文系のための科学本ガイド①『はじめての圏論 ブンゲン先生の現代数学入門』(評・読書猿さん)
記事:白揚社
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近年、数学界のみならず情報科学、哲学、社会理論の周辺まで、「圏論」という語が急速に浸透しつつある。書店には専門書のみならず、一般向けの解説書や入門書が並び、ちょっとした「圏論ブーム」が形成されている。
加藤文元『はじめての圏論』(講談社ブルーバックス、2025年)は、そうした中に投じられた一冊であり、これまでこのブームを遠巻きに見ていた人たちにも、この世界への扉を開く一書である。
圏論が注目を集める理由はいくつかある。
私たちは長らく「モノ」に注目してきた。例えば「ものづくり」で外貨を稼ぎ、高価なもの(商品)で豊かさを実感した。こうして20世紀の科学や産業が「モノ」に依拠してきたのに対し、21世紀の社会は「つながり」、ネットワークや相互依存が富の源泉となることをまざまざと見せつけてきた。「ものの性質よりも、もの同士の連結の仕方が価値を生む」ことがますます当たり前になっていく、そんな社会に我々はいる。SNS、サプライチェーン、データベース、API(アプリケーション同士をつなぐインターフェース)、さらには学問領域の越境までもが「つながりの設計」に取り組まなくてはならない時代に移行している。
しかし我々は、眼の前にある「モノ」を見ること触れることには慣れているが、「つながり」そのものを扱うのは不慣れだ。そのための道具が、そして考え方が求められている。
圏論はまさにそのためのものである。「つながり」を扱い、その「合成可能性(compositionality)」を扱う理論体系として、技術・思想の双方から求められる存在となったのだ。
『はじめての圏論』の特筆すべき点は、この「関係中心の思考」を、数式よりも比喩と言葉で描き出した点にある。著者はまず、「世界をモノの集合として見るのではなく、モノとモノのあいだを結ぶ矢印として見る」ことに読者を導く。ここで言う矢印(射)は、作用・対応・写像といった動詞的概念であり、世界の構造を記述する最小単位である。著者はハンバーグ定食や会社の組織図といった身近な例を用いて、合成(fの後にgを行う)と恒等(何もしない操作)という二つの基本原理を説明する。これが「圏」の基礎であり、すべての数学的世界がこの枠に包摂されることを、読者は直観的に理解できるようになっている。
中盤では、圏と圏をつなぐ写像である「関手(Functor)」が登場する。関手とは、異なる世界の間において構造を保存して写す、ある種の「翻訳装置」である。著者は、単なる類似(似ていること)ではなく「どの性質を保ち、何を省くか」という保存契約を明示することの重要性を強調する。ここに、圏論的発想の核心がある。
この「翻訳」という比喩を、あえて社会一般にまで広げてみよう。現代社会が直面する課題――言語間の翻訳、制度移植、データ統合、AIのモデル変換――はいずれもただ「似せる」ことではなく、特定の性質や側面を「保存して写す」ことを求めている。圏論はその「保存して写す」ことを形式的に言語化する枠組みである。
後半で扱われる「自然変換(Natural Transformation)」は、二つの関手、すなわち二つの翻訳方法の間の「自然な対応」を定義する概念である。著者はこれを「手続きの誠実さ」と呼ぶ。ある処理を異なる経路で行っても結果が一致する――この“可換図式”の思想は、科学における再現性、制度における公平性、言語翻訳や教育といった日常的実践における一貫性――それが社会的信頼の根拠となる点と通じている。自然変換とは、方法が違っても「同じである」ことを保証する形式であり、この「同じである」ことを厳密に扱うために圏論は誕生したのである。
このように見ると、『はじめての圏論』は、単なる数学の一部門を扱った入門書にとどまらず、「現代文明のメタ理論」を一般読者に開いた書であるとも位置づけられる。著者は圏論を「現代の思考言語」として提示し、世界を「関係の網」として捉え直す訓練を促す。とくに、「最大公約数をとる」という日常的な比喩を用いて「普遍性(universal property)」を説明する部分は秀逸である。普遍性とは、最小の仮定で最大の一般性を得る構成であり、学問・政治・工学すべてに通じる設計思想である。この「翻訳」は、抽象と具体、数学と社会の橋渡しとして極めて優れている。
圏論ブームを招いた社会的意味を踏まえれば、本書の価値はさらに明瞭になる。現代の世界は、分断された知識体系を「どう繋ぎ直すか」という課題に直面している。圏論は、知の統合を“上位の抽象”ではなく、“構造保存の翻訳”として可能にする。こうした発想を市民レベルにまで開いたという点で、『はじめての圏論』は時代の必然に応えた書であるといえよう。
本書は、圏論ブームの表層に乗った啓蒙書ではなく、むしろブームを支えている思想的基盤そのものを可視化した書である。読む者は、数式以上に「世界をどう写すか」「何を保つか」という構造的思考に触れることになる。そしてこの思考の課題は、文系・理系の別を問わない。