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なぜ今、八雲なのか。異文化理解と日本文化の再評価を求めて――池田雅之『小泉八雲』

記事:平凡社

松江時代の小泉八雲
松江時代の小泉八雲

2025年8月7日刊、平凡社新書『小泉八雲――今、日本人に伝えたいこと』(池田雅之著)
2025年8月7日刊、平凡社新書『小泉八雲――今、日本人に伝えたいこと』(池田雅之著)

 戦後80年、昭和100年という節目の年にあたって、小泉八雲の作品と生き方を通じて、今後の日本と世界の平和の在り方を問い直します。

 八雲というと、『怪談』しか思い浮かばない人もいるかと思いますが、私たちは八雲の人生と日本文化観から、本当の日本を取り戻す知恵を学ぶ事が出来るのではないかと考えています。

 本書の意図を紹介させて頂きますので、ご一読下さると嬉しいです。

 ラフカディオ・ハーンこと小泉八雲は、さまざまな意味で評価の立ち遅れた作家です。八雲の地球上の行動範囲の広さとそれにともなう執筆テーマの幅広さと多様さなどが、彼の正当な評価を今日までさまたげてきたように思われます。八雲の五四年の生涯とその文業の厚みを一望の下に見渡すことが、なかなかできかねるのがその一因となっています。またこれまでの翻訳の問題もあったかと思います。

 八雲の文学の全景は、日本の国境を超え出て、今や地球という惑星のうえに花咲いたコスモポリタンの文学的精華と見なすこともできます。また今日的な視点からすれば、深い共感に支えられた異文化体験を丹念に書き留めた類まれな作家として、きわめてフロンティア的な仕事を果たした人物と評価もできるでしょう。

 しかし、ラフカディオ・ハーンは、帰化名を小泉八雲と名乗ったことから、れっきとした日本人であることも忘れてはならないと思います。後年の八雲の主要な作品は、当然のことながら日本を主題にしているにもかかわらず、英語で書かれているせいもあり、日本人作家として認められることがなかなかなかったように思われます。

 八雲という存在は、これまで日本のアカデミズムの国文学にも英文学にも帰属する場がなかったように思われますが、しかし、彼のような日・欧米間の橋渡し(ブリッジ)的存在は、今日のようなポスト資本主義と脱グローバリズムの時代状況においては、きわめて重要な人物として再評価されるべきキーパースンでしょう。

 八雲のクレオール文化や日本文化に注ぐ偏見のない、やわらかでやさしい眼差しは、これからの国際社会での異文化理解のあり方やマイナーといわれている文化に対する新たな視点を作ってゆくうえで、非常に示唆的なものを含んでいると思うのです。八雲の異文化間における橋渡し的な存在感や異文化への視点なども含めて、彼を再評価する道を探っていきたいと思います。

ニューオリンズ時代の小泉八雲
ニューオリンズ時代の小泉八雲

 執筆を終えて、今後の小泉八雲の日本と世界で果たす役割が、新たに見えてきた気がします。私は文化的保守主義者である八雲の存在を、一周遅れのトップランナーとたとえていますが、今まさに彼が夢想していた日本文化の底力を発揮する時代が到来しているのではないか、と思っています。

 フランスの人口学者のエマニュエル・トッドの近著『西洋の敗北』(文藝春秋社)をひもとくと、八雲という存在の今日的な文明史的意味が理解できるように思います。つまり、本書には欧米流の民主主義や自由、リベラリズムの限界と破綻が見えていることが記されているのです。そして「西洋の敗北は、今や確実のものとなっている。しかし、一つの疑問が残る。日本は「敗北する西洋」の一部なのだろうか」と私たちに問いかけています。それであれば、日本はどうすべきか。その対応策が、トッドによって、日本人に突きつけられていると考えてよいでしょう。

 八雲はすでに一五〇年前に欧米社会が陥るであろう文明的限界を体験しており、それが来日の根拠にもなっていたと考えられます。こうした文明的視点からも、八雲という存在とその生き方を捉え直してみたいという思いから、本書を執筆した次第です。

『小泉八雲――今、日本人に伝えたいこと』目次

はじめに――共生きのいのちを生きる
第一章 甦る八雲の現代日本への警告
 第一節 八雲が日本人に伝えたかったこと
 第二節 八雲の自分と出会うための旅
 第三節 八雲が私たち日本人にもたらしたもの
第二章 八雲と漱石の異文化体験から学ぶ
 第一節 八雲の日本と漱石のイギリス――異文化受容とは何か
 第二節 八雲と漱石――響きあう二つの魂のゆくえ
 第三節 八雲・円了・国男の「妖怪不思議」
第三章 欧米人は八雲をどう見てきたか
 第一節 八雲とキングの〈帰属と距離〉による愛のかたち
 第二節 ラスキン主義者八雲とラスキンのロマン主義精神
 第三節 世界のなかの八雲像と国際交流
第四章 八雲の人生と文学の素地をたどる
 第一節 八雲のマルチ・アイデンティティと開かれた魂――ギリシャからの報告
 第二節 生母ローザ・カシマチと『怪談』
 第三節 センセーショナル・ルポライターの誕生――シンシナティ時代の八雲
 第四節 八雲を立ち直らせたクレオール文化の可能性
 第五節『怪談』は妻セツの助力で生まれた
あとがき――日本を取り戻す

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