教科書が伝える「もう一つの日本の歴史」――南洋群島の統治と太平洋戦争の記憶から考える
記事:明石書店
記事:明石書店
毎年、夏になると、日本では戦争の記憶をめぐる多くの報道や番組が放送される。戦後80年が経過した現在でも、そうした機会がなくなることはなく、実体験の語り手が急速に減少していく中で、むしろ積極的に記録し、後世に残していこうとする姿勢さえ見受けられる。しかし、その「記憶」は、一部の視点に偏ることなく、広く多様なかたちで語り継がれ、歴史的にも記録されようとしているだろうか。
本書『教科書が伝える日本統治と戦争の記憶』は、こうした問いから出発している。というのも、植民地支配や第2次世界大戦をめぐる日本の記憶は、しばしば東アジアを中心に、部分的に東南アジアなどを加えた「アジア地域」に着目して語られてきた。一方で、かつて日本の委任統治下に置かれたミクロネシア地域や、太平洋戦争の激戦地となったパプアニューギニアにおける日本の支配と戦争の記憶が注目されることは少なく、日本国内の歴史教育ではあまり取り扱われてこなかった。
本書が着目するのは、まさにその歴史教育での「周縁」に置かれてきた地域である。戦争の記憶が個人的体験として語られることが難しくなりつつある現在、歴史をいかに次世代へ伝えていくのか。その重要な媒介の一つとなるのが、学校教育、そして教科書である。教科書は単なる知識の集積ではなく、各国・地域が何を「記憶として残すのか」を制度的に選び取った、公的な記録媒体でもある。本書は、教科書という「窓」を通して、現地で日本統治と戦争の記憶がどのように語り継がれているのかを明らかにしようとする試みである。
ミクロネシア地域について語られる際、日本ではしばしば「親日的」という言葉が用いられる。確かに、現地では、今日なお日本語由来の言葉が使われていたり、当時の建物や遺構が語り継がれていたり、あるいは日本的な名前を名乗る人々に出会ったりもする。しかし、それは日本の統治や戦争が肯定的にのみ記憶されていることを意味するわけではない。
本書で扱う北マリアナ諸島、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島、パラオ、パプアニューギニアの歴史教科書は、いずれも自分たちの国や地域の歴史教育のために作成されたものであるが、とくに大きな影響を受けた日本統治期や太平洋戦争期には相応の紙幅を割いて詳述している。そこでは、日本による支配の負の側面や戦争動員の記憶が描かれているのは言うまでもないが、他方で、個々の地域や文脈によっては、近代化していく社会と人々の生活や、戦時下にあっても一部の日本人との間で築かれた協働関係を回想する記述などもみられる。
さらに、そうした記憶は、対象地域の中で、あるいは各国内や各社会の中でも、決して一枚岩ではなく、複層的で、ときに相反する記憶としても存在している。本書は、こうした多様な語りを、「加害―被害」や「親日―反日」といったような、単純な二項対立に落とし込むのではなく、「どのように教えられているのか」、「どのような語りが選ばれているのか」という視点から読み解くように試みた。
本書の特徴の一つは、単一の国家や地域の研究にとどまらず、太平洋諸島地域の複数の国・地域を横断的に比較している点にある。各章では、それぞれの国・地域における教育制度、カリキュラム、指定教科書の構成を整理したうえで、日本統治期および戦争期の主な記述内容を分析している。さらに、教科書の執筆者や参考文献、写真や図版の使われ方にも注目し、記憶の描写がどのように形づくられているのかを検討している。
加えて、本書では現地の教育関係者へのインタビュー調査も行い、教科書が実際にどのように使われ、どのように受け止められているのかについても検討した。その一部は、各章末のコラムとして紹介されており、分析に具体的な厚みを加えている。
比較の視点から浮かび上がるのは、日本統治と戦争の記憶が、現在の国際情勢や社会状況、教育政策とも密接に関わりながら再構成されているという事実である。記憶は固定されたものではなく、時代に応じた問い直しの中で更新されてもいく。本書は、その動的なプロセスの一端を可視化しようと努めている。
また、本書は、ミクロネシアやパプアニューギニアなど太平洋諸島の歴史教育を扱った研究書であると同時に、日本の歴史教育への問いかけでもある。
日本と深く関わる歴史でありながら、日本の教科書ではほとんど扱われてこなかったこれらの地域に残る経験は、なぜ周縁化されてしまったのか。その忘却の背後には、話題性と記憶の選択、語られやすい歴史と語られにくい歴史の不均衡などが存在している。
本書が紹介する「もう一つの日本の歴史」は、日本にとっての帝国主義と戦争の歴史の一端を回顧するためだけのものではない。むしろ、将来の国際交流を思考していくために、日本がどのようにアジア太平洋地域と関わってきたのかを、より多角的に理解するための視座を提供するものである。
他者の教科書に描かれた日本の姿に目を向けることは、日本自身の歴史認識を相対化し、問い直す契機ともなるだろう。
目まぐるしく国際情勢が変化する中、戦後80年が経過し、一次的な戦争体験が急速に失われつつある現在、歴史教育の果たす役割はますます高まっている。
本書は、地域研究、歴史教育比較、教育実践を架橋する学際的な試みとして、そうした課題に応えようとしたものである。
本書を通じて、読者がミクロネシアや太平洋戦争の現地に残る記憶に触れ、日本の歴史を別の角度から見つめ直すきっかけを得ていただければ幸いである。教科書が語る声に耳を傾けることは、過去を知るだけでなく、未来にどのような記憶を語り継いでいくのかを考えることにつながる。本書が、そのためのささやかな一助となれば幸いである。