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サッフォー(茨城) 元編集者が地元に欲しかった「マイノリティが安心して過ごせる場」

 この連載を始めて3年経ったが、これまでは本屋の知り合いを訪ねたり、訪ねて知り合いになったりする本屋ばかりだった。しかし茨城県つくば市にあるサッフォーは、元々のリアル友人が2023年6月にオープンさせた本屋だ。これはお祝いも兼ねて、足を運ばないわけにはいかない。

 何年かぶりにつくばエクスプレスに乗り込み、終点のつくば駅に降り立った。うーん、もうずいぶん前に筑波大学を取材して以来だな……。改札を出てキョロキョロしていると、友人の山田亜紀子さんが迎えに来てくれていた。ずっとボブヘアだったのにショートになっていて、なんだか新鮮だ。

看板猫の「サッフォー」は、イラストレーターの江戸川ずるこさんによるもの。

 つくば駅からは歩くと1.5キロほどあるというので、山田さんの車で店まで向かう。ドでかいカラオケ店と住宅に挟まれた集合ビルの奥に、サッフォーがあった。

 「昨年秋までバーだったところを、居抜きで借りていて」

 中にはいるとまずバーカウンターと、ソファ&テーブルがあった。書棚も黒を基調としていて、なかなか落ち着く感じがする。最初は元カレー屋だった別の場所を候補にしていたが、今の場所を内見して「来店客と交流しやすそう」と思ったので、こちらに決めたそうだ。まずはメニューにあった文旦ピールと紅茶のパウンドケーキ&ルイボスティーを頼んで、久しぶりのご挨拶。カウンター越しに向き合うのは、これが初めてだ。

サッフォーの店主となった、山田亜紀子さん。

「社会に声を上げたくて」

 つくば市出身の山田さんは、つくば市内の短大を卒業した後、地元で音楽関係の会社に就職した。営業や経理を担当していたが、8年勤めて神楽坂にあったホテルに転職。今はなきその場所は、フランスのプチホテルを彷彿させるたたずまいで知られていた。

 「高校生の時にアニエス・ヴァルダの映画を見て、ヴァルダのファンになったんです。 彼女の作品を通してシモーヌ・ド・ボーヴォワールやフェミニズムに興味を持ち、フランスの文化をしっかり学びたいなと思って。社会人になってから週に1日、つくばから日仏学院に通っていたんですけど、東京に住めばもっと通えるなと。今から20年ほど前の話ですが、その当時は東京にあってつくばにないものも多かったから、まずは東京に住もうと思って。日仏学院のすぐ近くにあったホテルなら、学校にも行きやすいかなと」

 ここでも約8年間働いていたが、より自分の知りたいことに近い場所で、仕事をしたいと思うようになった。そんな折に起きた東日本大震災。福島第一原子力発電所の事故を機に、反原発など社会運動が盛り上がる中で、脱原発やフェミニズムの本を扱うショップ&レストランを営む会社の求人が目に入った。ショップで書籍の販売を担当して6年目の2017年、取引があった出版社の現代書館から、「編集者をやってみない?」と声をかけられた。

 「それまで編集は未経験だったから、自分にできるのか不安はありました。でも本を作ることで、社会に対して声をあげていきたいと思ったので、思い切って飛び込みました」

入口すぐの場所に、本が並んでいる。

マイノリティがリアルにつながれる場を

 そういえば山田さんの「これまで」って、実は聞いたことがなかったなあ……。そんなことを考えつつ耳を傾けていると、「あれが最初に手掛けたフェミニズム本」だと、書棚にある本を指した。ショパンの元恋人として知られるフェミニストで作家の、ジョルジュ・サンドをテーマにした『ジョルジュ・サンド 愛の食卓――19世紀ロマン派作家の軌跡』(アトランさやか/現代書館)だった。

 この頃はまだ「フェミニズムを意識しつつも、ショップでの経験から前面に押し出すのは少し気後れする。そんな控えめなスタンスだった」と語ったが、刊行とほぼ同じタイミングで、日本でも#MeToo運動が盛り上がりを見せるようになった。翌年から山田さんは、フェミニズムブック「シモーヌ」を手掛けるようになる。名前の由来は当然、ボーヴォワールのファーストネームだ。

山田さんが編集した本(写真中央)も、そっと置かれている。

 「ショップで働いていた頃は、#MeToo以前だったので今ほどフェミニズムをテーマにした一般書はなかったし、学術書はなかなか手に取られにくい。まずはフェミニズムを知って、学んでいく入り口にしよう。学術とアクティヴィズムがよりつながりやすくなる、橋渡しのような雑誌にしよう。そんな気持ちで今までに8冊『シモーヌ』を作りました」

 未経験から編集長となり、望んだフェミニズムの雑誌も作れるようになった。なのになぜ、独立を決めたのだろう?

 「フェミニズムが盛り上がるにつれて、セクシャル・マイノリティをはじめ多くのマイノリティに対する差別的な書き込みがネットに蔓延するようになって。とくにセクシャル・マイノリティは周りにカミングアウトできずに、SNSが居場所となっている人も多いのに、安心していることができない。さらにコロナ禍に見舞われて、より孤立しやすい状況になっていた。だったら、マイノリティがリアルにつながれる場所が必要なんじゃないかなって」

 「大都市にはジェンダー関係が手厚い本屋が多いけれど、つくばに戻ってくるとほとんどないのも気になっていて。街の大型書店は発行部数が多く売れている作品がメインで、文芸誌コーナーにはヘイト雑誌が積まれていることもある。そこに抗いたい気持ちで、地元に本屋を作ろうって思ったんです」

入口扉は、車椅子利用のお客さんも入れるよう両側が開くタイプになっている。

障がい者福祉もテーマに

 最初に決めたのは、車いすでも入りやすいように1階にすること。元バーの居抜きながらも市の合理的配慮の補助金を活用して、トイレスペースなどの段差をなくすようにリフォームもしている。店の扉も透明のものに替え、以前より広くしたそうだ。

 現在の在庫は約1000冊。フェミニズムとジェンダー関係が多いが、障がい者福祉や反ヘイトをテーマにしたものも並んでいる。サッフォーの隣に入居している「えんすい舎」という印刷所は、障害者就労支援事業としても機能している。えんすい舎を運営する千年一日珈琲焙煎所は、その名の通り別の場所でコーヒー焙煎所とカフェも営んでいて、サッフォーはここの豆を使っている。

 置きたい本と出したいコーヒーと、地元の事業所が見事にリンクしているとは。私にとって大学は縁遠く、万博ははるか昔なつくばだったが、とたんに魅力的に思えてきた。せっかくなので、コーヒーもオーダーしてひと息つこう。

 初めて来たのに、なんだかすっかり馴染みの喫茶店にいるような気持ちになり、聞きたいことだけでなく、聞いて欲しいことも存分にぶつけてしまう。こんな感じで話ができる場所が、家の近くにあったらいいのになあ。

作業しやすそうなソファとテーブル。座席チャージは何時間いても無料。

 「サッフォーは長居歓迎なので、多目的に使って欲しいなと。14時に来て22時までいたお客さんもいて。マイノリティの人が安心して過ごせる、セファースペースにしたいと思ってます。たとえば地元に仲間がいなくて東京は遠い。でもつくばなら来られる人もいるかもしれない。だったらまずはお茶を飲みに来て、ここでゆっくりしていって欲しい。それで、もし良ければ一緒に話をしましょうって思ってるんです」

 8月にはクイアを、9月にはジェンダーと広告をテーマにしたイベントを開催した。このテの催しは大都市なら珍しくないけれど、地方では2023年になってもあまりお目にかかれない。北関東育ちの私には、サッフォーがいかにチャレンジしているかがよくわかる。

 地元には文化がないと嘆く前に、自分で築いてしまう。地元群馬の「REBEL BOOKS」荻原貴男さんにも通じるマインドを感じ、我が友人ながらリスペクトしたくなる。

 ところで、なんでサッフォーなの?

ザ・昭和レトロなコースターは、自宅にあったものだそう。

 「作家のヴァージニア・ウルフが飼っていた猫の名前なんだけど、もともとは古代ギリシャの女性詩人の名前で。サッフォーは同性愛者だったとも言われていて、レズビアンという言葉は、故郷のレスボス島が語源という説があるんです」

 そうだったのか! 初めて知った!

 「それだけじゃなくて、良い街には大抵猫がいるでしょう。だから、サッフォーがいいなと思って」

 確かに「ひるねこBOOKS」がある谷中をはじめ、猫がいる街は人間にとっても心地いい。秋葉原から45分のつくばも、そんな場所になっていくだろうか。今はまだわからないけれど、誰かのための場所を自ら拓いていく人がいるのだから、きっとステキな空気に包まれていくに違いない。

 ちょっと離れてはいるけれど、共通の仲間も連れてまた来よう。新たなステージで奮闘する友人にエールを送りながら、今回はこれにて失礼。

山田さんが選ぶ、自分以外の「誰か」を知るための3冊

●「シモーヌ VOL.7」特集:生と性 共存するフェミニズム(現代書館)
優生思想を軸に、性と生殖にかかわる排除・抑圧・対立の歴史をふりかえりながら、ともに生きるフェミニズムを考えるために編みました。生命の選別はそこかしこに存在しています。

●『Passion:ケアという「しごと」』白崎朝子(現代書館)
 ケアはどこにでもあるのに、生産性を重視する資本主義システムによってケアが貶められている社会。福祉現場で蔓延する暴力への考察など、ケアワーカーである著者の視点がケアを民主的に考えるための手がかりとなります。

●『トランスジェンダー問題:議論は正義のために』ショーン・フェイ、高井ゆと里、清水晶子(明石書店)
第3章「階級闘争」における、企業やブランドが「ダイバーシティ」に取り組んでも、最も脆弱な状況にあるトランスジェンダーの幸福が保障されるわけではないという指摘は、障害者がおかれている状況とも重なります。おためごかしの「多様性」に陥らないために、トランスジェンダーがおかれている環境がさまざまであることを理解しておきたい。

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