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服従を拒否する社会――ピエール・クラストル『暴力の考古学――未開社会における戦争』訳者解説より

記事:平凡社

ピエール・クラストル『暴力の考古学――未開社会における戦争』(毬藻充訳、平凡社ライブラリー、2026年1月6日刊)
ピエール・クラストル『暴力の考古学――未開社会における戦争』(毬藻充訳、平凡社ライブラリー、2026年1月6日刊)

なぜ戦争があるのか

 本書『暴力の考古学』は、戦争の本質的機能を直視しない思考の怠惰を批判しながら、未開社会における戦争という現象を他の何かで説明しようとする還元主義の3つの言説を批判し、戦争が未開社会で持つ本質的な政治的機能を明らかにしようとしている。

 この3つの言説とは、戦争という活動を社会・政治的次元を無視して動物的本能的な攻撃衝動に還元する言説、次いで未開社会の経済的貧窮による切迫した食料補給の活動に還元する経済学的言説、そして最後に交換の失敗に還元するレヴィ=ストロース的言説である。

 抽象的にも見える後半の主張も、あるインタビューのなかでの次のような明瞭な発言を媒介すれば、比較的容易にその主張の核心を把握できるのではないだろうか。

戦争の効果とは何でしょう。戦争の効果とは、共同体同士を絶えず分断状態に維持することです。
(中略)じっさい敵とは敵対関係しか持てません。すなわち分離の関係です。この分離の関係、敵対性は高じて実際の戦争になりますが、戦争の効果、戦争状態の効果とは、共同体を分離状態に維持すること、すなわち分割を維持することなのです。戦争の主要な結果は、常時、多を創り出すことです。こうすることによって多の拘束の可能性は存在しなくなるのです。共同体が、戦争という手段によって分離状態にあるかぎり、冷淡さと敵意があるかぎり、各々の共同体はそれによって自給自足状態にあり、そうであり続けるのです。ほとんど自主管理の状態と言ってもいいでしょう。国家は存在しえないのです。未開社会の戦争は、まず一者を阻止することです。一者とはまず統合化です。すなわち国家です(註1)。

 統合化(unification)とは、字義的には、複数のものを唯一無二のものにしてしまうこと、異なるものを寄せ集めて同じものにしてしまうこと、個々ばらばらの多様性を容赦せずに一者に併合することを意味しているが、クラストルによれば、戦争の機能とはまさにこの統合化に抗する遠心力を発揮することにある。

「戦争は、国家なき社会が、国家という統合化機械に抗して打ち立てる主要な障害である」(註2)。未開社会は、多による自主独立のために、多を圧殺する国家、一者に抗して機能する戦争機械である。

 したがって未開社会にとって戦争は不可欠の機能を果たしているのであり、戦争によって、支配する者たちと支配される者たちとの分化が阻止され、共同体同士が相互に分離状態に維持され、これによって共同体は他の共同体に隷属することもなく、自由に、自律的に存在することができるのだ、というわけである。

服従を拒否する社会

 未開社会における戦争の本質的機能は、人口抑制のさまざまな技法と同じく、共同体の規模を抑制しながら、遠心力の力を発揮して共同体を分散させ、それらを分離状態に維持することにあった。

 こうした分断状態、すなわち同盟関係と敵対関係からなる永続的な戦争状態の地図の上で、共同体の各々は自給自足の状態、いわば自主管理の状態を維持し、他の共同体への隷属や屈従的併合を拒否しているのである。

 まさしく未開社会は、この戦争機械がもたらす分散の力によって、誰も支配しなければ誰も隷属しない社会、誰も命令しなければ誰も服従しない社会、誰もが自分のやりたいことをやる社会としての本来の姿を維持していると言えるのだろう。

 そして同時に、この全速力で回転する戦争機械の遠心力は、名誉ある戦士集団の一員として頭皮を求め続ける孤独な男たちを、この共同体から外部へと飛散させ、その回転音の挽歌とともに一人ひとりを死に向かわせているのだろう。

 なぜなら〈一者〉を拒否する社会、多の増殖を求める社会、垂直的な階層秩序を拒否する社会、統合化の権力を拒否する社会、すなわち国家を拒否する社会としての「未開社会は、暴力こそが権力の本質であることを必然的に熟知している」(註3)ので、敵に対して暴力を行使する戦士たちが、その暴力の矛先を共同体に向ける危険性を、頭皮をめぐる死と威光の交換のゲームのなかで、あらかじめ消去してしまっているからである。




(1)ピエール・クラストル『国家をもたぬよう社会は努めてきた――クラストルは語る』酒井隆史訳、洛北出版、2021年、60-62頁(« Entretien avec Pierre Clastres (14 décembre 1974) », L’Anti-Mythes, no. 9, 1975, pp. 11–12)。
(2)ピエール・クラストル『政治人類学研究』原毅彦訳、水声社、2020年、227頁(Pierre Clastres, Recherches d’anthropologie politique, Éd. du Seuil, 1980, p. 209)。
(3)ピエール・クラストル『国家に抗する社会――政治人類学研究』渡辺公三訳、水声社、1987年、226頁。

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