これも科学? 普段の景色が違って見えてくる科学本を紹介
「科学道100冊」は、中高生をメインターゲットに、科学者の生き方や科学のおもしろさを伝える本のブックリストである。日本で唯一の自然科学の研究機関「理化学研究所」と、選書や本棚空間プロデュースなどを手掛ける「編集工学研究所」の共同事業として、2017年から始まった。毎年選ばれる100冊の中で、50冊は「科学道クラシックス」というオールタイムベストの科学本、残りの50冊はそのときの旬なトピックスの本が選ばれる。今回、編集工学研究所でチーフエディターを務める仁禮洋子さんに、科学に苦手意識を持つ子どもも大人も一緒におもしろがれるような本を紹介してくださいとお願いすると、その中から下記の5冊を挙げてくれた。このラインアップを見て、「これが科学の本?」と思う方も多いのではないだろうか。
- 『りんごかもしれない』(著:ヨシタケシンスケ 出版社:ブロンズ新社)
「目の前にあるのは、リンゴ……かもしれないし、そうじゃないかもしれない」と空想をどんどん膨らましていく絵本です。もしかしたら逆側はみかんかもしれないし、中身はメカかもしれない、とリンゴひとつで際限なく遊べるんです。ふとした疑問を持つこと、これが科学の始まり。何事にも「かもしれない」とものの見方を緩めることが、探究に繋がっていくのだと思います。親子で想像力のストレッチをするにもぴったりです。
- 『寿命図鑑 生き物から宇宙まで万物の寿命をあつめた図鑑』(絵:やまぐちかおり 編著:いろは出版 出版社:いろは出版)
生き物から機械、天体まで324個の寿命を集めたおもしろ図鑑。「チョウチンアンコウの寿命は1週間、でも牡蠣は20年」「人体では、赤血球は120日、骨は3年(新陳代謝するから)、歯は60年」など、トリビアが詰まっていて、親子でアレコレ言いながら読むと盛り上がりそう。時間軸で比較することで、普段見えてない側面にも気付きます。一見科学本らしからぬ佇まいですが、「ものごとを観察して測量する」という、科学の方法が貫かれた本です。
- 『賢治と鉱物』(著:加藤碵一+青木正博 出版社:工作舎)
宮沢賢治は幼い頃から「石っこ賢さん」とよばれるほどの鉱石好き。この本では、賢治の文学作品に登場する鉱物を、美しい写真と詩を織り交ぜながら紹介しています。『春と修羅』では「ななめに琥珀の陽も射して…」と日光の暖かみを琥珀で表現したり、『銀河鉄道の夜』では「ルビーよりも赤くすきとおほり(略)その火は燃えるている」と炎とルビーを対比したり。文学と科学を結んでいる本として魅力的ですし、賢治の目を借りれば、身近にある自然がグンと鮮やかに感じられるはずです。
- 『行動経済学まんが ヘンテコノミクス』(著:佐藤雅彦・菅俊一 画:高橋秀明 出版社:マガジンハウス)
漫画で楽しく学べる行動経済学の入門書。理化学研究所の脳科学の先生が、ご自身の研究にも近いということでお薦めしてくれました。人間は合理的な判断をしてるように見えて、そうじゃない。仲間の判断があきらかに間違っていてもつい同調してしまったり、なぜか高価な方を買ってしまったりする。身に覚えのある「ヘンテコ」な行動と、脳科学をつなげて考えると、自分の日常が研究対象になって、俄然おもしろく感じられます。
- 『昭和ちびっこ未来画報 ぼくらの21世紀』(著:初見健一 出版社:青幻舎)
1950~70年代に人気を博したレトロでダサかっこいい未来予想画集。足から炎を噴射して「人間ロケットで野球場までひとっ飛び!」とか、「海底農場で食料不足も怖くない!」とか、突っ込みどころ満載で思わず吹き出しちゃうんですが、こういうSF的なぶっとんだ想像力が科学を進歩させ、未来を切り拓くと思うんです。なかには「病原菌と対決する脅威のマイクロロボット」などの、ほぼ実現しているものも。日々の生活の中では視野が狭くなりがちですが、冗談半分・本気半分の状態で、遠くの未来を想像する大事さを感じて選びました。
勉強の「科学」とは違う、自分の扉を開けてくれる「科学」
上記で紹介してくれた5冊は、科学に縁遠い大人でも読んでみたいと思えるような本。こういう好奇心の第一歩を作ってくれる作品と子ども時代から出会えていればと思う人も少なくない。「科学道100冊」は全国約500箇所の学校図書館や公共図書館で取り入れられていて、科学に苦手意識のある子にとっては「これも科学なのか」と、距離を縮めるきっかけになっているそうだ。中学・高校で「理科総合」や「探究型の授業」の題材として使われたり、自由研究のネタとして活用されている。普段、漫画は図書館には入れにくいという学校司書さんから、『はたらく細胞』(講談社)や『Dr.STONE』(集英社)といった科学漫画が「科学道100冊」に選ばれていることで、購入できて嬉しいと喜ばれている。
編集工学研究所では、学校の授業でも取り入れやすいように、『科学道100冊 クエストリーディングノート』というノートを制作した。自分が興味のある3冊を選んで組み合わせたり、オノマトペで本の紹介カードを作るなど、本から発展して自分の興味関心を深められるような内容だ。
選書にもかなり時間をかけている。まずは理化学研究所の研究者たちに、「中高生におすすめしたい本」のアンケートを取る。しかし、研究者の視点だけで選ぶと専門的になりすぎる可能性があるので、編集工学研究所ではできるだけ分野の周辺に興味をのばしていくことや、「モノ」として魅力がある本かどうかを意識して選んでいる。科学でもちょっとエンタメっぽいもの、アートっぽいもの、生活の中にありそうなものとの懸け橋になりそうな本を提案し、最終的に理化学研究所と編集工学研究所でバランスを調整しながら決定する。
また仁禮さんたち編集工学研究所では、毎月更新の一畳型ライブラリー「ほんのれん」という新サービスを立ち上げたばかりだ(丸善雄松堂との共同事業)。思考を支える足場となるリベラルアーツ100冊に加え、毎月問いに合わせて選んだ5冊をお届けし、本を通して人が繋がる場を創出している。『「働く」ってなんだ?』『「場」にはどんな力がある?』など、ひとつの問いに対して複数人で対話をすることで、自分にはない発想を得たり、チームが変化することを後押ししてくれる。さっそく複数の企業のオフィスや地域のコミュニティスペースに導入された。
仁禮さんは「科学道100冊」でも「ほんのれん」でも、「本を読むことがゴールではない」と言う。「本をきっかけにして、未知への扉を開いてほしいなと思います。本は、自分の価値観を揺さぶったり、思考エンジンを起動するための道具。本に書いてあることが正解で、それを学ばなければいけないのではなくて、なんだかおもしろいと感じた、自分のワクワクのほうを大事にしてほしいんです。本を介して、みんなで話し合うことが、自分の視点を広げるきっかけになるのではと思っています」。