルト・モリゾは、なんとエドワード・マネの弟、ウジェーヌ・マネと結婚しています。上流階級の女性は働かないのが普通でしたが、彼女はそれに逆らって画家として人生を歩みました。彼らの間には、ジュリーという娘が生まれ、長い間友人でもあったルノワールに彼女の肖像画を頼んでいます。その中で、ジュリーは、猫を抱いているのです!
金の模様がついた白いワンピースを着ている9歳のジュリーは、両手で包み込むように猫を抱いています。猫は飼い主の腕のなかで、目を引き伸ばしています。なんて満足そうな顔でしょう! 猫がごろごろと喉を鳴らしている音が聞こえてきそうじゃありませんか! ジュリー・マネは、両親に愛され、両親の友人たちに愛されました。ジュリーの腕に抱かれた猫は、愛されて育ったジュリーの分身のように表現されています。
さて、1880年代後半から、「見えたものをそのまま描く」印象派的な技法だけでは不十分だとする画家が現れます。ゴーギャンです。目に見えるものではなく、内面、理念、思想など、目に見えないものを描くことこそが重要である、というのです。ゴーギャンの元に集まった若者たちは、ヘブライ語で「預言者」の意味である「ナビ」というグループを結成します。そのメンバーの一人が、ピエール・ボナールです。ボナールは動物が好きで、いろんな動物を飼っていました。彼の絵には猫も度々登場します。
とっても可愛い猫ちゃんが、面白いポーズをとっています。引き伸ばされた足に、顔がめり込んだ背中。おそらく猫は驚くことに遭遇し、背中を丸くして肩をすくめたのでしょう。動物好きのボナールは、その瞬間を見逃さなかったようです。猫がやっと収るぐらいのタイトなフレームは猫の印象を高めています。猫の白さは、図式的なつる草に覆われた壁の緑をバックにとても目立っています。ちょろっと生えた雑草を描くにとどめている地面に対し、細かいタッチを重ね合わせて表現した猫の毛並みにはこだわっています。ボナールの動物に対する愛情を感じることができますね。
それでは、ツアーの最後にボナールの《猫と女性》を紹介しましょう。赤い壁の食堂、暖炉の近くに一人の女性がテーブルに座っています。白いクロスがかかったテーブルには、食べ物が載っています。前景には、葡萄、タルト、オレンジ。そして、女性の前には、魚が乗ったお皿。女性は、これから昼食を取ろうとしているのでしょう。しかし、女性の隣に何かがひょっこりと現れましたよ! 白猫です! 前足をゆっくりと上げ、目はしっかり狙いを定めています。そう、魚を盗もうとしているのです! そんな些細な出来事も、ほっこりと幸せを感じる瞬間ですよね。テーブルに座っているのは、ボナールの奥様のマルト。白猫は、表現豊かでマルトよりも目立っています。見ている人をワクワクさせる、絵画の主役になっています。
今回のオルセー猫ツアーは以上になります。いかがでしたか? お気に入りの猫ちゃんは見つかりましたか? それでは、またお会いしましょう! À bientôt !
【雑誌『ふらんす』2025年5月号「猫のいる風景」より、中村潤爾さんの寄稿を紹介:「猫たちのルネサンス 知られざる表象革命の始まり」、「猫と詩人 マラルメ、ボードレール」、「猫と音楽家たち ラヴェル、フォーレ、ドビュッシー、サティ」、「私を試す猫の眼差し 猫と哲学者」、「世界猫バカ文学のススメ」など、続きは本誌で!】
【美術解説】オルセー美術館の歴史と展示作品