ISBN: 9784000617048
発売⽇: 2025/07/07
サイズ: 3.6×18.8cm/486p
「現代史の起点」 [著]塩川伸明
歴史学では今、現代史と近世史が熱い。前者ではロシア・ウクライナ戦争やガザ問題を契機に再点検が始まっている。後者ではこの10年来、帝国や主権国家の捉え直しがテーマだ。本書はソ連解体の検証から現代史の起点を再考する意欲作。それゆえの波及効果だろうか。関係なさそうな近世史にまで架橋するような威力をもつから驚きだ。
ソ連解体過程の叙述は実に明晰(めいせき)。巷(ちまた)の思い込みに近い俗説――「改革は体制崩壊に行き着く」「旧体制の矛盾から崩壊」――に疑念を呈し、歴史がそのように単純なものでないことを、経済・政治・民族問題・国際関係の膨大な史料から語る。
特に1990年ごろから91年の8月クーデタ直前までの時期に、ソ連を構成する15の共和国別に質の異なる政権が成立し、ソ連の再建が頓挫(とんざ)していく過程の叙述は圧巻。大別すれば、ソ連邦構成共和国はのちの独立主権国家の受け皿に。より下位の自治共和国・自治州では受け皿として不安定。南オセチア、ナゴルノ=カラバフ、チェチェンでは以後、紛争が多発した。
政府と各共和国・各自治州との関係も一様ではなかった。ソ連を主権国家の連合体たる国家連合に改編するのか、自治権をもつ共和国からなる一つの主権国家に再編するのかでも対立。政府は徐々に選択肢が狭められていった。この意味でのソ連解体論は、中央政府の下で諸地域が離合集散を繰り返していたとする近世複合国家論と見事に対話可能となる。
注目すべきは著者独自の現在への展望だ。ソ連解体時の法的手続きの無視やその後の各国内政における杜撰(ずさん)な権力闘争に言及し、資本主義化がリベラル・デモクラシー化を伴うという想定はそもそも幻想だったと指摘。民主化の後退はなにもプーチンに始まるのではなく、ずっと早くに始まっていたと言う。ソ連解体を緻密(ちみつ)に分析した本書だからこそ、その展望は冷徹で説得力に富む。
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しおかわ・のぶあき 1948年生まれ。東京大名誉教授。専門はロシア・旧ソ連諸国近現代政治史。著書に『国家の解体』など。