アニエス・ヴァルダに学んだフェミニズムへの思い 「本と喫茶 サッフォー」店主、編集者・山田亜紀子 (編集者リレーエッセイ第13回)
記事:じんぶん堂企画室
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編集者になる前は書店員だった。都内にあった子どもと女性の本の専門店で、フェミニズムを軸とした書籍売り場を担当していた。私が住むつくば市の本屋は、ショッピングセンターにある大型チェーンが主流で、店舗によっては人文書の棚が非常に少なく、フェミニズムの関連書も充実しているとは言えない。地元で専門店をつくってみたいとぼんやり思っていたが、当時はフェミニズム関連書の動きが良いとは言えず、利益も少ない書店を営むことは不可能だと決めつけていた。
その後、縁あって現代書館の編集者になった。障害者運動をはじめ、人権や反差別の書籍を刊行し続けている版元だったため、フェミニズムやジェンダーの企画は通りやすく、2019年にフェミニズム雑誌『シモーヌ』を創刊した。その前後から、フェミニズム関連書の刊行がどんどん増え、メディアでもジェンダー平等などの記事が多く取り上げられるようになった。そんな潮流のなか、地元での専門店開業のイメージが自分の中で再びふくらみ始め、2023年6月にブックカフェ「サッフォー」を開業した。フリーとして編集業も並行していたが、2025年の夏にはひとり版元も始め、2023年6月のVol.8が最後となっていた『シモーヌ』をサッフォーからリニューアル刊行した。
人文書の編集者というより、フェミニスト編集者として本をつくっている。
私がフェミニストになったきっかけは映画作家のアニエス・ヴァルダだ。彼女の作品に出会っていなかったら、私は絶対に今のような生き方をしていなかったと思う。ヴァルダは長年の仕事において3つの言葉が重要だったと言う。「ひらめき」「創造」「共有」。1954年から2018年まで映画を作り続けてきた彼女の豊かなキャリアに自分ごとを重ねて恐縮だが、ヴァルダのキーワードに沿って、私が2019年から編んできた『シモーヌ』のこれまでを振り返ってみたい。
ヴァルダにとっての「ひらめき(inspiration)」は映画を作る理由となる。
1985年の『冬の旅』で、若い女性のホームレスという社会で周縁化された存在を主人公にすることで、ヴァルダはまったく新しい女性像を見せた。作品には法を嫌って生きる主人公の原動力である「怒り」が込められている。私が本を作る原動力も「怒り」だ。
2019年に古巣の現代書館でフェミニズム入門ブック『シモーヌ』を創刊した。Vol.8まで刊行したが、もっとも怒りを込めたのはVol.7の〈生と性:共存するフェミニズム〉(2022年)だと思う。
旧優生保護法を違憲とした高裁判決に対する国の上告、コロナ禍における持続化給付金制度における性風俗事業者の除外、経口中絶薬の不認可、右派や一部のフェミニストによるトランスジェンダー排除など、生に線引きをし、性をコントロールする国や制度に対する怒りをまとめた。
現在、高市政権が「買春処罰」を目論んでいる。貧困問題が解決されぬまま導入すれば、セックスワーカーはより危険な状況に追いやられ、ますます周縁化されるだろう。私は買春処罰を歓迎している社会にも怒っている。
「創造(creation)」はどんな手段や構造で製作をするのか、ヴァルダの「仕事」にまつわる部分だ。
1976年の『歌う女・歌わない女』はフランスのウーマンリブ時代を生きたふたりのフェミニストを描いている。1960年代後半から70年代にかけて起こった中絶権利運動の史実をベースとしたフィクションだ。ヴァルダは歴史の証言者として、劇中歌をつくった。当時のメッセージを伝わりやすくするための手段だ。
当時、レイプによる妊娠で中絶した未成年者が中絶禁止法を犯した罪に問われた事件(ボビニー裁判)があったが、映画では裁判所前でのフェミニストらの抗議運動がヴァルダのつくった歌とともに再現された。「あたしのからだはあたしのもの/あたしだけが知っているの/この地上に産みたいか 産みたくないか/子供を産むも 産まないも/あたしの自由よ」(アニエス・ヴァルダ『歌う女・歌わない女』山崎剛太郎訳、KKベストセラーズ、1978年)。この歌は生殖にかんする自己決定を肯定してくれるメッセージとして今も多くの人を励ましてくれるだろう。同時に、少子化対策や官製婚活など、50年経っても生殖に介入する政策によってリプロダクティブ・ヘルス/ライツが侵害され続けていることに気付かされ、また怒りの感情がわいてくる。
私はフェミニズムにおいて過去の文脈を知ることがとても重要だと思っている。
『シモーヌ』のVol.5の〈「私」と日記〉特集では研究者や翻訳者による日記の解説やエッセイと一緒に、ジョルジュ・サンドや花魁の日記、『青鞜』に掲載されていた伊達虫子(岡田八千代)の詩などを組み込んだ。Vol.7の〈生と性〉特集では、1980年代の旧優生保護法改悪阻止運動をめぐって緊張関係が生まれた障害者運動と女性運動に関わっていた人たちによる当時の文章を障害者文化論の荒井裕樹さんの解説付きで再録した。
当時の背景を知ることで、文学作品の味わい方、社会運動の見え方、かかわり方も変わってくるはずだ。時代性を特集にどう組み込むか、それが私にとっての「創造」の部分だと思う。
ヴァルダは『歌う女・歌わない女』を通して共闘するよろこびを伝えたかったと言う。私も共闘するよろこびを本づくりで伝えていきたい。
ヴァルダは作品を独り占めせず、観客と共有することを意識して創作活動をしていた。
代表作として『冬の旅』や『5時から7時までのクレオ』などのフィクションがよく挙げられるが、ドキュメンタリーも多く手がけている。
フランスが5月の騒乱で揺れていた1968年、ヴァルダはアメリカで黒人解放運動のブラックパンサー党の活動を記録していた。フェミニストであるヴァルダは人間としての尊厳に関わる問題をドキュメンタリーによって共有してくれた。
ブラックパンサー党にはフェミニズムにおいて重要な存在であるアンジェラ・デイヴィスがいた。2021年に浅沼優子さんの翻訳で出版された『アンジェラ・デイヴィスの教え 自由とはたゆみなき闘い』(河出書房新社)には、「インターセクショナリティ」「アボリショニズム」など、現在のフェミニズムにおいて重要な概念に触れることができる。
「ホモフォビアやトランスフォビア、投獄という刑罰や障害者を幽閉するような施設が、本当に歴史的遺物と呼べるような世界。そして誰もが環境とそこに生きる生き物、人間もそうでないものも含めたすべての生き物を尊重する方法を学び、共生する世界を目指して」
2025年夏にリニューアル刊行した『シモーヌ』はフェミニズムからも周縁化されているセックスワーカーにかんする記事に多くのページを割くことにした。2025年夏号では〈フェミニストが知っておきたいセックスワーカー運動〉特集を組み、現在のセックスワーク運動にまつわる情報とともに、売春防止法が法制化された当時の従業婦の手記、台湾における公娼制廃止において女工團結生産線&台北市公娼自救會が1998年にまとめたQ&Aなども資料として収録した。「買う男性」「買われる女性(=被害者)」という単純化された二元的な視点によって覆い隠されてしまうセックスワーカーの多様な声をもっと共有し、アンジェラ・デイヴィスの教えを手がかりに、共生するフェミニズムを目指したい。
先に挙げた『歌う女・歌わない女』にはさまざまな歌が登場するが、ボーヴォワールに触れた歌詞もある。哲学者のシモーヌ・ド・ボーヴォワールが起草した中絶の合法化を求める女性たちの署名運動「343人のマニフェスト」に、もちろんヴァルダも名を連ねている。映画を見た当時、フランスには1970年代まで中絶禁止法があったことに驚いた。それをきっかけに、日本の中絶ついて調べたところ、刑法に堕胎罪があると知り、自分の身体にまつわる法律に関心がなかったことを密かに恥じた。さらに日本には旧優生保護法によって多くの障害者が強制不妊化の被害を受けていたことも知った。ヴァルダに出会っていなかったら、私は堕胎罪も強制不妊化の被害も知らないまま生きていたかもしれない。
2025年に「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者等に対する補償金等の支給等に関する法律」が施行されたが、法制化を知らない被害者にも情報が届くことを願っている。
ヴァルダの映画でボーヴォワールの存在を知った私が初めて読んだフェミニズムの理論書は『第二の性』となった。当時フランス語を学んでいたこともあり、駿河台出版社から発行されていた原文の序文のみがブックレットになったものを手にとった。木村信子さんによる豊富なnotesは洗練されていて、かつ哲学に親しんでいない読者に理解を促してくれる。当時編集者になると思っていなかったが、木村さんの注は自分の注釈の編集に影響していると思う。ブックレットの解説で、新潮社から1953年に刊行された日本語版は原書の構成が大幅に組みかえられていたため、木村さんや棚沢直子さんらが読み直し作業を進め、1997年に『決定版 第二の性』(同じく新潮社)として出版されたことを知った。後に編集者となり、『第二の性』がフランスで発表された70年後、木村さん、棚沢さんの協力を得て、『シモーヌ』の創刊号でボーヴォワール特集を組めたことは、編集者として宝物のような経験だ。
つい最近、ある女性センターで勤務していた方から(現在は退職)、上司が『エトセトラ』と『シモーヌ』を絶対におかないという方針だったことを教えてくれました。夫婦別姓や「慰安婦」問題などについての記事があることが理由だったようです。女性センターが検閲をしてバックラッシュに加担している事実に驚き、腹が立ちましたが、一方で体制側を刺激するメディアになっていることに、少しうれしさも感じています。そのセンターで、一緒に排除されている『エトセトラ』を2019年に創刊し、フェミニスト出版社として「エトセトラ(その他)」とされてきた無限の声を届けるために、編集と社会運動に並行して取り組んでいる松尾亜紀子さんにバトンをお渡しします。
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