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「コミュニケーション重視」の英語教育が行き着いた先 『英語教育の危機』より

記事:筑摩書房

original image:retrostar / stock.adobe.com
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 日本人が英語を話せないのは学校教育が悪いからだ、という批判は多くの人々が共有しており、それが『英語教育の危機』の第1章でご紹介した英語教育改革の原動力となっている。ところが、今の学校英語教育は昔と同じではない。「話せるようになる」英語教育に様変わりしているのだ。もちろん、昔ながらの流儀で授業をしている英語教員がいないわけではないが、原則として、政府及び文部科学省(以下、文科省)による「コミュニケーション重視」の方針に従い、従来とはまったく違う英語教育が全国的に展開されている。

 以下に、英語教育が今、どうなっているか、現状を紹介する。

「コミュニケーションに使える」英語教育への大変身

 日本の英語教育は、1990年代から抜本的に方針が変わっている。英語を学ぶ目的は「コミュニケーション」であるとされ、「使える英語」を目指して、高校では「オーラル・コミュニケーション」という新しい科目が設けられ、ディスカッションやディベートなどが授業で盛んに行われるようになった。

 それまでは、「文法訳読法」と呼ばれる指導が主流で、文法を説明し、英文を解釈し、日本語に訳す、という教え方だった。今でも年配者は自分の受けた文法訳読の授業をよく覚えていて、「あんなことをやってるから、使えるようにならないんだ」と学校英語を手厳しく批判する。そのような一般的な空気が政財界を動かし、文法訳読が「日本人の英語をダメにしている悪者」として有害視されるようになり、その対極として「コミュニケーション重視」の英語教育が登場するに至った。

 文法を教え英文を読んで訳す教え方が、本当に効果がないのか、という検証が政府レベルでなされた形跡はないし、「コミュニケーションに使える英語」が具体的にどのようなものであるべきか、という突っ込んだ議論がなされたわけでもなく、コミュニケーションとは「英会話」だと解釈されたようで、「文法」や「訳読」は否定され、「コミュニケーション」という名の「英会話」が新たな主役となった。

 学校現場には、この新たな流れに疑問を抱いたり、異論を持っている教員もいたので、OC(オーラル・コミュニケーション)の授業で、こっそり文法を教え、あれではOCじゃなくてOG(オーラル・グラマー)だ、という話が飛び交ったりした。

 そのような現場の状況は文科省も把握しており、改革の第2弾として、「英語の授業は英語で行う」という新しい方針を打ち出した。

「英語は英語で」教えよう

 現在の英語教育が昔の英語教育と最も違う点は、「英語の授業は英語で行うことが基本」とされていることである。英語を母語とするネイティブ・スピーカーだけでなく、日本人教員も英語で授業することが求められている。今は高校だけであるが、2021年以降は中学でも、英語の授業は英語で行われることになっている。

 なぜ、英語で授業をするのか。

 文科省の説明では、日本は日常的に英語を使う環境にないので、せめて教室を英語環境にする、というのが目的である。従来型の英語教育が成果を上げなかったのは、日本語で文法を説明し英文を日本語訳させる文法訳読が中心だったからで、英語で授業をすれば、この弊害を排除できる、という狙いもあったのだろう。

 この方針を入れた現行の学習指導要領が公表された時は、高校現場に激震が走った。コミュニケーション重視なのだから当然だと擁護する意見がある一方、授業をすべて英語でやる? そんなの無理だ、と多くの英語教師が反発した。日本語で説明したって分からない生徒を、英語だけでどうやって教えたらいいんだ? と困惑し、英語だけで授業したら内容が深まらないと嘆いた。

 これに対し文科省は、「学習指導要領」を解説した文書で、「英語による言語活動を行うことが授業の中心になっていれば、必要に応じて、日本語を交えて授業を行うことも考えられる」と条件付きで日本語を使うことを認めた(詳しくは『英語教育の危機』第2章を参照)。

 ところが、担当者の思い入れは強く、全国各地の教育委員会や教員研修会を回っては、「英語で授業をすることは法律で決まっているのだから、ちゃんとやらないと法律違反になる」と警告した。「学習指導要領」は「告示」であり法律ではないので、これは事実誤認である。

「英語で授業」のDVD

 「英語を使って教える」という方針を徹底する為に、文科省はDVDを制作し、全国の国公私立の学校に無料で配布したことがある。その狙いは、誰でも英語で授業ができる、ということを示すことにあるようで、各地の小中高で英語を使って進められている授業の様子を淡々とビデオ撮影したものがDVDとなっている。初年度は、固定カメラだったため、妙に張り切った教師が英語で奮闘している姿だけがずっと映っており、肝心の生徒は後ろ姿しか見えないので不評であった。そこで翌年はカメラを移動させ、生徒が英語で話し合っている状況も映像に残した。

 お手本ではない、とDVDの冒頭で断っているだけあって、授業の内容も教師の英語力も千差万別。自信満々で得意の英語を披露している先生もいれば、拙い英語で四苦八苦しつつ日本文化の説明を試みている先生の姿もあった。長時間のDVDなので、多忙で視聴する時間的余裕がない教師は多くいたようだが、文科省の意気込みは伝わったとみえ、研修会のテーマは「英語による授業」が増えた。

大学入学者の英語力低下

 英語教育が難しいのは、教師の力量は必須だとしても、教師が頑張れば、たちまち成果が上がるわけではないことだ。

 「英語で授業」をする為に、多くの英語教師は努力しているが、数年以上を経過しても、生徒の英語力が向上したという成果は出ていない。それどころか、文科省が目指した、高校生の半数以上が英検「準2級」以上という目標を達成できていないのが現状である。一昔前は、大学を受験する高校3年生は英検「2級」というのが常識だったのが、そのレベルに及ばない高校生が大半ということになる。

 それは大学に入学してくる学生の英語力が落ちてきていることにも表れている。国立私立を問わず、どの大学でも、昨今の入学者は英語力が低い、と囁かれているだけでなく、補習授業をする大学も増えている。もっとも、この状態は英語に限ったことではない。

 文科省の調査では、高校レベルの補習を実施している大学が約4割にも及んでいる(2010年5月26日発表)。全国の国公私立大学723校を対象に調査したところ、学力が足りず大学の授業についていけない学生に高校レベルの補習をした大学は、2007年度から20校増えて2008年度は264校。英語や理数系で学力別のクラスを設置した大学も282校あった。これは、少子化、大学入学定員の増加、大学進学率の上昇などによって「大学全入時代」となったことや、AO入試や推薦入試など筆記試験のない入試枠が増えたことによる全般的な傾向だが、英語の場合は、相当に深刻な状況である。語彙がないから英文を読めない、文法を知らないので書いた英文には主語や動詞がないなどの症状が珍しくない。

 国立大学の英文科でさえ、英語で原書を読めない学生が入学してくることに慌て補習授業を余儀なくされているところが、仄聞しただけでもいくつかある。鹿児島大学は、ホームページによれば、2017年度新入生を対象に「入学後の補習教育」を無料で実施している。短期集中の「英語再入門コース」では、週末の2日間をかけて「英語について、高校までの学習内容を復習するクラスを開講します」とあり、具体的な内容として「発音の基礎、品詞、前置詞、英語の五文型、他動詞と目的語」など基礎的な事項が挙げられている。

 このような大学生の基礎力低下がどの程度一般的に認知されているか分からないが、TOEFLのスコアが相変わらず低いことが「日本人は話せない」という固定観念と相まって、2つの英語教育大改革が決定した。1つは小学校での英語教育開始であり、もう1つは大学入試改革である。

小学校英語の導入

 いくら中学や高校での英語教育を改革しても成果が出ない、という現実に直面して生まれたのが、早いうちから英語をやれば効果が出るだろうという発想である。これは世論でもあり、政界の主張であった。

 そこで文科省は、小学校5・6年生を対象に「外国語活動(英語)」を必修科目として導入することで、小学校での英語必修化に踏みきった。もっとも、中学のような「教育」ではない、ということを明確にして、小学校ではあくまで「英語活動」とした。中学英語の前倒しではないことを強調し、文字は教えない、英語に親しみを持たせるためにゲームをしたり歌ったり踊ったりする、という「英語活動」が始まった。

 ところが、そのような内容の「英語活動」を週に1回行うくらいでは目に見える成果は出ない。こんな遊びでは効果がない、という批判が出てくるのは時間の問題であった。その批判に応え、新学習指導要領では、「英語活動」を3・4年生におろし、5・6年生は「教科」としての英語を学習することになった。教科であるから、検定教科書を作成し、簡単な文法も教え、成績評価もすることになる。

 小学生に対して教科としての本格的な英語を教える先生をどう養成するのか、という教員養成の問題にじっくり取り組む時間などないようで、英語ができると思われる人たちに特別に免許を出す、小学校の免許は取得しているものの英語の免許がない小学校教員が大学の教職課程で短期の研修を受ければ英語免許を取得したとみなす、などの措置で見切り発車することになる。

民間英語試験の導入

 中学・高校の英語教育改革がうまくいかないのは大学入試があるからだ、という意見も根強い。大学入試で瑣末な文法を出題したり、難しい読解問題など出すから、中学・高校では会話をやらずに文法を教え続けているという、正確な現状認識に欠ける批判である。

 昨今の大学入試は、昔とは違い、文法の出題は減り、読解問題ならTOEFLの方がよほど難易度が高い。そもそも最近の大学では受験生確保のために推薦入試やAO入試など筆記試験が不要な入試形態が増えている、センター入試の英語試験はコミュニケーション志向に大幅に変わっている、というような現状は脇へ置いてしまい、英語教育改革の一環として大学入試も変える、という政策が登場した。英語については、「読む・書く・聞く・話す」という「4技能」が重要であり学習指導要領もそのようになっているのだから、大学入試は英語の4技能を測定するべきだとなった。しかし各大学が独自に多数の受験生に対して面接などを実施して「話す力」を測定するのは物理的に無理なので、民間業者による試験を活用する案が浮上した。

 大学入試センター試験(センター入試)に代え、2020年度から新テスト「大学入学共通テスト」を始めるという大学入試改革の中で、英語については、2020年度から民間試験に切り替えるA案と、2023年度までは、共通テストと民間試験が並存するB案が提示された。

 「民間試験」とは、例えば英検(日本英語検定協会)、GTEC(ベネッセ)、TOEFL(ETS=Educational Testing Service)、TOEIC(国際ビジネスコミュニケーション協会)、TEAP(日本英語検定協会)などで、そのどれを選んでも良いし、2回受験して良い、となっている。良いことづくめの印象を与えるが、実際には、検定料は自己負担、試験内容や受験会場、実施回数などは業者によってバラバラである。加えて、大学入試に必要となれば、高校現場は合格率を高めるために民間試験対策に追われる。高校側は、各大学はどの民間試験を選ぶのだろうと気にし、大学側は高校生が多く受験するのはどの試験だろうと様子見である。その隙間を民間業者が駆け回り、売り込み合戦が既に始まっている。

 全国高等学校長協会は2017年6月8日、「英語の民間試験だけでなく、2024年度以降も共通テストでの英語を継続して実施してほしい」とする意見書を文科省に出した。

 国立大学協会(国大協)は2017年6月14日付の意見書を文科省に提出した。民間試験の導入には「不確定な要素が多く、共通テストでの英語の廃止を判断するのは拙速」であるとし、「新テストに使える民間試験の認定基準の作成」「学習指導要領との整合性」「受験機会の公平性の確保」といった課題への対応策を求めた。

 パブリック・コメントの結果もふまえ、文科省は、民間の認定試験を活用するとともに、2023年度までは共通テストの英語試験も継続することを決めた。

 その後、2017年10月12日、国立大学協会の理事会は、共通テストのマークシート式と民間試験の両方を全国の国立大学八二校の受験生に課す方針を決めた。文科省の決定では、共通テストか民間試験か、その両方かを大学側が選択できることになっており、国大協が10月に全82校を対象に実施したアンケート調査では、両方を課す案に賛成する大学が反対を大きく上回った。理事会でも「大学ごとに英語のテスト形式が異なると、出願先の変更などが難しくなり、受験生が混乱する」などの意見が出たことから、全国立大学で足並みをそろえることになったと読売新聞は報じている(2017年10月13日 一面トップ、教育部・伊藤史彦記者)。

 読売新聞の解説によれば、国立大学では、英検やTOEFL、TOEICなど難易度も内容も異なる民間試験の成績で「公平な合否判定ができるのか」という懸念があるが、4技能評価を定着させたい文科省には「共通テストの中核を担う国立大にどうしても民間試験を使ってほしい」との思いがあり、「今回の方針決定は、その間を取った折衷案」である。

 2017年春のセンター試験の受験者は約55万人、うち国立大(前期日程)の志願者は約20万人である。今回の決定により、受験生は高校3年の4~12月に民間試験(2回まで)を受け、翌年1月に共通テストを受験することになる。現行の民間試験は1回について約5000円から2万5000円の受験料がかかることから、保護者の経済負担も重くなる。

 そこまでしてなぜ「4技能」を入学試験で測定しなければならないのか、入学試験では英語力の基礎になる読解力を測定し、話す力は入学後に育成できないのか、という疑問も含め、英語の民間試験活用については『英語教育の危機』第3章で詳しく論じている。

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