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『藤原道長を創った女たち』 道長が権勢を獲得できたのはなぜか

記事:明石書店

『藤原道長を創った女たち――〈望月の世〉を読み直す』(明石書店)
『藤原道長を創った女たち――〈望月の世〉を読み直す』(明石書店)

通説への疑問から

 高校のある教科書(日本史A)には、次のような説明がある。

 10世紀後半から11世紀中ごろまでの藤原氏中心の政治を、王朝国家の政治のなかでも摂関政治という。とくに藤原道長は、娘をつぎつぎと天皇や皇太子の后妃とし、天皇の外戚として権勢をふるい、息子の頼通は約50年間も権力をにぎった。

 道長にとって娘たちは外戚(天皇の母方の親族)として摂関の地位を得る手段でしかないのか。これでは近世の「腹は借り物」と同じではないか。女性史やジェンダー分析研究者として疑問を持つのは、私一人ではなかった。

 本書『藤原道長を創った女たち――〈望月の世〉を読み直す』は、このような疑問から出発し、道長の権勢がさまざまな女性たちによって創り出されたことを明らかにする。母、妻、娘、女房たちといった道長をめぐる女性たちを一堂に紹介する書籍は、これまでにない取り組みである。

摂関は国母の政務代行!――摂関政治の再検討

 9世紀後期に置かれた摂政は、執務室である直廬(じきろ)を自らの娘や姉妹である后妃の住む宮中の殿舎の一隅に置き、そこで幼い天皇に代わり政務を行った。つまり、天皇の生母である国母(こくも/こくぼ)の殿舎で政務を行っていたのである。朝廷が手本とした中国では、幼帝の場合、先代皇帝の皇后だった皇太后(当代皇帝の生母とは限らない)が政務をとる「皇太后臨朝」を行ったが、我が国では国母が政務を実質的に代行・後見した。

 摂関政治とは、国母が幼帝に代わって政務を行い、後見することであり、摂関は、いわば国母の代行としてそれを公的に公表する職務だった、といっても過言ではない。

上東門院彰子が院政の魁――院政の再検討

 国母たちが実際に重要な政務にかかわっていたことを示す史料も多い。たとえば朱雀天皇と村上天皇の国母藤原穏子、一条天皇の国母東三条院詮子は歴史物語の『栄花物語』『大鏡』のみならず、貴族の日記からも検証されており、よく知られている。

 さらに後一条天皇・後朱雀天皇の生母、後冷泉天皇・後三条天皇の祖母、白河天皇の曾祖母として実際に政務を行ったのは、藤原道長の娘、一条天皇の中宮藤原彰子、後の上東門院である。筆者は、先ごろ刊行した『藤原彰子』(〈人物叢書294〉、吉川弘文館、2019年)において、彰子が実際に政務や人事に関与し、后妃を決定し、道長の政務を否定した史料さえも提示し、実証した。「約50年間も権力をにぎった」とされる頼通など、いかに姉彰子に依存していたか、明らかにした。

 しかも、院政期になると、天皇の父である院は、政務への関与の根拠を上東門院彰子の先例に求めており、女院の先例は「吉例」と認識されていた。つまり、院政を実質的に開始したのは国母彰子であり、そのあり方は天皇の父母、親権による政務行為として継承されたのである。

道長を創った女たち――ジェンダー分析の必要性

 道長の権勢を創ったのは、娘上東門院彰子だけではない。まずは、姉で一条天皇の国母東三条院詮子。道長の兄道隆が糖尿病で死去した後、道隆の息子伊周と道長との政権獲得闘争が起こった。当時の一条天皇は道隆の娘中宮定子を寵愛していたにもかかわらず、天皇に迫り政権の後継者を道長に決定したのは、国母詮子であった。

 道長の正妻源倫子は、宇多天皇の孫左大臣源雅信の娘であり、高貴な出自を誇り、夫を輔佐した史料は夥しい。そもそも道長の聟取りを決定したのは雅信の妻藤原穆子だった。当時は婿取婚、すなわち妻方居住婚だったから最初は同居していたが、別の邸宅に暮らすようになった後も、道長・倫子夫妻に対し、亡くなるまで衣服等の生活支援を行っていたのだった。倫子の配慮が詮子を動かし、道長の権勢を不動のものにしたことも明らかになる。ここにも世を動かした女性の姿がある。

 本書『藤原道長を創った女たち』ではこのほかにも、母倫子と性格が似ており派手好みの次女姸子、彰子の二人の息子と結婚した三女威子と四女嬉子、道長のもう一人の妻源高明娘明子が生んだ寛子や尊子、孫娘の禎子内親王・章子内親王・馨子内親王、さらに紫式部や赤染衛門、他の女房たちといった、大勢の女性たちが道長の権勢を創り出したことが、興味深いエピソードとともに明らかになる。

 従来の道長研究には、女たちはほとんど姿が見えず、また脇役でしかない。本書によって、その認識が大きく揺さぶられ、ジェンダー分析の必要性が理解されることは間違いないと思う。

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