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慢性痛はなぜ「心身二元論」を揺さぶるのか――『痛みからの解放』が示す新しい身体観

記事:春秋社

近代医学における痛み理解の原型――デカルトによる痛みの神経伝導路(デカルト『人間論』より)
近代医学における痛み理解の原型――デカルトによる痛みの神経伝導路(デカルト『人間論』より)

 慢性的な痛み(慢性痛)は、現代生活の中心にありながら、人々の視野からこぼれ落ちたまま進行している巨大な危機である。痛みを文化的・社会的・歴史的文脈から捉え直した『痛みの文化史』で、デイビッド・モリスがこの指摘を行ってから35年が経過したが、その状況はいま、ようやく可視化されてきた。近年、慢性痛を取り巻く状況が、制度面・理論面の双方で決定的な変化を遂げつつある。

現代社会に進行する巨大な危機――慢性的な痛み(Image created with ChatGPT)
現代社会に進行する巨大な危機――慢性的な痛み(Image created with ChatGPT)

 慢性痛とは、一般に3か月以上続く痛みを指す。けがは治っているはずなのに痛みが消えない。検査を受けても原因が見つからない。治療や手術を受けても改善しない。そうした訴えは決して例外ではなく、世界では人口の約2割が何らかの慢性痛を抱えているとされる。日本でも、腰痛や肩こり、関節の痛みは、長年にわたり自覚症状の上位を占め続けている。

 こうした現実を背景に、痛みそのものの定義が見直されてきた。国際疼痛学会は2020年、痛みを「実際の組織損傷、あるいはそれに似た状態に付随する、不快な感覚および情動の体験」と再定義した。この定義文そのものは簡潔だが、付記とあわせて読むことで、組織損傷の有無が必須条件ではなくなり、痛みが主観的な体験として成立することが、より明確に示されている。

 さらに、2022年に発効された国際疾病分類第11版(ICD-11)では、慢性疼痛が初めて独立した診断分類として位置づけられ、原因が特定できない慢性一次性疼痛という概念も導入された。これは、痛みを単なる末梢組織や神経の障害として説明しきれない現実が、国際的な医療の枠組みにおいて正式に認められたことを意味している。

慢性痛とトラウマの結びつき

 慢性痛研究では、脳機能の関与が重視されてきた。身体的な痛みを処理する領域と、情動的な苦痛を担う領域は脳内で密接に結びついており、両者は相互に影響し合っている。慢性痛は、単なる末梢の異常ではなく、脳による「危険の解釈」が固定化した状態として理解されつつある。

 同時に、心理社会的要因の重要性も次第に明らかになってきた。家族関係の不全や社会的孤立、小児期逆境体験、性被害、災害体験などが、慢性痛の発症や遷延と深く関係することが報告されている。こうした反復的なストレスや有害体験は、身体の警報システムを恒常的に作動させてしまう。脳の扁桃体を中心とする恐怖・不安の回路が過敏化し、交感神経優位の状態が続くことで、防衛反応としての筋緊張や内臓の緊張が慢性化する。

 重要なのは、こうした体験が言語化されないまま、身体の記憶として保存される点である。過去の出来事と似た刺激や状況に出会うと、神経系は現在と過去を区別できず、再び警報を鳴らす。慢性痛とは、過去の危機への防衛反応が、現在においても作動し続けている状態だと理解できる。

心身二元論の限界

 モリスは、痛みを「身体の痛み」と「心の痛み」に分断する近代的枠組みを「2種類の痛み神話」と呼んだ。その源流には、デカルトに端を発する心身二元論がある。デカルトが描いた「やけどの痛みの神経伝導路」の図は、刺激が神経を通じて脳へ伝わり、心がそれを知覚するというモデルを示している。

 このモデルは、近代神経生理学と西洋医学の発展に決定的な影響を与えた。しかし同時に、痛みを感覚信号としてのみ扱い、不安や恐怖、記憶や意味づけとの関係を切り離した。慢性痛やトラウマ由来の痛みは、この枠組みでは十分に説明できない。

 慢性痛が突きつけているのは、身体と心を分断する見方そのものへの問いである。身体・感情・記憶・対人関係が切り離せないという事実が、痛みという現象を通して浮かび上がっている。今日、認知科学や哲学の領域では、身体を経験の基盤として捉え直す動きが広がっている。

 次回は、この「身体の復権」という思想的潮流を先取りし、トラウマ理論と神経生理学にもとづく実践的方法によって、慢性痛に対して具体的に介入する道を切り開いたピーター・ラヴィーンの思想と方法を取り上げる。

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