狭さも古さも味方にする、快適化の工夫
東京・中央区にある大木奈さんのマンションにお邪魔した。大木奈さんがYouTubeやブログ、新刊『小さく暮らす ―25m²のゆたかな生活―』(新潮社)などで、たくさんの写真や動画を載せていることもあり、どんな室内かは事前に知っていた。しかし、こうした室内写真は広角で撮影され、実際よりも広く見えることが往々にしてある。ところが、実際に中に入ってみると、写真とさほど印象は変わらず、「思ったより広い!」と感動を覚えるほどだった。
「何も置いていない床の面積を力技で最大化して、広く感じるようにしています。普通に暮らすだけだとそんなに問題はないのですが、机でパソコン作業をしていると、机の上はかなりギチギチになってしまいます。テーブルの下にスライド式の引き出しを取り付けましたが、それでも厳しいので、長さはそのままで幅が10cm大きいテーブルを取り寄せ中です」(大木奈さん)
以前は港区にある30m²のマンションで暮らしていたが、建て替えのために退去を余儀なくされた。現在の住まいに引っ越してきて1年が過ぎたが、狭くて古い物件をより快適にするためのアップデートは現在進行中という。
この部屋で共に暮らす14歳年上の夫は、5年前に胃がんが発覚。2年前に長年勤めた会社を退職し、現在は自宅で闘病中だが、介助犬こうちゃんとともに、今の小さな暮らしを楽しんでいる。
〝玉の輿〟の夢から始まった、予想外の結婚生活
大木奈さんは夫と“出会い系サイト”(当時はまだマッチングアプリがなかった)で知り合い、結婚した。初対面の時、夫はメルセデス・ベンツのオープンカーで現れ、5つ星ホテルの最上階レストランで食事。さらには4LDKのマンションを所有しているとあって、大木奈さんが「玉の輿!」と浮かれたのもつかの間。実は年齢を大幅にサバ読みしており、離婚歴あり。さらには、貯金ゼロ、多額の住宅ローンと車のローンも抱えていたことが明らかになった。
「貯金ゼロ、借金があることを知った時は、『この野郎!』と思いましたが、その頃にはもう好きになっていました。嘘がバレたのを境に立場が逆転して、私がのびのびとできるようになったので、いい感じになりました。急に年下に偉そうにされて、私が彼だったらプライドが傷ついて耐えられないと思うんですけど、機嫌よくできているのが夫の凄いところです」
結婚後、夫が所有する大阪市内にある85㎡のマンションで暮らし始めるが、浪費家だった夫のモノがあふれかえり、ローンの返済もままならない状態。二人はマンションの売却を決意し、すべての借金を精算。そして50㎡の中古マンションを購入した。事故物件だったため、格安で手に入れることができたという。
「85㎡から50㎡に引っ越す時にいろんなものを捨て、お金がなかったので、どうしても自分たちだけではできないことをプロにお願いして、DIYで家造りをしました。そうしたら暮らしを楽しめるようになったんです」
手放すことで見えてきた、小さな暮らしの心地よさ
この経験から大木奈さんは、不要なものを手放してお気に入りのものだけに囲まれる心地よさや、お金をかけずとも工夫して住まいを整える喜びを知り、「小さく暮らす」の原点になったと振り返ります。
しかし、この生活は夫の東京への転勤によってわずか1年で終わってしまうことに。夫の強い希望により、職住近接で、家賃補助の範囲内で住める都心物件を探してみたところ、築50年超、約30㎡という古くて狭いマンションしか見つからなかったという。「ボロくて汚い物件」に心が折れそうになった大木奈さんだが、港区の駅近物件という立地の良さと利便性の高さに、あっという間に魅了され、再びDIYによるカスタマイズに乗り出し、快適な空間づくりを目指した。
「持ち物を徹底的に厳選し、『生活に欠かせないもの』と『ほかを手放してでも残したかったお気に入り』だけにすることで、暮らしのサイズは驚くほど減っていき、大好きなものに囲まれる生活になっていきました。ただし、断捨離に取り憑かれる時期があるんです。ダイニングテーブルを捨てて、床に座ってご飯を食べたり、ベッドを捨ててマットレスを敷いていたりしていたけど、腰が痛くて大変。あれはなんやったんやろう? と捨てすぎたことを反省しました」
東京に来た当初、大木奈さんは知り合いがおらず、暇を持て余していたため、ブログを書き始めることにしたという。もともと書くことが好きだったこともあり、ボロボロの我が家のこと、買ったものや食べたものなどを日々綴っていった。
「夫が激務すぎて、帰宅はいつも深夜。私が日中に何をしたかを夫に伝えるために書いていたところもありました。それを夫が帰りの電車で読んで、帰宅後に感想を言ってくれていたんです」
小さな暮らしを綴ることが、仕事につながった
やがてブロガー仲間が増え、より多くの人に読んでもらって収益を上げるテクニックなどを教えてもらう機会も増えていった。最初はだまされたと思って取り組んでみたところ、ブロガーランキング上位に入るようになり、それを見たWeb媒体の編集者から「チェーン店モーニングの連載をしてみませんか?」と声がかかるまでになった。本書の執筆もまた、出版社の編集者が大木奈さんの「小さく暮らす」に関するネット記事を読んだことがきっかけとなった。
「アクセス数が増え、googleのおすすめに表示されるのがうれしくて、書きたい時に書きたいものを書いていました。でも、書いているうちに、びっくりするくらい人には届いていないことに気づきました」
大木奈さんのブログや連載では、「小さい暮らし」の工夫が数多く記されているが、同じネタが何度も登場している。しかし、大木奈さんは意に介していない。
「初めて読む人が大半だし、もし以前に同じネタの記事を読んでくれていたとしても、過去に読んだブログやWebの記事なんて忘れていることも多いはず。だから気にせず書いています。それに、人気YouTubeを見ていると、同じことを何回も言っているし、むしろ同じことを言えば言うほどいいくらいの印象。そこでようやく、『こすればこするほどええんや!』ということに気づきました。私が靴下を赤で統一している話なんて、もう何回書いた? って感じですが、こすりまくってようやく、『この人、赤い靴下の人?』って定着するんです」
ヤフコメとスランプで気づいた、夫の存在の大きさ
執筆や露出の場が増えれば増えるほど、気になるのがアンチの存在だ。「Yahoo!ニュース」のコメント(ヤフコメ)には、記事や著者に対する批判や誹謗中傷などが少なくない。
「ヤフコメでめっちゃ叩かれたことはありますが、あまり気にしていなかったんです。でも、夫の入院中に一人で読んでいたらすごく傷つきました。夫が読んでニヤニヤしながら、『ハルちゃん、炎上してるで』と斜に構えてくれるから面白がれていたことに気づき、夫の存在の大きさを感じました」
今年の春頃から数ヶ月、思うようにブログや連載記事を書けず、スランプに陥ったことがあったという。
「ずっと書けなくて、連載を何度も落としたことがありました。なんでだろうと思っていたら、夫の体調がよくて、一度も入院していなかったんです。夫の入院中は一人なので、その時はさくさく書けていたんだ! ということに気づきました」
そこで、近くのファストフード店に行ったり、時折ホテルに外泊してみるようにすると、そこでは今まで通り書くことができ、スランプから抜け出せた。とはいえ、大木奈さんは、狭い住まいでの夫との生活に息苦しさを感じているわけではなく、むしろ逆だという。
「夫は抗がん剤治療でまる1日いない時があるのですが、そんな時は寂しくなるほど。早く帰ってこないかな〜、って思ってます。今は夫の調子がいいので、私が取材などで外出している時以外は常に一緒。だからといって嫌になることはありません。この夫とだから25㎡での暮らしができているんです。」
いかにお金をかけずに生活をハックするか、ということを考えて実践するのが楽しいという大木奈さん。今の住まいも、テーブルを買い替えた後は、風呂場の浴槽を撤去してスペースをコンパクトにして、居間の拡充ができないかを検討中だ。
「かけるお金が少なければ、サンクコスト(過去に払ってしまい、取り戻すことができない費用)も小さいから、失敗してもあまり気になりません。ただ、10年前は楽しかったDIYも、歳を重ねたせいか思うように体が動かないし、あちこち痛いし、夫にも頼れない。今回の引っ越しでも入居前に天井や壁を塗り直し、床にフロアタイルを重ね貼りしたのですが、嫌で嫌でしょうがなかったです」
50歳になった今、頑張らなくてもいい暮らしへの関心も高まっている。
「確実にガッツが減り、体も動かなくなってきているし、頑張らない暮らしに興味はあります。でも、物欲は全開。一つモノを買ったら、一つは捨てることにしているのですが、生活に必要なものが削ぎ落とされる一方で、自分の好きなものや生活の潤いの部分は膨らんでいます(笑)」