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平石さなぎさん「ギアをあげて、風を鳴らして」インタビュー 描いてわかった「シスターフッド小説」の魅力

平石さなぎさん=集英社提供

平石さなぎ『ギアをあげて、風を鳴らして』(集英社)

書いてみることで頭の中が整理できる

――小さい頃から本を読んだり、文章を書いたりするのが好きだったわけではなく、どちらも20歳を過ぎてから興味を持ち始めたと聞きました。

 読書感想文などを書くこと自体は好きでしたが、本はあまり読んでいませんでした。今となっては、あの頃にもっと本を読んでおけばよかったと思うのですが……。20歳くらいの時に悩んでいた時期があり、小説を読んでみたら、ぱっと口にできないような感情がしっかりと言語化されていてすごく面白い!と思えたんです。

 そして、私も書いてみることで頭の中が整理できるんじゃないかと思って、小説を書き始めました。私の場合、「物語」というフィルターを通した方が書きやすかったようです。登場人物に(自分の感情を)投影することで、「あの時自分はこういうふうに思っていたんだ」ということがわかり、頭が軽くなったんです。

――そうして書いた小説を文学賞に応募するようになったのですか?

 せっかく書いたのだから、どれくらい通るものなのかという興味本位で応募するようになりました。作家デビューなんてさすがに無理だし、私の中では小説を書いてから応募するまでがセットで、それだけで楽しかったから、結果はどうでもいいと思っていたんです。でも、ある時、すべての登場人物に自己投影した小説を書いて、自分の中身がすべて抜けてしまった気がしたことがありました。もしかしたらもう小説が書けなくなるような気がする、と思って応募した作品が、小説現代長編新人賞の3次選考まで残ったんです。

 今までは1次すら通らなかったのに、ここまで残ったことで、次に書く作品はさらに上を目指さなければならない、とガチガチになってしまったんです。駆け込むように大阪文学学校夜間部に入ったのもこの頃でした。学校に入ったことで高い意識を持って作家を目指す人たちに出会い、小説を書いている時の悩みを共有できるようになったのはプラスになりました。

――そんな中、応募した短編が「女による女のためのR-18文学賞」の最終候補に残ったんですね。

 選評で「きれいすぎるから落ちた」というような指摘をされました。確かに私は、きれいにまとめたいという意識が強すぎて、そのせいで長編が書けなくなってしまっていたのかも、ということに気づかされました。だから、次は少しくらいぐちゃっとしていても、とりあえず書き切ろう!と思えるようになれました。

 また、同じ頃に、幼少期の体験や自分のルーツを掘り下げてみたところ、まだまだ書きたいことがあることに気づいたんです。もしかしたら、それらを書くのが怖くて見て見ぬふりをしていたのかもしれません。

 そういったことを経て、ようやく書き上げた長編が受賞作になります。長編が書けなくなってから5年くらい経っていましたが、せっかく久しぶりに書けたのだから応募しよう! と思えたんです。

 

平石さなぎさん=集英社提供

書いてみたかった女の子2人の物語

――本作の主人公は小学4年生の少女2人で、吉沢癒知は宗教団体という閉鎖的かつ特殊な環境の中で神聖視されています。そんな癒知が、親の都合で転校を何度も経験している渡来クミと出会うところから物語が始まります。どうして2人の少女を主人公にし、このような人物設定にしたのですか?

 今まで書いてきた小説は大人の女性が主人公でしたが、小学生の女の子2人の物語を書いてみたいと思っていました。小学4年生くらいって、自分がされて嫌なことや、大人が子どもに対してちょっと濁したことなどを敏感に感じ取って、それを違和感として捉えられる年齢だと思うんです。でも、それをしっかり言語化することはまだできない。一方で、それくらいの年齢の子どもたちの視点から、大人を描いてみたら面白そうというのもありました。また、1人だといくら考えても結論が出せなかったのに、凸凹のような2人がそろうことで1人では気づけなかったことに思い至ることがあるのではないかと思いました。

 癒知を宗教団体の子どもにしたのは、ニュースで宗教2世のことが多く報じられていた頃に、宗教団体について書いてみたいと思っていたのと、癒知の抱える悩みを掘り下げていくうちに、彼女がいる場所として宗教団体がしっくりくるような気がしたからです。

 クミは父が仕事で多忙で、母は体調を崩しているために、自分がしっかりして家のことを手伝わなければいけない状況にあります。ヤングケアラーとして描くつもりはなかったのですが、もしかしたらどこかで意識していたかもしれません。

――クミは普通学級にいて転校生として早くクラスになじむ器用さがある一方で、癒知は特別支援学級に在籍し、周囲からは距離を置かれています。まったく立場が異なる2人は、はじめは警戒しつつも、距離を縮めていくことになります。

 クミはこれまでの経験から、空気を読んで、新しい場になじむコツを身につけています。でもその裏には影の部分を抱えているんじゃないかと思うんです。もしクミがすごく幸せな家庭の子どもだったら、癒知とはわかり合えなさそうだと感じました。

――癒知は、宗教団体の厳しい戒律や、自分が神聖視されていることへの違和感が日に日に大きくなっていきます。クミも両親にあまり目をかけてもらえず、さらには母が癒知の母と親しくなることで、その宗教の教えにのめり込みはじめ、家の居心地の悪さが増していきます。そんな2人が彼女たちなりにいろんなことを感じ、考え、行動に移す過程にぐいぐいと引き込まれていきます。本の帯にも「シスターフッド小説」と大きく記されていますが、執筆時も癒知とクミのシスターフッド的な関係性を意識していたのでしょうか?

 「シスターフッドとは?」ということは知識で知っていたものの、実は書いている時は、恥ずかしながらよくわかっていなかったと思うんです。受賞作に選ばれ、編集者さんと話をしていた時に、私はシスターフッドを描いていたことに気づきました。

 思い返すと、私は桐野夏生さんや井上荒野さんの小説をよく読んでいて、女性同士の友情とは違ったつながりや、一緒に立ち上がっていく姿が好きだったんですよね。

――癒知がいる宗教団体の教典は、幸福のことを「永遠の姿をした短い季節」と表現し、癒知やクミが「しあわせ」とは何なのかを考える場面もあります。改めて読み手も、「しあわせとは何か?」と考えさせられます。

 「しあわせ」がずっと同じ形で続くことはないし、逆に「しあわせ」がなくなったとしても、完全に消えてしまうものではなく、きっと形を変えてその人の心のどこかに残るものなんじゃないかと思うんです。癒知とクミがこの先どんな大人になるかはわかりませんが、彼女たちなりの「しあわせ」が残ってほしい、という思いを込めてラストシーンを書き上げました。

「蛹」から「さなぎ」へ

――ところで、ペンネームの「さなぎ」というお名前は印象的ですね。

 小説すばる新人賞に応募した時は、「平石蛹」でしたが、実はこの名前、周りから不評でした(笑)。長らく書けなかった時期を経てやっと短編が書けた時に、ちょっとだけステップアップできたということで「蛹」にして応募したら「女による女のためのR-18文学賞」で最後まで残れたので、それ以降はゲン担ぎでこの名前を使っていました。

 でも、この先ほっこりと優しい小説を書きたくなるかもしれないし、漢字の「蛹」は作風を狭めてしまいそうだな、と思ったので、今回ひらがなにしました。

――受賞作が単行本になり、作家デビューを果たしました。小説を応募していた当初は作家になりたいと思っていたわけではなかったとのことでしたが、今はどうですか?

 小説を書いている年数を重ねるにつれ、作家になりたいという気持ちが年々強くなっていきました。1年後にはまた次の受賞者が決まり、多くの新人作家がデビューしていきます。その前になるべく早く、自分が納得できる結果を出したいと思っていて、いまは2作目のプロットづくりをしています。

 私は手に職があるわけでもなく、一生安泰な仕事に就いているわけでもありません。今は仕事を続けながら小説を書いていて、私にとって小説を書くのは「博打(ばくち)」に近いものがあります(笑)。ゆくゆくは専業作家を目指したいですし、私はシスターフッドものが好きだということにも気づけたので、これからも女性たちの物語を書いていきたいと思っています。