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10年以上前に刊行した本が子育て世代でいま話題沸騰中! 高橋和巳『子は親を救うために「心の病」になる』より

記事:筑摩書房

あなたの子どもと、かつて子どもだったあなたを救う本。
あなたの子どもと、かつて子どもだったあなたを救う本。

1 学童期は親の生き方をまるごと取り入れる

初めての自由の獲得が第一反抗期となる
 人生で最初の大きな心の発達は、2、3歳の頃に見られる。
 第一反抗期と言われる。
 生まれてきて、右も左も分からない、まったく無力な赤ちゃんは全面的に母親の保護の元で生きてきた。心も体も24時間いつも母親と一緒だった。しかし、2、3歳頃になると、子どもは初めて自分の足で動き回れるようになり、自分の体が母親から離れる。
 すると、それまで母親に素直に従ってきた子が、「ママの言うことなんか聞かないもん」と言い出して、逆らうようになる。ご飯を食べなさいと言えば、「食べない」と言い、着替えなさいと言えば「着替えない」と言う。
 口を開けば「イヤイヤ」の連続。
 なぜだろうか。
 その理由は、人はいつも、より大きな自由を手に入れようとするからだ。
 母親に抱っこされるか、手を引いてもらわなければ移動できなかった子が、自分の足で動けるようになる。すると、ママと一緒の方向だけじゃなくて、自分の好きな方向にも行ってみたくなる。「自分だけで、できる」ことをやってみたいのだ。それが自由だ。そのために心理的には「従わない自由」を獲得する必要がある。だから、敢えて「反抗」する。何度も試して、反抗してみる。そうして親と一緒に歩くこともできるし、自分一人でも歩ける、とその両方が確認できると、反抗は止む。生まれて初めての自由の獲得だ。
 行動の自由を手に入れた子どもは、これから思春期までの約10年間、貪欲に親の生き方を学び、価値観を取り入れ、社会を理解していく。
 学童期である。

健太が小学三年生のある日
 学童期の子どもは親に従い、親の期待通りに生きようとし、親の生き方を取り入れる。どれほど子どもが親を思い、どんな気持ちで親を学んでいくか、それを理解するために、ある例を紹介しよう。実際は母親が話してくれたエピソードであるが、子どもの気持ちになってまとめると次のようになる。

 僕が小学三年生のある日、お母さんは足が悪くなって、ベッドから動けなくなった。
 お父さんとお祖母ちゃんが僕に言った。
「お母さんはしばらく寝ていないといけないのよ。でも、心配しないでも大丈夫だよ。よくなるから」
 難しい病気の名前も話していたが、僕にはよく分からなかった。
 お母さんは足がすごく痛いらしかった。僕が足をさすってあげようかと聞いたら、お母さんは、優しい声で、
「ありがとう。でも、今は触らないほうがいいのよ。お母さんも頑張って早くよくなるから、健太も元気に学校に行ってね」
 僕にそう言った。
 それから僕は、お母さんとの約束を守って一生懸命に学校に通った。一日も休まなかった。勉強もした。そうすれば、お母さんの病気が早くよくなると思ったからだ。それで学校の絵のコンクールで賞をとった時、お母さんはとても喜んでくれた。
 一年くらい、お母さんは寝ていることが多かった。近所のおばさんがお母さんの代わりに買物に行ってくれたことを僕は覚えている。
 僕が四年生の終わりのころに、お母さんはよくなって歩けるようになった。
 よかった……。
「お母さん、歩けるようになった。よかったね」と僕が言うと、
「そうね。ありがとう。健太も頑張ってくれたからね」とお母さんは言ってくれた。
 そうだ、あの時は、僕も頑張った。

 子どもはお母さんが大好きだ。だから、子どもはいつも親のことを気にして生きている。お母さんは元気だろうか、お父さんは機嫌がいいだろうか。そして、自分は親の役に立っているだろうか、親に必要とされているだろうか、と。
 子どもにとって親は、「この世界」で自分を守ってくれる唯一の存在である。だから、大事にしたい、なんでもいいから役に立ちたい。笑顔を返す、学校で楽しかったことを報告する。いい子にするのは精一杯の感謝の印である。

 12歳のころまでは、子どもは無心に親を真似て、生き方を学び、それに従っていく。親を信じて疑わない。すべては親が基準である。それは、やがて大人になって生きていくときの大切な心の基盤となる。
 しかし、親も完璧な人間ではないから、気持ちの偏りや悪い心、噓、辛い気持ち、間違った生き方をかかえている。子どもはそういった親の「心の矛盾」もまた無心に、まるごとコピーする。
 親の「心の矛盾」がそれほど大きくなければ、子は幸いである。コピーした生き方は、辛いものではなく、心の矛盾にも大して煩わされることなく、親の庇護の元で、安心して自分の興味を広げ、能力を伸ばしていくことができる。
 一方、親の「心の矛盾」が大きいと、それを取り込んだ子どもは親と同じ苦しみを生き始める。もちろん、子どもは無理なことを教えられているとは気づかずに、それに従う。彼らは親を信じているし、親に教えてもらった生き方以外はありえないからだ。自分が我慢していることすら感じない。だから、学童期に彼らが倒れてしまうことはない。例外的に、あまりにもストレスが大きく耐えきれなくなると、それが体のサインとなって出ることがある。夜尿症、指しゃぶり、神経症的な癖やチック、抜毛、慢性的な腹痛などである。
 かかえ込んだ心の矛盾は、しかし、次の思春期になって爆発する。

2 反抗期の激しさは、親が教えた「心の矛盾」に比例する

親の辛い生き方が子を苦しめる
 思春期は成人期への準備段階である。その最大の課題は親からの精神的な自立である。
 自立がうまくいくかどうかは、それまでの十数年間の親子関係による。
 親から取り入れた生き方に大きな矛盾が潜んでいなければ、親からの旅立ちは大きな混乱もなく進む。寂しさと不安を感じながらも、新しい世界への期待はそれよりも大きく、子は決意し、旅立つ。
 逆に、親から辛い生き方を引き継いでいると、自立は簡単には進まず、時に混乱し、激しい反抗期が続いたり、子が「心の病」になったりする。

 先に述べた小学校三年生の健太君の場合、彼は母親によく従って、母親を大切にした。母親もその健太君の頑張りを理解していた。子の気持ちがよく見えていたのは、母親が心に大きな矛盾をかかえていなかったからだろう。だから、健太君の心の負荷も小さく、これから迎える彼の思春期に大きな混乱はないはずだ。たぶん、彼はいつの間にか親とあまり話さなくなり、一人でいる時間が増え、女の子への関心がたかまり、自然と親から離れていく。その時、母親は小さな寂しさを感じ、そして、彼は大人になる。
 一方、これから章を追って紹介するように、子が親の辛い生き方を継いでいると、子はなかなか親から自立できない。
 例えば、両親の仲が悪くて母親が苦労していたとする。子どもはいつも母親の心配をし、我慢だけの生き方を引き継ぐ。すると子どもは新しい世界へ進みたい気持ちと、親のためにもっと我慢すべきだとの気持ちがぶつかり合う。子は悩み、自分を責め、育ってきた家庭を恨むであろう。
 また、父親から厳しくされて自分を抑えてきた子がいたとする。不満が鬱積したままだと、やはり、自立は難しい。今までの我慢を晴らしたいが、一方では我慢が足りない自分を責め、そういう生き方をさせた親に怒りが向かう。

 思春期のつまずきは、親からの自立を遂げられない苦しみである。
 親がかかえていた心の矛盾が大きければ大きいほど、子の我慢は大きく、自立には時間と労力を要する。

(画像はイメージです)
(画像はイメージです)

親の生き方に修正を迫る思春期の「心の病」
 苦しい生き方を強いられた子は、思春期になって苦しみを訴え、生き方を変えたい、助けてほしいと親に迫る。しかし、多くの親はその訴えを理解しない。なぜなら、親は長い間続けてきた自分の生き方に疑問を持っていないので、子どもが何を訴えているのか見当がつかないのだ。子どもが「辛い」と訴えれば、親は自分の人生観から「あなたには我慢が足りない」としか応えられない。親から見ると、子どもはただ「我がままを言い」、「親に甘えて」自立していないように映る。親は「そんな子に育てた覚えはない」とイライラし、子どもは「親がいけないんだ」と言い返し、親子対立は激しくなる。

 子どもは分かってもらえないと落胆し、挫折し、怒りの気持ちをどこに持っていったらいいか分からなくなる。
 そうして、彼らは最後の手段に訴え、「心の病」になる。

 いろいろな親子が思春期の「心の病」をかかえて、私のクリニックにやって来る。その問題とは、不登校、引きこもり、万引き、リスカ(リストカット=手首を切るという自傷行為)、拒食症、過食症、過呼吸発作、家庭内暴力、OD(オーバードース=薬を多量に飲んで自殺を図ること)、非行、ドラッグ(薬物)……などである。これらは、親から引き継いだ「心の矛盾」が子の中に生み出した「病」である。と同時に、教わってきた生き方を修正するために子どもたちが始めた抗議行動であり、親子関係を見直すためにとったぎりぎりの手段である。
 ここまでしないと、親は訴えを聞いてくれない。振り向いてくれない。
 子の苦しみは、親から受け継いだ苦しみである。だから、親の苦しみでもある。十数年間、無心に親に従ってきた子は、心の深いところで、親と一緒に治りたいと願う。親が生き方を修正して親自身の苦しさを取ってくれなければ、自分の苦しみも取れない、と知っている。
 その証拠に、彼らは治療中に自分でも気がついていないような言葉を漏らす。
「なぜここまでやっても、分かってくれないんだ」
「どうして、気づいてくれないんだ」
「まだ、やらないといけないのか」
 思春期は子どもにとって人生最大の危機であるが、それは同時に親子関係の危機でもある。しかし、その危機を脱する過程で、子どもだけでなく、親も変わる好機がおとずれる。
 子は思春期を通り抜けて、一人前の大人になっていく。
 親はそこを通り抜けて、長くかかえてきた心の矛盾を解決し、人生の後半を生き直す。親は子に救われる。

高橋和巳『子は親を救うために「心の病」になる』(ちくま文庫)
高橋和巳『子は親を救うために「心の病」になる』(ちくま文庫)

『子は親を救うために「心の病」になる』目次

プロローグ 心の「宇宙期」

第1章 息子は親を救うために引きこもった
 1 学童期は親の生き方をまるごと取り入れる
 2 反抗期の激しさは、親が教えた「心の矛盾」に比例する
 3 「ママの苦しみをとるために僕は不登校になった」
 4 親の老後が心配なので、僕は三二歳で引きこもった

第2章 娘の摂食障害が、母親の人生を回復させた
 1 拒食症は「我慢が第一」という生き方の結果
 2 互いの我慢がとれて、母と娘の人生が回復する

第3章 虐待されて育った子は「善と悪が逆」になっている
 1 虐待を受けて育った母が、子どもを追いつめる
 2 虐待が止まらないのは心理システムが逆転しているから

第4章 親とのつながりを持てなかった子の不思議な訴え
 1 親とのつながりを持てないと世界は希薄化する
 2 この世界での解決は、「親と出会う」前に戻ること

第5章 心の発達段階の最後、「宇宙期」とは何か
 1 生きている実感がある、ない、の違い
 2 成人期の先、「宇宙期」を推測する
 3 「この世界」から離れ、「宇宙期」へと至る心のプロセス

エピローグ

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