水の物語とは、政治の物語である——気候危機の時代に、『水の世界史』が問いかけるもの(「訳者あとがき」より)
記事:白揚社
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地球は水の惑星と言われているが、水はどうやら、生命の源であるばかりか、私たち人類の社会の生みの親でもあるらしい。
水ほど、身近で、ありふれた物質はない。その一方で、水ほど、欠乏にせよ過剰にせよ、それがそのまま命の脅威となり、個人や集団の生死を分けてしまう重要な物質もない。また、水は一か所に留まることなく流動し、河川は本来、蛇行しながら氾濫を繰り返し、常に道筋を変えて流れていく。にもかかわらず、人類は太古の昔に、流動する水に合わせて移動するのではなく、特定の場所に定住して暮らすことを選択した。そして、灌漑施設や運河、堤防などを築くことによって、定住社会とはそもそも相容れない水の性質に対処しようとした。加えて、そのような水利事業や治水事業を可能にするために、つまり、個人の力ではどうにもならない水の脅威に集団力で立ち向かうために、社会を組織化していった。個人の権利や自由と社会全体の利益との折り合いをつけながら、より強固な社会を築こうとする過程で、さまざまな制度や政治体制が出現した。また、水は、人為的に引かれた国境線とは関係なく、主権が及ぶ範囲を越えて流れていく。結果的に、上流国が下流国に対して生殺与奪の権をもつことになり、国際河川は世界のあちこちで深刻な国家間対立を引き起こした。
本書『水の世界史』には、文明の黎明期以降、ホモサピエンスが地球上において、水環境との相互作用の中で刻んできた数々の物語が綴られている。定住農耕が始まったばかりのメソポタミア、ナイル川の恵みを享受した古代エジプト、限界に近い水不足の中で生き抜いたレバントの人々、穏やかな水環境下で共和制を発展させた古代のギリシャ・ローマ、修道会が水インフラ開発を主導した中世ヨーロッパ、国際河川スヘルデ川での航行の自由をめぐる対立、世界各地の植民地で推進されたイギリスの帝国主義政策、スエズ運河やパナマ運河の建設に至るまでの舞台裏、レーニンやスターリンの河川開発と電化推進、アメリカの共和主義の旗印とになったテネシー川流域開発公社、インド・パキスタンの分離独立後のインダス川の水配分をめぐる対立、アフリカのカリバダム建設やアワッシュ川流域開発で浮上した諸問題、中国の長江三峡ダムが完成に至るまでの道のり等々。何千年もの時を駆け抜ける壮大な旅の物語が、この一冊の中に、網羅的に、しかも極めて具体的に描かれているので、まるで人類史の走馬灯を眺めているように感じられる。
著者、ジュリオ・ボカレッティ氏は、イタリアにルーツをもつイギリス在住の水資源・環境問題の専門家である。気候科学者である彼は、歴史的な事象や政治的な状況を、必ず、その時々の地球規模の気候現象と結びつけながら解説していく。そして、国家の衰退や崩壊には、直接または間接的に気候システムの変化が絡んでいることを指摘する。そんな著者が何よりも懸念しているのは、人類が今後、これまで経験したことがない激しい気候変動に直面したとき、どのような政治的な混乱が生じてくるのかということだ。
現代の社会は、水環境をテクノロジーで制御できるという前提のもとに築かれており、国家は大自然の脅威から国民を守ってくれる存在と思われているが、それは、これまでの成功体験によって強化された幻想にすぎない。また、現代の国家は、個人の権利と公共の利益との、極めて不安定で脆いバランスの上に築かれている。私たちは、個人の安全の保障と引き換えに、集団力行使の権限を国家に委譲している。しかし、遠くない未来に直面することになる気候変動と、それに伴う水環境の変化によって、そのような幻想は打ち砕かれ、不安定なバランスも崩されてしまうかもしれない。「現代ほど、世界中の社会が、市民や消費者個人の権利をこれほどまでに重んじながら、その一方で、こうした自己の存亡に関わる重大事を扱う権限を、他者にすっかり委ねている時代はない」──これから私たちはどうすべきなのか、と問う著者の声が力強く響いてくる。
水の歴史というと、どうしても、灌漑施設、運河、ダム、水力発電所などのインフラやテクノロジーに目が向きがちだが、その裏には必ず、それを可能にした社会のあり方や、理念、政治制度が存在する。本書の冒頭から末尾に至るまで、著者が繰り返し強調するのは、「水の物語は、まず第一に、政治制度の物語」であり、「水インフラとは、結局のところ、政治構造が明確な形をとって現れたもの」であって、「人間と水の関わり合いの中で作り変えられた最たるものは、ランドスケープではなく、政治制度」であるということだ。もしかすると、未曽有の水環境の変化を前にして、個人の自由と公益について、今一度問い直さねばならない時がすぐそこまで来ているのかもしれない。
余談になるが、著者ジュリオ・ボカレッティ氏はプロのオカリナ奏者でもあり、現代のオカリナ発祥の地であるイタリア北部のブードリオで結成されたオカリナ七重奏団 G.O.B.(ゴブ)のメンバーだ。2023年の来日時には、東京文化会館で、七重奏団の第一オカリナ奏者として、イタリアの歌劇や『となりのトトロ』などバラエティに富んだ曲目を演奏し、美しい音色を響かせた。